テラーノベル
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その意味を、今度こそこの手で証明してみせる。
──三十四回目の春が終わった。
ないこは、また死んだ。
前と同じじゃない。今度は違う。
死因は「心停止」。原因不明。
夜の廊下で、ひとり倒れていた。
呼吸もしていたし、会話も普通だった。
俺の目の前で笑っていた。
なのに数時間後には──冷たくなっていた。
それが一番、こたえた。
原因も理由もなく、目の前から「消えていく」なんて。
時間が巻き戻る直前、俺は心の底から願った。
終わらせたい。今度こそ、救いたい。
—
──三十五回目の春。
もう、ないこの顔を見るだけで、涙が出そうになる。
何も知らないまま「はじめまして」と言ってくるその笑顔を、
もう何度目に見ただろう。
……でも、今までと違う。
今回、俺は何かの感触を持ち帰ってきた。
死の直前、ないこが呟いた言葉。
『右じゃなくて、左だったのかもな……俺の心臓』
──これは、何かのヒントか?
「ないこ。お前、さ……」
俺は初めて、問いを逆にしてみることにした。
「昔、心臓の検査とかしたことある?」
「え、あー……あるけど。なんで?」
「左右逆にあるとか言われた?」
「んー、ちょっと影響あるかもって言われたな。レアケースらしい」
──そうか。やっぱり。
過去のループでは、**心臓の“右側”**を押さえて苦しむことがあった。
でも、本当は逆だった。
つまり、俺が信じてた“彼の死”の意味すら、見誤っていた。
死因を止めるためには、まず彼の“本当の身体の状態”を知る必要があったんだ。
—
それからの数週間、俺は徹底的に情報を集めた。
ないこの体質、病歴、行動パターン。
そして──ループするたびに少しだけ変わる記憶の“にじみ”。
あるとき、ないこが俺にぽつりと漏らした。
「なんか、夢を見たんだよ。お前が泣いててさ、『またかよ……』って、言ってんの」
俺は震えた。
記憶が、少しずつ、ないこにも染み出してきてる。
つまり、もうこのループは“限界”なんだ。
再生回数が飽和して、壊れかけている。
なら、次で最後にしよう。
これ以上、繰り返させたくない。
—
──三十六回目の春。
ないこの胸を、医者に検査させた。
正式な診断書をもらい、「心臓の左側」に負荷が集中していることが判明した。
彼の死因は、不整脈だった。
ずっと「右を守ろう」としていた俺は、彼の“本当の死”に気づけていなかった。
だから今回は、最初から心臓の左側に注目した。
日々のストレス。呼吸。栄養。薬の調整。休ませるタイミング。
すべて、左側の心臓を守ることだけを軸に、生活を構築した。
──そして、その春が過ぎた。
ないこは、死ななかった。
夏が来た。秋も過ぎた。
季節がめくれるたびに、俺は息をするのが怖かった。
でも、ないこは隣にいた。
「……なあ、りうら」
ある冬の日。
ないこが、雪を見ながらふっと呟いた。
「俺、もう分かってるんだよ。ずっと、お前が俺を助けようとしてたって」
俺の背筋が、凍った。
記憶が──戻ってる?
「夢でさ。何回も死んでさ、お前が泣いてんの。で、次の春にまた始まんの」
ないこはゆっくり振り返って、俺の顔を見た。
「ごめんな、俺、何回もお前を置いてった」
涙がにじんだ。
これが……終わりの兆しか。
「いいんだよ、ないこ。もう終わりにしよう。今度こそ、ここで」
ないこは、俺の手を取って、自分の左胸に当てた。
「……ほら。生きてる。ここにちゃんとある」
「うん。今は、ここで鼓動してる」
時間が巻き戻る気配は、どこにもなかった。
冬は春になり、春は夏へ。
世界は、ついに前に進みはじめた。
—
あの呪いは、きっと“誤解”だったんだ。
死を繰り返す中で、愛する人を守る方法に気づけなかっただけ。
でも──気づいた今、これは呪いなんかじゃない。
最初から、これはただの、
愛の証だった。
コメント
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うわ...すげえいい... 語彙力消し飛んだわ...