コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
それから数時間後
「逃げンなよ」
『逃げられるなんて思ってないです。』
赤い詰襟の背に「初代横浜」とか「天竺」とかそのほかにも呪文のような見慣れない文字がずっしりと書かれている服を着て、いつのとは少し違う威圧感を纏うイザナさんを見送る。
『いってらっしゃい』
「……いってきます」
ガチャン、と扉が閉まったのを音で確認すると同時にぺたんとその場にへたりこんでしまう。
『…ふぅ』
呼吸を忘れていたかのように大きく息を吸う。なんとなくほっとした様な、そんな気がする。
今までずっと1人の時間が多かったから同じ空間に人がいるというのが体はまだ慣れていないのだろうか。変に緊張してしまう。
『…まぁ相手は誘拐犯だし、仕方ないか』
外の光が閉ざされた何とも不気味な部屋に私の独り言が響いた。
真っ暗な場所に独りになった瞬間“誘拐された”という実感が体に染み渡る。
黒川イザナさん。私を誘拐した人。
『…何も知らないな、イザナさんのこと。』
彼は何歳なのだろうか。私とそう変わらないような気もする。
あの服も普通の私服には見えなかった、一体何をしている人なのだろう。
あの笑顔、あの甘ったるくて不気味な笑顔のあの表情の裏はいまいち読めない。
もうこれ監禁じゃなくて同棲じゃね?とまで思わされるほど平和な日々。
憎むべきなのか、それともこのまま何も知らないまま愛すべきなのか。
考えれば考えるほど疑問の霧は晴れず、頭に靄が溜まっていく。
『はぁ…』
溜まりに溜まり込んだ曖昧な考えを押し潰すように肺に大量の空気を送りそのまま大きく吐く。少し楽になったようなそうでもないような中途半端な気持ちのまま私はイザナさんの帰りを待つことにした。
したは、いいが。
『……』
暇だ。暇すぎる。
暗い壁や天井を眺めるくらいしかやることがない。部屋の探検をしようか考えもしたがもし何か変なものが見つかった時のことを考えると気が引ける。
今は何時なのだろうか、今は何日なのだろうか。
時計も何もない上、外の様子が全く見えないこの真っ暗な部屋のなかでは今が朝なのかも昼なのかも分からない。完全に時間間隔が狂ってしまっている。
『…ふぁぁ…』
やることのないどこまでも続く暇の砂漠を過ごしているとふと薄明のような眠気がやってくる。
そのまま眠気に従いすぐそばにあるソファに体を沈める。ギシリとソファの軋む音が耳に届く。
私の意識はそこで途切れた。