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面接の際、志望動機を聞かれて萌風もふ先生への熱い思いを交えながら、『本の魅力を沢山のお客様にお伝えしたい!』『出版社様と……ひいてはそこに所属しておられる作家さんが読者の方々と出会うための橋渡しをしたい!』と熱弁を振るったのが良かったのか、「山中さんにはこちらのコーナーを担当して頂きますね」と店長に連れて行かれたのが、その棚だったのだ。
日和美、BL――男の子同士の恋模様を描いたボーイズラブ――については特に言及したつもりはなかったのだけれど、実はそのジャンルも嫌いじゃない。
「オメガ」と言われる、男女とは別にある「第三の性」を持った人たちが「発情」することで「アルファ」と呼ばれる第三の性を持つ人たちに抗いがたい性衝動を起こさせる「オメガバース」ものなんかは、その設定の細かさに目がハートになってしまうくらい感銘を受けている。
「バース」とつくだけあって、オメガバースの世界では男性だって妊娠出来てしまう!
そんな背景もあってBLに多めの設定ではあるけれど、日和美の大好きなTL(ティーンズラブ)にだってその設定で書かれた作品は結構あるのだ。
(抗いがたい本能に突き動かされて発情しちゃうっていうのがいいのよね♥)
萌風もふ先生はまだ書いていらっしゃらないけれど、もしかしたらいずれ彼女もオメガバものを書かれる日が来るかもしれない!と日和美は密かに期待していたりする。
(だって萌風先生の半獣もの、すっごく良かったものっ)
オメガバではないけれど、垂れ耳の、ゴールデンレトリバーみたいな耳としっぽを持った半獣のヒロインちゃんが出てくるファンタジーものは、女の子が発情しちゃう姿がとってもエッチで良かった!
お相手が、飼い主さんというのもまた何というか背徳感があって淫靡で……。
(『犬姫』、久々に読んでみたくなっちゃった)
『犬だと思ったら姫でした!?~俺の愛犬が最高にイケイケで可愛すぎる件について~』(通称『犬姫』)は、残念ながら今は版元の出版社が倒産して入手困難な本だ。
でも、日和美の本棚にはしっかり蔵書として納められているから、いつだって読むことが出来る。
そして! 何が貴重かってこの本。
他の本は皆、作者近影の所に可愛いふわふわの毛玉みたいなイラストが描かれてお茶を濁されているのに対し、唯一萌風もふ先生のバストアップの写真が載っているのだ。
最近では「『犬姫』が読みたい!」という根強いファンからの声を受けて、他社が拾い上げる形で電子書籍化されたから本文は読めるけれど、電書版も買ってチェックしてみた日和美は知っている。
作者紹介の欄が、他の作品同様ふわふわの毛玉イラストに差し替えられてしまっていることを。
だけど、日和美の持っている絶版になってしまった本の見返し部分にある作者紹介は、当然もふもふの毛玉ちゃんなんかじゃない。
黒髪サラサラの可愛らしい大和撫子然とした萌風もふ先生が、恥ずかしそうにはにかんだ写真がバッチリ載っているのだ。
まるで日本人形みたいな愛くるしい着物姿の筆者近影を見た瞬間、日和美は一目で彼女自身のファンになった。
自分も萌風もふ先生みたいな可憐な大和撫子になりたい!と憧れて……。
そんな日本人女性代表!みたいな彼女が紡ぎ出す、日本とは無縁の異世界ファンタジーとのギャップにのめり込んだ日和美だ。
そんな、貴重な紙書籍版『犬姫』。
棚に並べてみると、版元が違うからだろうか。
『犬姫』だけ〝ムーンライトときめき濡恋文庫〟から刊行されている他シリーズより少しピンク色が濃くて目を引かれるからか、ついつい手に取りたくなってしまう。
いつも完璧な異世界ものを書く萌風先生が、本作だけ珍しく舞台が日本だったのが新鮮で、何度も何度も読み返した。
けれど実は日和美、ここ最近はあえて手に取らないよう努めていたりする。
というのも――。
(『犬姫』読んだら犬が飼いたくなっちゃうんだもんっ)
萌風先生のわんこ描写はそれほど精緻で繊細。
『犬姫』を読むと、犬姫ことルクレッツィーの愛らしさに、日和美はいつもやられてしまうのだ。
いつかペット可の家に住んで、大きなワンコと暮らしたい!と思ってしまうのは、ルクレッツィーが可愛すぎるからに他ならない。
(このアパートじゃ無理なんだもん)
ペット不可な上にそれほど広いわけでもない。おまけに新生活を始めたばかりの日和美に手の掛かる生き物をお迎えするゆとりなんてない。
だからここ最近はずっと、『犬姫』を手に取ることを控えてきたのだ。
まぁでも……代わりにと言っちゃあ何だけど――。
「ティーンズラブとボーイズラブは日和美さんのお好きなジャンルですか?」
ふわっふわの見目麗しい王子さまを拾ってしまったから日和美の庇護欲は結構満たされている。
そんな今なら『犬姫』を再読しても大丈夫そうに思えた。
「うんっ。すっごく好きなジャンルなんです♪」
ふわふわ王子、有難う!などと思いつつ、ほわんとした頭で不破の言葉を全肯定してからしばし後。
日和美は今更のようにハッとした。
(きゃー! 私ってば何嬉しげにヤバイこと話しちゃってるのよ!)
初出勤ハイと、不破ロス&再会ハイ、恐るべし!
それに――。
(ちょっと待って、ちょっと待って? 不破さん、そもそもティーンズラブとかボーイズラブって何ですか?って聞いてこないのおかしくない!?)
聞かれても困るけれど聞かれないのも何だか怖い。
それは、ひょっとして不破がその言葉を元々知っていたということだろうか。
それとも――?
疑問符満載の顔をして眼前の不破を見詰めたら、キョトンとされた。
日和美は疑問に思ったことを口に出すべきか否か迷って……ソワソワと瞳を揺らせて――。
ふとそこで、アイランドキッチンの机上に信じられないものを見つけた日和美は、一気にそれどころではなくなってしまう。
(あ、あれっ! あの色! 絶対〝ムーンライトときめき濡恋文庫〟の本!)
あんなもの、朝出る時にはなかったはずだ。
思わずキッチンに目が釘付けになって口をパクパクさせてしまった日和美に、不破が彼女の視線を追うようにアイランドキッチンを見て。
「――ああ、あれですか」
何でもないことみたいにそう発するなり、身動き出来ずに固まっている日和美の代わり。
その本を手に取ったからたまらない。
「ふ、不破しゃんっ、しょ、しょれはっ」
表紙の、いかにもラブラブエッチな男女の絡みイラストにぶわりと赤面してテンパってしまった余り、〝さん〟や〝それ〟がマトモに言えなかった日和美だ。
でも――。
(ちょっと待って? 私、あんな本、持ってた?)
スーツ姿の男性が、同じくスーツ姿の女性の背後から覆い被さるようにしていやらしいことをしているようにしか見えない――そもそもブラウスのボタン、少し外されて薄桃色のブラのレースが見えちゃってるし!――その表紙は、どう見てもオフィスラブものではないか。
日和美の蔵書は九〇%以上が異世界ファンタジーものだから、オフィスラブ系はなかったはず!
「ああ。これ、僕の私物です」
本を手にした不破を指さしたまま口をパクパクさせる日和美に、不破がニコッと笑ってとんでもないことを言った……気がした。
(神様、今のは幻聴ですか!?)