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第7話 一歩、近すぎますわ
その違和感は、
“いつも通り”の顔をして近づいてきた。
午後の講義後。
生徒会室前の廊下。
「リリアーナ」
アレクシスだった。
声色は穏やか。
距離も、適切。
(……ここまでは、昨日と同じ)
「来週の行事について、少し相談がある。
生徒会としての意見を、聞かせてほしい」
“王太子として”。
“公的な理由”。
断りにくく、
けれど強制でもない。
(上手ですわね……)
「分かりましたわ」
そう答えたのは、
油断ではない。
観測だ。
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生徒会室。
扉が閉まる音は、静かだった。
中にはアレクシスだけ。
他の役員はいない。
(……?)
「皆には、先に下がってもらった」
彼はそう言って、
自然に席を勧める。
「すぐ終わる話だから」
(“二人きり”は、想定外ですわ)
だが、
この時点ではまだ――線の内側。
リリアーナは、腰を下ろした。
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話の内容は、確かに公的だった。
配置、進行、貴族と平民の導線。
どれも、もっとも。
(隙がありませんわね)
だが。
「……昨日のことだが」
来た。
「君の言葉は、正しかった」
アレクシスは、真っ直ぐに彼女を見る。
「だからこそ、考えた」
一歩、近づく。
机越しではない。
“会話の距離”を越えた、一歩。
「君を縛らない方法を」
(――それは)
「君が選ぶ自由を尊重したまま、
君の一番近くにいる」
静かな声。
「それなら、問題はないだろう?」
(……ありますわ)
これは、昨日よりも――
洗練された独占。
逃げ場は残す。
だが、距離は詰める。
「殿下」
リリアーナは、立ち上がった。
一歩、後ろへ。
「それは――
“越えない”つもりで、越えています」
空気が、張り詰める。
「私は、
誰かの一番近くに“固定”される覚えはありません」
視線を逸らさない。
「それが善意でも、配慮でも」
言葉を、選ぶ。
「私が選んでいない距離は、
侵入ですわ」
沈黙。
アレクシスは、初めて言葉を失った。
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数秒後。
「……すまない」
彼は、下がった。
本当に、一歩分。
「私は……
急ぎすぎたようだ」
(引きましたわね)
だが。
(“諦めた”わけではない)
それが、分かってしまう。
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生徒会室を出た瞬間。
廊下の向こうで、
ルークと視線が合った。
「……聞こえていました?」
「概ね」
即答。
(この人も、この人で……)
「忠告です」
ルークは、低い声で言う。
「今の殿下は、
“線を学習している最中”です」
「越えないために?」
「いいえ」
眼鏡の奥の瞳が、鋭くなる。
「次は、合法的に越えるために」
背筋が、ぞくりとした。
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その夜。
リリアーナは、日記にこう記した。
――一線は、守られました。
――ですが。
(彼らは、“越え方”を変えてきます)
力でも、強制でもない。
理解した上で、詰めてくる。
リリアーナは、静かにペンを置いた。
(なら――)
(次は、私の番ですわ)
条件を提示するのは、
越えられない側ではない。
選ばせる側だ。
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