※
翌朝。
教室に入るそうそう、明姫奈が私の元に駆け寄ってきてくれた。
「昨日はごめんね、蓮」
「…ううんいいよ。あれから先輩とはどうしたの?」
「ちゃんと話し合ったよ。もう大丈夫…。春からお互い頑張るためにも、残りの学校生活楽しもうね、って約束したよ」
「そっか」
よかった…。
ほっと胸をなでおろした私に、明姫奈は少し大人びた表情で続けた。
「それでね…まだ先の話だけど、私の進路先も堺くんの大学と近い所にしようかなって。もちろん、ちゃんとやりたいことを見つけた上での選択だけどね。その点は大きな都市なのが嬉しいかな。いろんな大学があるから、きっと志望先もいいの見つかるよなって」
そう話す亜希奈の顔は、未来を見据えて晴れ晴れとしていた。
そっか、もう進路まで考えてるんだ。
さすが、明姫奈は大人だな。
「よかった、元気になってくれて。やっぱり明姫奈は元気が一番だからね」
「えへへっ、でしょ!」
「って自分で言うかなー!」
と笑ったところで、ヒリっとお腹の下に痛みを感じた。
「どしたの?お腹痛いの?」
「え…?あ、ううん…」
しまった。
思わずお腹を押さえちゃった…。
「具合悪いの?保健室行く?」
「ううん…ちがうの。…実は、昨日明姫奈がくれたあれ、使っちゃったから」
「あれ?」
「あれ」
私は手で真四角を作った。
「ええ?えええええ!!」
「ごめんね。返そうと思ったんだけど…」
明姫奈はまた付き合ったことを教えた時のようなテンションで大喜びしてくれた。
のはいいんだけど、
「お赤飯炊かなきゃ!」
は余計だぞ…。
「明姫奈、しかも声でかい」
「ごめんごめーん!」
明姫奈は手を合わせると、そのまま、私の耳に耳打ちした。
『どうだったー?痛かったでしょ?』
「う、うん…」
私は昨晩のことを思い出して、頬を赤らめた。
「でもなんか、痛かったけど、それもすごい嬉しくて…気持ち良かった…」
「もーう!!蓮ったらぁああ!」
い、痛い…痛いよ…べしべし叩きすぎ、明姫奈…。
「でも、本当に良かった。蓮が幸せになってくれて。蒼くんと仲良くね」
「明姫奈…」
にっこり笑う明姫奈に、私も泣きそうになりながら笑い返した。
「ありがとう」
※
「れーん」
昼休になった時だった。
クラスメートの女の子が私を呼んできてくれた。
って、ん、なんかニヤニヤしてるけど。
「蓮、呼び出しだよ」
「え?」
「カレシ」
思わず見やると、入口に蒼が立っていた。
って、なんで知ってるの!?
「あの蒼くんが昨日あんな大胆宣言したんだよ?みーんな知ってるんだから」
ええええ。
気づけば、クラス中から好奇の視線がチラチラ…。
もう…最悪…。
通りで、今日やたらに視線が多いと思ったら、やっぱり広まっちゃってるんだな…。
でもまぁ…。
いいか。
私は笑顔をこぼしながら、カレシ―――蒼の元へと駆け寄った。
「って…!」
よく見ると、岳緒くんもいた!
「こんちわっ。蓮さん」
「こんにちは、岳緒くん…」
直接告白されていないとはいえ、なんだか気まずい。
でも、こうしているってことは、蒼とケンカはしてないのかな。
と考えていたら、ぺこりと岳緒くんが頭を下げてきた。
「蓮さん、昨日はすんませんでした。もう蒼から聞いてると思いますけど、俺、蓮さんが蒼と付き合ってるにもかかわらず、蓮さんに告ろうとしました。すんません!」
「え、そ、そんな…!」
深々と頭を下げられて、私は混乱する。
謝ることないのに…。
けど蒼は、ひややーかな表情を浮かべている。
「もういいよ、岳緒くん。頭、あげて?」
ゆっくりと頭をあげると、岳緒くんは真っ直ぐに私をみつめた。
「ずっと前から好きでした。ありがとうございました。蒼と幸せになってくださいね」
岳緒くん…。
チャラ男だなんて決めつけてごめんね…。
チクンと胸の痛みを覚えながら、私は言葉を探した。
「岳緒くんはずっと素敵な男の子だよ。私の方こそ、ありがとう…ごめんね…」
「いいんです…。いいんです!」
岳緒くんはぶるんぶるんとかぶりを振った。
「いいんです。いいんです、蓮さん…!」
でも…見る間に顔が歪んで…
「…いいんですうっ!」
走り去って行った。
「ほ、ほんとによかったの?蒼…」
「ん、いいんだよ」
と蒼が言ったところで、岳緒くんがくるりと振り返って叫んだ。
「ちくしょー!絶対蓮さんよりキレ―なカノジョみっけて、おまえを見返してやるからな!覚悟しろよっ蒼!」
「……」
「バカか、あいつ、あんな大声で…」
廊下にいた生徒たちの視線を浴びて、私と蒼はさすがに顔を赤くした。
このままここにいるのは、なんだかいたたまれない…。
「蓮。これから時間ある?屋上いかね?」
蒼も同じこと思ったみたいで、誘ってくれた。
明姫奈は堺さんとあって昼休が終わるまで戻って来なさそうだ。
「うん、いいよ」
笑顔でうなづくと、蒼は持っていたいちごミルクをひとつ私に渡してくれた。
そして、手をさしだす。
私はその手を握って、すぐに指を絡めて歩き出した。
廊下にいる生徒達がびっくりしたように、うらやむように、ちょっと嫉妬するように、私たちを見てくるけど。
もう気にしない。
私は蒼が大好き。
そして、蒼とこうして仲良くいられる一分一秒がとっても大切。
※
「身体、大丈夫か?まだ痛む?」
蒼が歩きながら私の耳にそっと話し掛けた。
「…うん。まだちょっと痛いけど、大丈夫」
「痛いのかぁ…。俺ちょっと加減足りなかった…?」
「そ、そんなことないよ」
すごく、優しくしてくれたし…。
まだ数時間しか経っていない幸せな、一生の思い出に残る夜のことを思い出して、私の胸はドキドキし始める…。
屋上には、お天気がいい日にしては珍しく、人がいなかった。
蒼はふりむくと頬を撫でてくれた。
「じゃあ、気持ちかった…?」
「ん…」
「そっか…」
蒼は本当に嬉しそうに、ふんわりと笑った
「じゃあさ、好きって言って?」
「ええ…」
その言葉は…そんなに簡単には言わないよ…。
「いいじゃん。昨日はあんなに言ってくれたのに」
「……」
昨日の夜は…気持ち良くてなんだか胸が一杯で…。
蒼にエッチな声で責められるまま、いっぱいいっぱい『好き』って言わされてしまったんだった…。
「じゃ、今日も聞かせてもらおうかな。ベッドで、ふたりっきりで…」
「…っもう…!」
いじわる!
と、言おうとしたところでラインが鳴った。
見ると美保ちゃんからだった。
『今空港つきました。蓮が帰った頃には戻ってるから、まっすぐご飯いこうね』
「だって?」
一緒にスマホを眺めていた蒼に、私はニヤリと笑った。
残念でした。
そう簡単に好きなようには振り回されないんだからねっ。
けど、そんな私なんかお構いなしって感じで、蒼はぐいっと私を引き寄せた。
「ま、別にいいけど。だってもうおまえは俺のものだし。ぜんぶ。ぜーんぶな」
私は真っ赤になってうつむくしかない。
言われた通り、私はなにもかも蒼にもらわれてしまったから…。
ね、美保ちゃん。
私、無事にお留守番乗り切れなかったよ…。
幼なじみの皮をかぶった一途なオオカミ君に、こてこてに甘くコーティングされて、最後は美味しく食べられちゃったよ…。
こんなこと知ったら、美保ちゃん、泣いちゃう…?
でもね。
私、ちょっとだけ大人になったんだよ。
高く突き抜ける青空を見上げると、優しく微笑む蒼と出会った。
大好きだよ、蒼。
こんな素敵な気持ちに導いてくれてありがとう。
これからも、ふたりで一緒に歩いていこうね。
まぶしさに目を閉じると、優しい温もりが、ふんわりと唇に落ちてきた。
胸にまた少し幸せが満ちた気がした。
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