⧉▣ FILE_027: ニアとメロ ▣⧉
夕飯が終わり、満腹になった子供たちは、ひとり、またひとりと眠りにつきはじめていた。
ハウス全体が、ゆっくりと夜へ沈んでいく時間帯。
この中に、犯人がいる──
そんな馬鹿な、と頭では否定する。
信じたくない。
けれど、噂は確かに生まれている。
ならば、その出どころを突き止めなければならない。
誰が、いつ、どこで口にしたのか。
それを知るには——あの二人に聞くのがいちばん早い。
メロと、ニア。
Aは近くにいた子供たちに声をかけた。
「ねえ、メロがどこにいるか知らない?」
「メロ? さっき図書室の方に行ったよ」
「ニアも一緒?」
「うん。床に座って、なんか並べてた」
「……わかった。ありがとう」
Aは礼を言って、廊下を進んだ。
図書室の扉の前に立つと、中からは、ほとんど音がしなかった。静かすぎるくらいの、沈黙。
そっと扉を押す。
図書室は薄暗く、月の光が高い窓から斜めに差し込んでいた。
床には、タロットカードがちらばり、その向こうに——メロとニア。
メロは本棚にもたれるように座り、腕を組んだままニアを見下ろしている。ニアは床に膝をつき、カードの配置を何度も組み替えながら、無言で思考を巡らせていた。
「……メロ。ニア」
声をかけると、二人とも顔を上げる。
Aは余計な前置きをせず、単刀直入に聞いた。
「“Lがイギリスに帰ってきた”って噂。出処、わかった?」
一瞬の沈黙。
メロとニアは、同時に視線を交わした。
その間に、答えはすべて詰まっていた。
「……分からなかった」
「……ぁ、そっか……」
ニアも、カードから手を離し、小さく首を振った。
「……誰に聞いても、答えは同じでした。“あの子から聞いた”“あいつが言っていた”。具体的な名前は出てきません」
メロが苛立ちを隠さず、言葉を継ぐ。
「しかも、中には——“他のワイミーズハウスから聞いた”って言うやつまでいた」
Aは思わず眉をひそめた。
「……他の、ワイミーズハウス?」
ワイミーズハウスは、このイギリスの施設だけではない。
才能ある子供たちを集めるため、同様の施設が世界各地に点在している——それはAも承知している事実だった。
だが、それは本来、互いの存在を強く意識するような関係ではなく、連絡は限定的で、情報の行き来も必要最低限。噂話が自然に広がるほど、密な交流があるわけではなかったはずだ。
だが、とメロは肩をすくめる。
「噂が流れてから今日まで、外部から来た者はいない。職員も、子供も、出入りの記録も確認した」
ニアがそっと補足する。
「“外から聞いた”という証言そのものが、事実とは限らない──」
図書室の空気が、ひとつ冷える。
「あるいは、伝言ゲームの途中で、“噂の形”が変わったか」
Aは、胸の奥に引っかかるものを感じていた。
噂は、自然に歪むことはあっても——都合よく補強されることは、そうそうない。
「……もしくは」
ニアがぽつりと言う。
メロが視線を向けた。
「なんだ」
一瞬だけ言葉をためらってから、続けた。
「“Lがイギリスに帰ってきたという噂自体が”──ハッタリか」
「可能性は、あるな」
メロがゆっくり、視線を外した。
「噂の核が虚偽なら、出処を追えないのも説明がつく」
──噂自体が、嘘。
その可能性が口にされた瞬間、Aの胸の奥が、わずかに緩んだ。
もしそうならいい──
誰かが、軽い気持ちで流した作り話。伝言ゲームの末に膨らんだ、ただの誤情報。
……そうであってほしい。
けれど。
脳裏に、あの研究室で聞いたLの声がよみがえる。
ウィンチェスターを中心に広がる被害。
ヴォクスホロウ。
“私の居場所”。イギリス──
──あれを聞いてしまった以上。
噂が完全な嘘だとは、どうしても思えなかった。
(じゃあ、やっぱり……)
このワイミーズハウスの中に──
自分が育った場所に……。
今も、子供たちが生活している、この空間に……。
──犯人が、いる?
「……ところでさ」
不意に、メロが口を開いた。
Aは、びくりと肩を揺らす。
「なに……?」
「この噂に“関与するな”って言ったの、Aだったよな?」
Aの中にメロの声が落ちる。
責めるようでも、問い詰めるようでもない。けれど、逃げ道だけは塞ぐ、あの言い方。
「結局──一番首突っ込んでるの、あんたじゃないの?」
Aは一瞬、言葉に詰まった。
視線を泳がせ、曖昧に笑う。
「……あ、いや、その……僕も、ちょっと気になってさ」
自分でも分かるほど、下手な誤魔化しだった。
メロは小さく鼻で笑うと、何も言わず、ニアの前に並べられていたタロットカードに手を伸ばした。
一枚だけ抜き取り、表も確かめずに指先で弾いた。
──月。
弧を描いて飛んできたカードを、Aは反射的に受け取った。
薄い紙の感触が、妙に重たい。
「噂を探るのはいいけど──目立ったことはするなよ」
その言葉の裏に、冗談では済まされない本音が滲んでいた。
「僕はまだ──幸せに暮らしてたいからね」






