テラーノベル
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阿部は深い眠りについていた。
ふわりと身体が浮く感覚。
目を開けると、そこは見覚えのある真っ白な空間だった。
「やっほー。」
聞き覚えのある、のんびりした声が響く。
振り向くと、羽を揺らしたあの天使が、にこにこと手を振っていた。
「また会ったね。」
「会いたくなかったです。」
阿部は即答した。
天使はまったく気にした様子もない。
「前回は魔王討伐お疲れさま。」
「ありがとうございました。」
「クリア特典とかは?」
「ないよ。」
「ないんだ……。」
阿部は肩を落とした。
すると天使は、何かを思い出したように手を叩く。
「あ、そうそう。」
「賢者として、また魔王を倒してきて。」
「えぇぇぇ!?」
阿部は思わず叫んだ。
「またですか!?」
「うん。」
天使は楽しそうに笑う。
「今度の世界はね。」
「前より敵がずっと強い。」
「魔王もちゃんと強い。」
「前回みたいにレベルを上げるだけじゃ勝てないよ。」
阿部の表情が引きつる。
「ちなみに。」
「どれくらい大変なんですか?」
天使は少し考える。
「うーん。」
「ハードモード。」
「帰ります。」
阿部はくるりと後ろを向いた。
しかし歩き出そうとしても、真っ白な空間はどこまでも続いている。
出口がない。
「逃げられない!」
「もちろん。」
天使は満面の笑みで頷いた。
「前より敵は手強いし。」
「ハードな戦いになるけど。」
「大丈夫?」
阿部は全力で首を横に振った。
「大丈夫じゃないです!」
天使は何度も頷く。
「うんうん。」
「大丈夫ってことだね。」
「違います!」
天使はにっこり笑った。
「大丈夫でよかった。」
「人の話聞いてぇぇぇぇ!」
阿部の叫びが真っ白な空間へ響く。
天使は阿部の額へ人差し指をちょんと当てた。
「今回はちゃんと仲間もいるから。」
「え?」
「じゃあ。」
「行ってらっしゃい。」
「だから待っ――!」
視界がまばゆい光に包まれる。
身体がふわりと浮き上がる。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
阿部の絶叫だけが響く中、新たな異世界への転生が始まった。
その頃、天使は一人で満足そうに頷く。
「今回はクリアまで何日かかるかな。」
そして小さく笑った。
「……まあ。」
「前回より十倍くらい難しくしてあるんだけどね。」
___________
眩しい光が消える。
阿部はゆっくり目を開けた。
「……またここ。」
目の前には見覚えのある石畳の街。
噴水。
武器屋。
宿屋。
最初に転生した時とまったく同じ街だった。
「またスタート地点なんだ。」
そう呟きながら空を見上げる。
「……え。」
前回と違う。
空は紫と黒が混ざったような毒々しい色をしていた。
雲まで黒く染まり、どこか不気味な空気が街全体を包んでいる。
「今回は本当にハードモードなんだ……。」
阿部は思わず苦笑した。
その時だった。
「あ!」
聞き覚えのある声がする。
「あべちゃん!」
振り向くと、三人の男女が駆け寄ってきた。
「ふっか!」
深澤だった。
白い法衣に身を包み、大きな杖を持っている。
「また僧侶?」
「また僧侶。」
深澤は苦笑した。
その隣には、立派な剣と盾を背負った佐久間。
「俺、勇者だって!」
「おぉ!」
さらに、その横には拳当てを装備した康二。
「俺は武道家や!」
「今度は最初から四人なんだ。」
阿部は少し安心した。
「とりあえず武器屋行こう。」
四人は武器屋へ向かった。
___________
「いらっしゃいませ。」
店主が笑顔で迎える。
阿部は杖を見て固まった。
「……え。」
値札を二度見する。
「一万ゴールド。」
「高っ!」
前回なら千ゴールドほどで買えた杖が、十倍の値段になっていた。
佐久間も剣を見て目を丸くする。
「勇者の剣。」
「五万!?」
康二は拳当てを持ったまま固まる。
「俺の装備も全部高い……。」
深澤はため息をつく。
「法衣まで十倍だ。」
四人は慌てて道具屋へ向かった。
回復草。
「五百ゴールド。」
「前は五十だったよね!?」
宿屋。
「一泊五百ゴールド。」
「宿代まで十倍!」
どこへ行っても値段はすべて十倍だった。
阿部は財布を開く。
「……。」
最初の所持金。
前回と変わらない。
「何も買えない。」
佐久間も苦笑する。
「木の棒すら買えないんだけど。」
康二が肩を落とした。
「武道家やから素手でもええけど……。」
「防具くらい欲しい。」
深澤は空を見上げる。
「あの天使。」
「本当に難しくしてきたね。」
四人は顔を見合わせる。
少しだけ沈黙が流れる。
しかし。
最初に笑ったのは阿部だった。
「まぁ。」
「武器が買えないなら。」
「レベルを上げればいい。」
佐久間も笑う。
「そうそう!」
「RPGはレベルで何とかする!」
康二も拳を合わせる。
「負けへんで!」
深澤も静かに杖を握る。
「回復は任せて。」
阿部は四人の顔を見て笑った。
「よし。」
「今の状況に負けない。」
「絶対強くなろう。」
「おー!」
四人は同時に拳を合わせる。
そして。
毒々しい空の下。
何も装備を買えないまま、
勇者・さっくん
武道家・こーじ
僧侶・ふっか
賢者・あべちゃん
は、最初の街を後にした。
本当のハードモードが、今始まろうとしていた。
___________
街を出て最初に遭遇したのは、一匹のスライムだった。
「よし。」
「まずは様子見。」
阿部は杖を構える。
炎の玉が飛び、スライムへ命中する。
以前より一回り大きくなったスライムは、それでも数発で倒れた。
『経験値を獲得しました。』
阿部は表示を見て首を傾げる。
「……あれ?」
「経験値。」
「前回と同じ?」
深澤も表示を見て苦笑した。
「敵は強くなってるのに。」
「経験値は変わってないね。」
佐久間が不思議そうに二人を見る。
「前回って?」
「あ。」
阿部は少し照れ笑いを浮かべた。
「俺とふっか、この世界に来るの二回目なんだ。」
「前はもっと簡単だったんだよ。」
深澤も頷く。
「敵も弱かったし、武器も安かった。」
「今回は完全にハードモードだね。」
康二は肩を落とした。
「初めて来た世界がこれとか、だいぶ運悪いやん……。」
阿部は何かを思い出したように手を叩いた。
「そうだ!」
「回復の泉!」
三人が阿部を見る。
「前の世界で見つけたんだけど。」
「触るだけで傷も魔力も全部回復する泉があるんだ。」
「そこなら安全にレベル上げできる。」
阿部は地面に簡単な地図を描き始めた。
「しかも。」
「魔物が武器や防具、それにアイテムも落とす。」
「使える物は装備。」
「いらない物は街で売れば、お金も貯まるよ。」
佐久間は感心したように頷いた。
「なるほど。」
「経験者がいると心強いな。」
康二も笑顔になる。
「ほんなら、その泉まで案内して!」
深澤も微笑んだ。
「今はその作戦が一番だね。」
四人は泉を目指して歩き始めた。
___________
しかし。
道中は前回とは比べものにならないほど危険だった。
勇者の佐久間が剣で魔物を受け止める。
康二が飛び込み、拳で敵を吹き飛ばす。
深澤の回復魔法が飛ぶ。
阿部の雷が敵を貫く。
それでも敵は次から次へと現れた。
「強い……!」
佐久間が息を切らす。
「これが普通なの!?」
「いや。」
阿部は苦笑した。
「前の世界はこんなに強くなかった。」
「やっぱり!」
康二も必死に魔物を避けながら叫ぶ。
「ハードモードってほんまやったんや!」
魔力も尽きかける。
回復草も残りわずか。
「もう無理かも……!」
阿部が息を切らした、その時だった。
「見えた!」
深澤が指差す。
木々の奥。
青く輝く泉が見える。
「急ごう!」
四人は最後の力を振り絞って泉へ駆け込んだ。
泉へ触れた瞬間。
疲労も。
傷も。
魔力も。
一瞬で回復する。
「すごい……!」
佐久間が驚きの声を上げる。
「本当に全部治った。」
康二も泉の水を見つめながら笑う。
「こんなん反則やん!」
阿部は安心したように笑った。
「ここが俺たちの拠点。」
「ここなら強くなれる。」
四人はその日から泉の周りでレベル上げを始めた。
___________
数時間後。
「また来た!」
佐久間が魔物へ向かって走る。
その時だった。
草むらの向こうを、小さな銀色の影が横切る。
「……ん?」
佐久間が足を止める。
「何だ、あれ。」
阿部も振り向く。
「銀色のスライム?」
逃げるようにぴょんぴょん跳ねていく。
「待って!」
阿部は咄嗟にポーチから一本の細い針を取り出した。
「道中で拾った毒針!」
狙いを定める。
「お願い!」
ひゅっ。
毒針が一直線に飛ぶ。
ぷすっ。
銀色のスライムへ刺さった。
次の瞬間。
ぽんっ。
銀色のスライムが光になって消える。
『大量の経験値を獲得しました。』
『レベルが上がりました。』
『レベルが上がりました。』
『レベルが上がりました。』
「えぇぇ!?」
四人の身体が次々と光り始める。
「何これ!?」
佐久間が目を丸くする。
「こんな魔物もいるの!?」
康二は大笑いした。
「あべちゃん!」
「初めて来た世界で、いきなり大当たり引いたやん!」
深澤は笑いながら肩をすくめる。
「運の良さは変わらなかったんだね。」
佐久間と康二は顔を見合わせる。
「頼もしい仲間だね。」
「せやな。」
「運まで味方についとる。」
毒々しい空の下。
ハードモードの世界でも、阿部の不思議な幸運は四人の旅を少しずつ明るくしていくのだった。
___________
回復の泉のほとり。
四人は岩に腰掛け、小さな作戦会議を開いていた。
「さて。」
佐久間が道中で拾ったアイテムを並べ始める。
「いろいろ確認してたんだけど。」
「この毒針。」
一本を手に取り、みんなへ見せる。
「ハリネズミみたいな魔物を倒すと、たまに落とすみたい。」
阿部が頷く。
「なるほど。」
「だから道中で拾えたんだ。」
康二は思い出したように笑った。
「でもな。」
「この毒針を投げて当てられるん、あべちゃんだけやったで。」
「俺も試したけど全然当たらへん。」
「さっくんも外してたし。」
佐久間は苦笑する。
「勇者なのに見事に空振りだった。」
「照準補正でも付いてるのかな。」
阿部は首を傾げた。
「そんなつもりはないんだけど……。」
「運だよ。」
深澤が笑う。
「阿部ちゃんの幸運補正。」
「この世界でも健在みたい。」
四人は思わず笑った。
笑いが落ち着くと、深澤が真面目な表情になる。
「だったら。」
「倒す敵を絞ろう。」
「ハリネズミ。」
「それと銀色のスライム。」
「毒針を集めながら、銀色のスライムを見つけたら確実に倒す。」
「それが一番効率が良さそう。」
「賛成。」
佐久間がすぐに頷く。
「これなら武器もお金も経験値も手に入りそう。」
康二も拳を握った。
「ええ作戦や!」
阿部は泉を見つめながら、小さく笑った。
「もうさ。」
「今回は最初からハードモードなんだから。」
三人が阿部を見る。
「ここで銀色のスライムを倒しまくって。」
「敵を一撃で倒せるくらいまでレベルを上げよう。」
佐久間が思わず笑う。
「それ、魔王がかわいそうにならない?」
「ハードモードなんだから、お互い様。」
阿部は真顔で答える。
その返事に全員が吹き出した。
深澤は肩を揺らしながら笑う。
「いいね。」
「天使もびっくりするくらいレベルを上げよう。」
「『ハードモードにしたのに簡単に攻略された!』って。」
「きっと慌てるよ。」
「それ見てみたい!」
佐久間が楽しそうに笑う。
康二も立ち上がり、拳を高く掲げた。
「よーし!」
「レベル上げ祭りや!」
「まずはハリネズミ狩りからやな!」
阿部も杖を握り直す。
「目標。」
「敵を一撃。」
「そして。」
「天使を驚かせる。」
「おー!」
四人の声が森へ響く。
こうして彼らは、魔王討伐よりも先に、天使の想定を超えるレベルを目指して、回復の泉での特訓を開始するのだった。
kaede🍁
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コメント
2件
前作から読んでます😊 メタルスライム(言っちゃった)狩りだー!とにやにやしてしまいました。
あおいです🌷 第5話、楽しく読ませてもらいました! 前回の経験を活かして、仲間たちと協力しながらハードモードに立ち向かう阿部さんたちの姿がかっこよかったです。値段が全部10倍になってる絶望感と、「レベルを上げればいい」って前向きに切り替える四人のチームワークがいいですね✨ 銀色のスライムに毒針が命中して、いきなりレベルアップしまくったシーンは思わず「よっしゃ!」って声が出ました。阿部さんの「運」が今回も炸裂してて、読んでてすごく気持ちいい! 天使を驚かせようって目標を掲げたラストも、四人の結束が感じられてほっこりしました。次も応援しながら読みたいです!