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購入した品々についてあれこれ語る三人の言葉を、目を伏せて聞く。
自分が沈黙していても、三人は楽しげでホークアイの足取りも軽い。
空気を読んで放置してくれているようだ。
こちらの世界に来て、初対面の相手と対峙する機会が多くて、地味に消耗しているらしい。
拠点をある程度揃えてから、ゆっくり休養日を作ろうと思ったのだが、明日は一日一人の時間を作った方がいいだろうか。
などと考えているうちに、店に着いたようだ。
閉じていた目を開くと、様子を窺う雪華の顔が近くにあった。
自然な微笑が口に上る。
随分と自分は彼女たちに心を許しているらしい。
彼女たちが近くにいてくれるならば、拠点が整うまでの外出もこなせそうな気がしてくる自分に驚く。
微笑を残しながら雪華の手を取って、馬車を降りた。
「ようこそいらっしゃいませあるー!」
ああ、なるほど。
わかりやすい。
ネイが、あるー! は接客に必要な言葉なのか? とローレルの肩の上で大きく首を傾げていた。
創作の世界ではよく見かける中華風の言葉使いには、思わず苦笑が出てしまう。
「おお! さすがは御方の奥方様。我の代でお迎えできること、大変光栄に思うあるよー」
「その言葉使いは、主人が伝えたものですか?」
「そうあるね。ほかに、あいやー! とか、よろし、を多用するように、躾られたあるね。もう、我で五代目。堂に入ったものあるよ!」
時々時系列がわからなくなるが、深く考えた方が負けなのだろう。
ミニ丈のチャイナドレスを可愛らしく着こなしたこれまた恐らく店長が、店の中へと案内してくれる。
店の造りは老舗中華店といった風合い。
この世界の人たちの口にも合うらしく、カウンター席、テーブル席ともに満席だ。
食べるのに夢中になっていた人たちの目線がこちらに集中するのを感じながらも、穏やかな微笑を浮かべたまま完全に無視をしているうちに、個室へ通される。
鬱陶しい視線に晒されて同じように消耗していたらしいローレルが、深い安堵の溜め息を吐く。
「主様は当然だが、ローレルへの目線も多かったよねぇ」
「雪華さんへの目線も多かったですわ~。あと、ネイを性的対象に見ている方も悍ましかったですが、食材として見ている方も多くて驚きましたわ~」
ネイがローレルの肩から私の肩へ飛び移ってくる。
ぶるぶると震えているので優しく背中を撫でた。
「あーこの店は、ゲテモノ食いとしても有名なお店だからねぇ……」
肩を竦めた雪華を見つめるネイの瞳は涙で潤んでいる。
「お客様に失礼なことをするお店ではないでしょう? またお客様の犯罪行為を見逃すお店でもないでしょう。さぁ、ネイ。もう大丈夫だから安心しなさい。ここは個室。貴女を傷つける者は一人もいやしないのだから」
エプロンから小さなハンカチを取り出したネイは、そっと涙を拭うとしゃんと背筋を伸ばして、テーブルの上に置かれている、自分の椅子の上に腰を下ろした。
どうやら小さな種族はテーブルの上で食事をすることが許されているらしい。
もしかすると個室でなければあれこれ言われるのかもしれないが、ここでそれを咎める者はやっぱりいないのだ。
「もう変なことは言いませんから~、一緒にメニューを見ましょう?」
残念ながら小さなメニュー本はないらしい。
ネイはじとっとした目でローレルを見上げてから、彼女の傍へと移動する。
「私は小籠包! ここは一回の注文で、特に指定しないと一人一個ずつ出てくるの。ネイが食べきれない分は、注文した人が食べる感じでいいわよね?」
「ええ、それでいいと思います。私は……鮮竹巻をお願いします」
料理名は向こうの言葉なので大変わかりやすい。
ただし説明には、キノッコ、ハムハ、タケノッコンのスープをユーバで包んだ料理。
……と書かれている。
一般的に鮮竹巻は、湯葉で包まれた野菜スープのことを指しているのだ。
料理説明にはプロの画家も真っ青な図解も描かれているので、料理名がわからなくともイメージはしっかりできるようになっていた。
「私は蝦餃子にしますわ~。きっとぷりっぷりの美味しいシュリップだと思いますの~」
「……鼓汁蒸鳳爪を、食べてみたいです。お肌がぷるんぷるんに、なるらしいのです」
鼓汁蒸鳳爪とは、コッコーの足。
つまりは鶏の足を甘辛く煮た料理。
見た目がかなりグロテスクだが、ネイに耐性はあるのだろうかと心配するも、図解を見て大丈夫なら、声をかけるまでもなさそうだ。
八角《はっかく》が控えめなレシピならいいのだけれど……。
「御注文はおきまりあるかー?」
ノックもなく店長が入ってくるのに驚く。
ワゴンの上には中国茶器が一式置かれていた。
「……ノックを忘れるとは、一流店にあるまじき失態では?」
雪華が冷ややかな声で指摘する。
「あいやー! 失礼しましたある。でもこれは、仕様ということなので、一度だけ許してほしいある。以降はちゃんとノックをするあるよ!」
……もしかして、あいやー! を必ず聞かせるためのお約束なのだろうか。
そっぽを向く夫が脳裏に浮かぶ。
「飲み物はサービスで茉莉花茶を出しているあるよ。御方の奥方様には秘蔵の茉莉花茶をお出しするので、美味しく飲んでいただけるはずある」
小さな茶器に八分目、茉莉花茶が注がれた。
店長が興味津々といった眼差しで見つめてくるのに苦笑しながら、中身を口に含む。
「……美味しいわ、とても」
専門店で飲んだ、花の香りが全く邪魔にならない茉莉花茶。
微かな渋みと甘みは料理の味を損なうことはない。
「太鼓判を押してもらって嬉しいあるよ! さぁ、他の皆様も飲むよろし!」
店長に勧められるまま、全員が茉莉花茶を口にする。
それぞれが思い思いの表情をしていたが、そのどの表情も、とても美味しい! と訴えている表情であることに間違いはなかった。
「御注文を承るある」
「鮮竹巻、小籠包、蝦餃子、鼓汁蒸鳳爪を注文します。それぞれ人数分でよろしくお願いしますね」
「承ったある。当店のお勧めは鶏絲炸春巻と煎蘿蔔糕あるが、一緒にお出しするあるか?」
春巻きと大根餅。
どちらも必ず食べるくらいに大好きなメニューだ。
「お願いします」
「お酒はいいあるか? 望まれるなら、とっておきの強精補酒もお出しするあるよ?」
「薬酒ならまだしも、強精補酒なんて主様にお出ししたら、界を超えて御方の罰が下されるわよ?」
「う、受けてみたい気もするあるが、まだ死にたくないので、やめるある」
大げさに震える店長。
どうにも憎めない。
そんなキャラクターだ。
「アリッサはどうする?」
「……茘枝酒があれば、それを」
「勿論あるあるよ! 他の皆様はいかがあるか?」
「紹興酒がいいかな?」
「私も同じものをいただきたいですわ~」
「洋河大曲は、ありますか?」
白酒の中でも度数が高い酒だったように思う。
小さい体で飲んで大丈夫かと思ってしまうのだが、彼女は少なくとも私より遥かに年上なのだ。
「当然全てあるあるよ。一品目と一緒にお出しするあるから、茉莉花茶を飲んでお待ちいただくある」
空のワゴンを軽いステップで押しながら店長が出て行く。
今回は出て行くときに扉の前で深々とお辞儀をしていたので、雪華が鷹揚に頷いていた。
「洋河大曲を初めに注文するなんて……ネイは案外といける口なのね?」
「お仕えした方たちの中には酒豪というか酒乱な方が、おられましたので。無理矢理飲まされるうちに、強くなってしまいました。姉妹の中では、私が一番強いのです」
仄暗い背景があった。
今回の食事で是非、無理矢理飲まされて辛かったのではなく、自分の意思で飲んで美味しいという記憶に塗り替えてほしいものだ。
茉莉花茶を飲んで待っていると雪華が、しまった! と声を上げる。
「待たずに食べられる前菜系を頼み忘れたわ!」
そうだったかしら? と注文したものを振り返ってみた。
鮮竹巻、小籠包、蝦餃子、鼓汁蒸鳳爪。
店長にお勧めされた鶏絲炸春巻と煎蘿蔔糕。
言われてみれば時間がかかるものばかりだ。
「調味料と一緒にある搾菜は食べ放題みたいですわ~」
抜かりなくチェックをしていたローレルが教えてくれる。
差し出された小壺には、みっしりと緑色の搾菜が詰まっていた。
ネイが自分で食べられる分を切り取り、残りをローレルの皿へと入れる。
リスが口一杯に食べものを入れている場面を想像してほしい。
もすもすと搾菜を咀嚼するネイをつい凝視してしまう。
彼女的には毒味のつもりなのかもしれない。
「……とても美味しい搾菜ですので、これを食べて待つといいと、思うのです」
「ふふふ。そうね」
小壺を回して、それぞれ適量皿へと取り分けが完了する頃合いで。
「お待たせしましたあるー!」
ノックと同時に店長が現れる。
ノックの意味あるの? とは、問うては駄目なのだろう、たぶん。
「これはサービスあるねー。御方の奥方様特別仕様なので、他のお客様には内緒あるよー」
まずは各自頼んだお酒が置かれて、中央に大皿が置かれた。
「前菜盛り合わせあるよー。ゲテモノは避けてあるので安心するよろしー」
ゲテモノ料理は美味しくても見た目で敬遠してしまう料理が多い。
サービス品を残すのは申し訳ないので、避けてもらって良かった。
鼓汁蒸鳳爪を頼むネイは案外といけるかもしれないが、ゲテモノに関しては基本的に私がいないときに楽しんでもらおうと思う。
「蒜泥黄瓜、白切鶏、皮蛋あるね。えーと、キュッカバとすり潰しニクニンの和え物、茹で味付けコッコーもも肉、特殊加工したクエックの卵あるよ。小壺に入っている緑搾菜は、他のお客も食べ放題あるから遠慮なく食べるよろし」
キュウリとすり潰しニンニクを和えた料理、下味をつけて茹でた鶏もも肉をしっかりとスープに浸して保存する料理、そして皮蛋。
向こうでの鉄板前菜と同じだった。
どれも好きな料理だったので嬉しい。
ローレルが手早く小皿に分けて回してくれた。
「では! 乾杯!」
せっかくなので乾杯をした。
皆でグラスをぶつけあう、一般的な乾杯だ。
ネイのグラスには殊の外慎重にグラスをあてるのに、笑い合ってしまった。
「あー、ニクニンの栄養が染み入る感じー」
雪華がむふーと鼻息を荒く蒜泥黄瓜を食べている。
「これもお肌に良さそうですわよ~、ネイ」
ローレルが口にした白切鶏には、コラーゲンがたっぷり含まれています! といった感じで見るからにぷるぷるしていた。
「はい! 皮蛋も臭みが全くなくて、とっても食べやすくて、美味なのです! 姉さんたちにも食べさせてあげたいのです」
ネイの言うとおり皮蛋の好き嫌いが分かれる最大の要因ではないかと思う、アンモニア臭が全くないのに驚かされる。
濃厚でねっとりとした食感は、かなり癖になる味だ。
サービスの前菜と搾菜を満遍なく摘まみつつ、茘枝酒を飲む。
底に茘枝が沈んでいたのでつい、さらって食べてしまった。
はしたなかったかしらと思いつつ、アルコールに浸りきった茘枝の香りが鼻から抜けていくのを楽しんだ。
「再びのお待たせしましたあるー!」
ワゴンに乗せられて料理がやってくる。
ぱっと見全部揃っていた。
最優先で作ってくれたのだろうか。
優秀な料理系のスキルや魔法を使える、料理人がいるのかもしれない。
多めの取り皿と一緒に、注文した料理が全て置かれた。
「御注文は以上で大丈夫あるかー?」
「ええ、大丈夫です。美味しくいただきますね、ありがとう」
「他に注文がある場合は、テーブルの上に置いてあるベルを鳴らすあるよ」
言われて調味料と一緒に置かれていた金色のベルを確認する。
個室では音が届かないのではないのかという疑問を抱くも、このベルにもきっと何かしらの仕掛けがされているのだろう。
一度くらいは使ってみたいなぁと思いつつ、ローレルと雪華がせっせと料理を取り分けてくれるのを、ネイと一緒に大人しく待った。
まずは自分が注文した鮮竹巻に箸をつける。
ユーバは箸でさっくりと切れた。
全体がスープに浸っていたが、割れた中からもたっぷりとスープが溢れ出る。
キノッコとハムハの出汁とタケノッコンの食感が秀逸だ。
ふーふーと息を吹きかけながらいただく。
ほっとする系の、優しい味だ。
数ある点心の中でも、女性に人気が高いというのも頷ける。
「はふはふはふはふ! んーっ! 熱い! そして美味しいっ!」
小籠包をまるっと口の中に入れた雪華が悶えながら、その味と熱さを堪能している。
続いて紹興酒を口にすると、くはー! と美味しそうな声を上げて飲み干してしまった。
「雪華、お酒のおかわりも遠慮なしに頼むといいわ」
「ありがとう、主! ローレルもまだいけるんでしょう? ボトルで頼んじゃおうかなー」
「よろしいんですの~? でしたらこちらの、瓶入りとかも美味しそうですわよ~」
二人が楽しそうに選んでいると、ネイがしゅたっと手を挙げる。