テラーノベル
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誤爆の話題は、もう表では出てこなかった。
担任は何も言わない。
HRもいつも通り進むし、出席も連絡事項も淡々としている。
だから、問題はなかったことになっている――はずだった。
でも、琉光子はわかっていた。
みんなが「触れないようにしている」だけだと。
廊下ですれ違うとき、少しだけ距離が空く。
笑い話の輪に入ると、話題が急に当たり障りのないものに変わる。
自分の名前が出る前に、空気が一瞬、整えられる。
それは配慮で、善意で、
「傷つけないため」の行動だった。
昼休み、購買に向かう途中、後ろから声をかけられた。
「琉光子、最近大丈夫?」
振り向くと、クラスメイトの女子が、少し心配そうな顔をして立っていた。
仲が悪いわけじゃない。むしろ、よく話すほうだ。
「うん、別に」
「無理してない?」
「してないよ」
会話はそれで終わった。
でも、その子は少し安心したように頷いて、別の友だちのところへ行った。
琉光子は、購買の列に並びながら、自分の胸の奥を探った。
「無理してない」と言ったのは嘘じゃない。
でも、本当でもなかった。
放課後、部活のミーティングで、顧問が言った。
「最近、みんな忙しいと思うけど、体調とかメンタルとか、しんどかったら無理せんと相談するように」
視線が、ほんの一瞬、琉光子のほうに寄った気がした。
気のせいかもしれない。
でも、気のせいで済ませられない感覚が、残った。
帰り道、スマホを見ると、DMが届いていた。
――大丈夫?
――なんかあったら言ってね。
――溜め込まんで。
どれも短くて、やさしい。
返信しなくても責められないタイプの言葉。
琉光子は、ひとつひとつ既読をつけて、結局どれにも返さなかった。
返事をしたら、次に何を言えばいいのかわからなかった。
「大丈夫」と言えば、それで話は終わる。
でも、それはまた、自分で自分を閉じることになる。
かといって、「大丈夫じゃない」と言えば、理由を求められる。
理由なんて、ない。
あるのは、ずっと薄く続いてきた疲れだけだ。
家でも、似た空気が流れ始めた。
母が、夕飯のあとで言った。
「最近、元気ないんちゃう?」
「そんなことないよ」
「無理してへん?」
その聞き方が、責めではないことはわかっている。
だからこそ、琉光子は少しだけ、声を選んだ。
「普通やで」
母は「そっか」と言って、それ以上は踏み込まなかった。
その距離の取り方が、正解なのだと、たぶん思っている。
部屋に戻って、スマホを開く。
例の投稿は、もう下のほうに流れていた。
新しい反応は増えていない。
消そうかと思って、やめた。
消したら、「やっぱりまずかったんだ」と認める気がした。
残したままだと、「気にしてないふり」をし続けることになる。
どちらも、しんどい。
翌週、クラスで小さなトラブルがあった。
委員会の仕事の分担を巡って、二人が言い合いになったのだ。
「琉光子、ちょっと間に入ってくれへん?」
名前を呼ばれた瞬間、胸がきゅっと縮んだ。
一瞬、断ろうとした。
でも、断ったら「冷たい人」になる気がした。
だから、いつものように、席を立った。
話を聞いて、うなずいて、言葉を選んで返す。
誰も傷つかない表現を探す。
その間、ずっと頭の片隅で、別の声がしていた。
――もう、やめたい。こんなの。
解決したあと、二人は「ありがとう」と言った。
周りも「助かったわ」と空気を和ませる。
琉光子は、やんわり笑った。
その笑顔が、
前より少し、重くなっていることに、
気づいたのは、本人だけだった。
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