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海の紅月くらげさん
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あの日からなんとなく気まずくて、一週間くらい放課後の家庭科室には行っていない。潤からは時々おいでよってメッセージが届くけれど、なにかと理由をつけて断っていた。
九條くんとも話ができていない。聞きたいことはたくさんあるのにどうしてかタイミングが悪いようですれ違ってしまっている。
それにしても女子からの視線が怖い。すれ違うたびにこそこそと何かを言われているのが嫌でもわかる。
私だってシンデレラ役なんて降りれるのなら降りたいけれど、九條くんが受け入れてくれるようにも思えない。
「はぁ」
昼休み、体育館裏まで行くと私は深く息を吐いて脱力した。ちょうど良い木陰もあって落ち着く。
伊代は部活のミーティングで、奈々子も体調不良で休んでいるので昼やひとりだ。
周囲からの視線を感じながら教室でご飯を食べる勇気も出ず、逃げ場を探して彷徨っていたらここへ辿り着いたのだ。
お昼ご飯を食べ終わって、のんびりとしていると近くにゆらりと影が落ちた。
「……邪魔」
低く響く声。聞き覚えがある。振り向くと、気怠そうに壁に寄りかかって私を睨みつけている和葉がいた。
「和葉、どうしてここに?」
「うるせ」
機嫌が悪いのかこれが通常の彼なのか。眉間には皺が寄っていて、腕を組んでいる。
耳元で緑色のピアスが光っているのに気づき、見入ってしまう。そういえば、家庭科室で枕にしていたカーディガンも深緑色だったな。
「緑好きなの? ピアスの色綺麗」
「勝手に見るな、変態」
「な、なんでピアス見ただけで変態なの!」
「うるさい、どっかいけ」
ぶっきらぼうに言うと壁を背もたれにして、その場に座り込んだ。
王子候補の中で一番愛想のない人。言動一つひとつが気怠そうで無気力。ちょっと掴めない。
「なぁ……なんか食いもんある?」
「え?」
どっかいけって言ったかと思えば、食べ物ちょうだいなんて。やっぱり掴めない人。
「ご飯はもう食べちゃったから、キャラメルしかないよ」
「キャラメル……」
「え……もしかしてほしいの?」
「ほしい」
意外な返答に目を丸くしながら、和葉のもとへ歩み寄る。そしてポケットからキャラメルを取り出した。
「はい、どうぞ」
一粒を和葉の手のひらの上に転がす。和葉はキャラメルを食べるなり目を輝かせ、口元が緩んで幸せそうな表情を浮かべた。
「……笑った」
それが嬉しくて私もつられて微笑む。
「は?」
「キャラメル好きなんだね」
「……うるせぇ」
気まずそうに視線を逸らす和葉がなんだか可愛く思えて、顔を覗き込む。
「見るな」
「だって可愛いなって。和葉って思ってたよりもずっと……っわ!」
腕を引かれ前のめりに倒れこむ。すぐ目の前には和葉の顔。
「お前、間抜けだな」
下がりがちな目尻がぐっと細められている。
数秒経っても視線が逸れない。逃げようかと手を動かそうとしたが力が敵わなくて振り払えない。
彼の右手に掴まれている後頭部が熱い。
「可愛いのはお前だろ?」
あと少し、あと五センチくらい近づけば……唇が触れそうだ。
甘ったるいキャラメルの香りがして、心臓が高鳴る。この距離はいくらなんでも近すぎる。
「……っ、からかわないで!」
虚勢を張って大きな声を出したけれど、和葉は余裕そうな表情で笑ってみせる。そして、私を拘束していた手が放させた。
「バレたか」
「なっ!」
「冗談に決まってんだろ」
顔を真っ赤にして怒っている私とは対照的に、和葉は不敵に微笑んでいる。
「お前、騙されやすそう」
「そ、そんなことない!」
「どうだか。男の見る目なさそうだし」
「和葉だって、絶対女心とかわからないでしょ」
顔はかっこいいから寄ってくる子は多そうだけど、女の子の気持ちなんて全く理解していなさそうだ。
「……わかろうとも思わない」
和葉は面倒くさそうに顔を歪めて言った。そして吐き出すように続ける。
「女ってめんどくさいし」
「……女の子慣れしてるみたいな口ぶりだね」
呆れた口調で言う私に、和葉は口角を上げて強気な微笑みを向けてきた。骨っぽい指先が私の頬まで伸び、指の腹が撫でるように肌の上を滑る。
「お前は逆だな。男慣れしてない」
見透かすような瞳に苛立ちながらも、触れられている頬が熱を帯びていて落ち着かない。
「ちょ……っ」
「これくらいで真っ赤になるんだな」
上手く息ができない。振り払いたいのに手が痺れているような感覚がして力が入らない。
「……あんまり流されんなよ。他のヤツらに」
和葉の手が離れていく。その指先の動きを私はぼんやりと見つめていた。
からかってきたり、忠告してきたり……わけがわからない。
「まぁ……正直俺は半分諦めてんだよ。目立つの嫌だし、もともと意欲とか他のヤツよりない方だから」
「え?」
和葉が少し虚しげな表情で視線を落とした。そして、一呼吸置いてゆっくりと吐き出す。
「王子候補の話」
「……そうなの?」
みんなの様子を見ていると役を勝ち取ろうと必死な感じがした。和葉だって家庭科室で会ったとき、あまり気乗りはしなさそうだったけど王子役に選べって言ってきたのに。
「俺が勝ち取っても……壊れたものが戻るわけでもない」
私にはみんながどうして急にやる気になったのか、なにを隠しているのかはわからない。そして、みんなが九條くんとどんな関係なのかも知らない。
当然のことながら、和葉の言う〝壊れたもの〟もわからない。
でも、最初からどこか諦めがちで無気力でいようとしている和葉を見ていると、胸がざわつく。
それはきっと……自分とどこかで重ね合わせているんだ。
「もったいないよ。最初から諦めちゃ」
「は?」
「諦めずにいたら壊れたものも変わるかもしれないよ」
脳裏に浮かぶ私を視界に入れないように避ける人物。上っ面の親子の会話。私が喋ればテレビの音がやけに大きくなる。
それでもいつか私が笑いかけていれば、笑いかえしてくれるかもしれない。
「私は諦めたくない……」
「なんの話だよ」
和葉の薄い唇から長いため息が漏れる。壁に手をつき、気怠そうに立ち上がった。
「お前も色々めんどくさそうだな」
つられて私も立ち上がる。ふと見上げると和葉が私の頬をつねった。
「ちょっ」
「キャラメル、また用意しておけよ」
ゆるりと吹く風にのってほんのりと甘いキャラメルの香りが鼻を掠める。私が言い返す間もなく、和葉は身を翻して体育館裏を去っていった。
「……勝手な人」