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私の瞳に映る彼。

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私の瞳に映る彼。

9 - 7.2人きりでの取材(Side百合)

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2024年08月09日

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9月頭に亮祐常務が会社に来て以降、響子や由美ちゃんの予想通り、女性社員はにわかに騒がしくなった。


社員食堂やリフレッシュルーム、女子トイレなど休憩スペースでは、「見た」「話した」「かっこいい」「誰だれが告白した」等の話題で持ちきりだ。



2週間経った今は、当初に比べると落ち着いたものの、アプローチする女性社員の跡は立たず。


独身で彼女もいないそうだが、今のところアプローチに成功した人はいないようだ。


こんな情報は、特に意識しなくても勝手に耳に入ってくる。




私はというと、広報部で挨拶に行った際に初めて会って以降、特に直接会話をすることはなくたまにオフィスで見かけたり、業務メールを送る程度だ。


そのたびに、春樹に似た外見に動揺してしまうけど、この状況にだいぶ慣れてはきた。


大丈夫、彼は似ているだけで春樹ではないし、うちの会社の常務だ。


そう心の中で繰り返し唱え、自分を落ち着かせている。


幸い、仕事も忙しくて気が紛れる。


次号の社内報発行に向け、亮祐常務の紹介ページ以外の原稿の作成をしたり、まもなく発売される新商品に関するマスコミ対応の準備などに追われていた。



そうこうしているうちに2週間が経った9月中旬、例の社内報向けの取材のため、亮祐常務とのアポイントが入っている日を迎えた。



その日は朝からソワソワしていた。


この2週間で遠目から見る分には慣れてきたけれど、今日は対面して会話をするわけで。


動揺せずにきちっと仕事ができるだろうかと私は不安だった。



気合いを入れるために、いつも以上に丁寧にメイクを施し、自分に喝を入れた。


これは大事な仕事がある時の、私なりのマイルールである。


気分は戦闘モードだ。


ただし、常務を狙う戦闘ではなく、自分との戦いである。



今日は常務室で、インタビューや写真撮影をさせて頂く予定となっている。


アポイントの時間の少し前に役員フロアに上がり、秘書課に立ち寄った。


「お疲れ様です。広報部の並木ですが、15時からの常務とのアポイントでまいりました。もうお部屋に伺っても大丈夫でしょうか?」


「アポイント伺ってます。前のご予定ももう終られてお部屋にいらっしゃるから大丈夫よ」


そう答えてくれたのは、常務の担当秘書の中野早紀《なかのさき》さんだ。


中野さんは私の1つ上の先輩で、いつもお化粧バッチリで、ちょっとキツイ印象の美女である。


実際、結構物言いが厳しいこともあり、苦手意識を持っている人も多いらしいが、悪い人ではないので私は嫌いではなかった。


響子情報によると、常務の担当秘書は争奪戦が繰り広げられたらしく、中野さんが見事その座を射止めたらしい。


「ところで、アポイントは広報部から2名って聞いていたけど並木さんだけなの?」


「その予定だったんですが、突発的な急ぎ案件でもう1名が難しくなったので私だけになりました」


「そう。お忙しい方だから、予定の時間より延びないように気をつけてちょうだいね」


「はい、分かりました」


中野さんからは少し鋭い目を向けられた。


おそらく中野さんも常務を狙っている女性の1人なのだろう。


当初は2人で対応する予定だったのだが、みんなそれぞれの業務で手一杯のため、私だけになった。


つまり常務と2人きりになってしまう。


これは中野さんをはじめとした女性社員には羨ましい状況に違いない。


私にとっては、この逃げ場のない状態が、緊張を高めるだけだった。


トントントン


「広報部の並木です」


「どうぞ」


常務の声が聞こえてから私はドアを開け、部屋の中へ歩みを進める。


常務はデスクとは別の応接スペースに腰をかけていて、私にもその向かいの椅子を勧める。


ふっくらとしたソファーのような座面の椅子に座り、私は常務に目を向けた。


(近くで見るとやっぱり春樹にそっくり‥‥)


私の心がザワザワと騒ぎ出し、ドキドキと脈が早くなる。



そんな自分の動揺を拭い去るかのように、無理やり口を開き、ビジネスライクな口調で丁寧に本日の目的を説明し出した。


「本日はお忙しい中お時間頂きありがとうございます。社内報に掲載する用のインタビュー取材をさせて頂きたいと思います。社員が読むもののため、海外事業の展望や常務のお考え、またお人柄などを広報部としては紹介したく、そういったお話をお伺いできればと考えています」


「事前にメールで主旨や想定の質問事項も送ってもらっていたので把握してます。細やかにありがとう」


「とんでもないです!あと、すみません、当初は2名で伺う予定だったのですが、突発案件により広報部内で調整がつかなくなったため、本日は私のみでお伺いさせて頂きます」


「問題ないですよ」



常務はそう言うと、手元のiPadに視線を落とし、事前に送っておいたメールをチラッと見た様子だった。


今日も三つ揃いのスーツがばっちり決まっている。


青っぽい紺色のセットアップに、ピンク色のシャツ、黒のネクタイがオシャレだ。


実は紺色のスーツは広報部からの指定で、事前メールで着用を依頼していた。


安西部長たっての強い希望である。


なんでも誌面映えを考えた時に、黒スーツだと少し暗い堅い印象になるし、グレーだと若々しくなりすぎるかもなので、役員としての威厳と親しみやすさを演出するべく紺色がピッタリだそうだ。


(春樹の社会人になった姿もこんな感じだったのかな‥‥)


ボンヤリと頭の片隅でそんなことを思いながら、いつのまにか常務を見つめてしまっていた。


慌てて頭を切り替える。


「ではインタビューを始めさせて頂きます。記録用にこちらで録音させて頂きますね」


そう言って、ICレコーダーを机の上に置く。


録音開始ボタンを押し、録音状態になったことを確認してから私は質問を始めた。



「まずはこの度常務に就任された経緯や背景をお教え頂けますでしょうか?」


「そうですね。これは社員の皆さんもご存知のとおり、僕は当社の創業者一族で、父は現社長、叔父は現専務です。これまで父が経営を、叔父が主に研究開発を牽引し会社は成長してきました。そしてここ数年は海外展開にも力を入れています。この部分を強化するために、海外でのビジネスを専門とする僕が加わることになった感じですね」


「なるほど。常務は帰国される前はアメリカにいらっしゃったと伺ってますが、向こうではどのようなご経験を積まれたのでしょうか?」


「向こうでMBAコースを修め、人脈を築けたのは大きかったですね。あと学校を卒業後は、現地の食品関連企業で営業やマネジメントの経験もしてます」


こんな感じで次々に社員が気になるであろう常務の経歴やお考えをヒアリングしていく。


常務は一つひとつの質問に真摯に答えてくれた。


クールで少し冷めたい印象も受けるけど、言葉の端々から、その真面目で誠実な人柄が垣間見える。


(この人は恵まれた環境の中、自分が創業者一族であることを自覚し、それに見合う努力と行動をされているんだなぁ。すごい人だなぁ)


話を聞きながら、いつしか尊敬の念を抱くようになっていた。



最初は緊張していたものの、質問を重ねるごとにだんだんと場が温まってきて、私も常務もリラックスした雰囲気になってくる。


常務の口調も砕けてくる。


質問内容もプライベートなことに及んでいた。


「お休みの日はどんなことをして過ごされているんですか?」


「ん~そうだなぁ、お酒が好きなので飲みに行ったりすることが多いかな」


「そうなんですね。どんなお酒がお好きなんですか?」


「なんでも飲むよ。最近は特にウイスキーにハマってる。並木さんは?お酒飲める方?」


「私ですか?お酒を飲むこと自体は好きなんですが、残念ながらあんまり量は飲めなくて。お酒強い方が羨ましいです」



雑談に近くなってきた頃合いで、チラッと手元の腕時計に目を向ける。


質問すべきことは聞き終わったし、あとは写真撮影をしてちょうど良い時間配分かな。


「色々お伺いさせて頂きありがとうございました!インタビューは以上とさせて頂き、最後に写真撮影だけご協力お願いします」


そう言うと、私はICレコーダーの録音を止め、今度は一眼レフを抱える。


常務に窓際の自然光の入る場所へ移動してもらい、写真を撮り始めた。


「次は腕を組んだポーズをお願いします」


カシャッ、カシャッ


あとで誌面のデザインとレイアウトに合うものを選ぶため、色んなポーズと画角で写真を撮っていく。


常務は文句ひとつ言わず、撮影に快く付き合ってくれた。



カシャッ、カシャッ


写真を撮りながら、まじまじと常務を見つめてしまう。


そしてファインダー越しに目が合った。


私の心臓は跳ね上がる。


こんな素敵な男性に見られてドキッとしてしまうのは不可抗力だ。


今この部屋に2人きりである事実を急に思い出して、心臓の鼓動が早まった。



「そういえば、並木さんって、初めて会った時に俺を見て驚いてたよね。あれって何で?」


唐突に質問を受け、思わずビクッとしてしまう。


録音をしていないためか、常務は完全に砕けた口調になっていて、一人称が「僕」から「俺」になっている。


そんなことにも、いちいちドキドキしてしまった。


それに、あんなに動揺を隠したつもりだったのに、初対面の時に驚いたこともバレていたらしい。


「‥‥えっと、あの、知り合いに似ていたので‥‥」


なんとか返答をしながらも、これ以上踏み込んだ質問をされたくなくて、言葉を濁して曖昧に微笑む。



「知り合いに?そうなんだ」


「‥‥ちなみに、常務はご自身に似ていらっしゃるご親戚とかいらっしゃいますか?」



思わずあり得ない質問をしてしまった。


春樹にそういった人はいない事実は知っているのでその可能性はないのに。


こんな質問をするなんて動揺しているのが自分でも分かる。


「いや、そういった人はいないけど。それってどういう‥‥」


「そうですか!あ、そろそろお時間ですね。写真も十分に撮れましたので、こちらで大丈夫です。本日はお忙しい中ご協力本当にありがとうございました。原稿ができましたら、後日お送りいたしますのでご確認どうぞよろしくお願い致します。では、私はこちらで失礼いたします」


常務が何か質問を重ねようとしているのを察知し、強引に言葉を遮った。


そしてお礼を述べ、逃げるように常務室から外へ滑り出る。


ーー役員フロアから広報部の自席に戻った後も、私の心臓はドキドキと音を立てたままだった。

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