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「……秘書さんたちは、私の事をどう思ってるでしょうね」
「誤解を恐れずに言うと、なんとも思っていないと思うよ」
「はぁ……」
思いの外手応えのない返事を聞き、私は生返事をする。
「彼らは会社に雇われている身であって、俺が私生活でどんな女性を選ぼうが、意見できる立場じゃないんだ。実家に執事の我孫子がいるけど、彼はどっちかというと、プライベートな秘書という立ち位置だしな……」
「なんと! 執事!」
私の脳内で、とっても高い所から紅茶を注いでるおじさんが浮かび上がる。
「執事さんって、どういう事をするんですか?」
「……子供の頃は父の代わりに運動会に来てたな。めっちゃ動画撮ってた。あと、送り迎えとか」
「あー……」
そうか。涼さんクラスになると、親が忙しすぎて学校行事に関われなくなるんだ。
「俺たちが学生の頃は、親の代わりに学校関係者とのパイプ役になってたね。習い事をする時も、一流の先生とかを紹介してくるんだよ。彼らが属してる会社は、富裕層を相手に商売してるから、情報も専門的なんだよね。あとは学校のOB会が開かれるって分かったら、参加できるように調整するとか」
「OBと会って、なんかあるんですか?」
「学校的に、大企業の息子とかが多いから、仕事の面でも〝色々〟役立つ情報が聞けるんだ。投資家バーは一般の人でも投資を囓っていれば行けるけど、名門校のOB会ならではの情報はまた別だからね。経済的な話ができるのは勿論、色んなところに顔利きできる。だからよく『連れて行ってほしい』と言われる事はあるよ」
「へぇー……」
「今は祖父も父も現役だけど、いずれ世代交代する時は、メンターを手配するとか執事が繋ぎの役割をしてくれる事もある」
「……なんか現代の執事さんって凄いんですね。私、紅茶を高い所から注いでるイメージしかなかったです」
「ははっ、そういう事も一応するけどね。アートやワイン、車の維持、管理とか、オークションに代理で出てくれるとか、不動産の管理、海外に行く時も本人が煩わしい手続きをしないように、事前に整えてくれるよ。万が一、入院する時はVIPルームを手配してくれるし」
「病院にVIP……!」
私は思わず、下唇を前歯で軽く噛んで「ヴ」の発音をする。
「食べる物もホテル並みだよ」
涼さんはニヤリと笑って言い、私はうなる。
「いいな……」
「あと、ぶっちゃけると、うちにプライベートジェットがある」
「あるんかい!」
私は手首のスナップを利かせ、突っ込みを入れる。
「まぁ、でも、ケアンズ行きは四人でワチャワチャ楽しみたいから、航空会社を使う予定だけどね。そういうのも含めて〝休み〟と思ってるし」
「……なんか凄いですね~……。別世界だ」
「まーね。タイムイズマネーで過ごしてるから、家事を含め手間のかかる事は、お金を払って人にやってもらってるんだ。その分、俺らは仕事で億単位のお金を動かしていく」
「……涼さんと話してると、五百円玉貯金してる自分が馬鹿みたいに思えます」
「いーじゃん。そういう堅実なところ、好きだよ」
私はしばし、目を閉じて思考を休める。
目蓋を閉じても、夏の容赦ない日差しが全身に降り注いでくる。
(そんな忙しい人が、こうやってうちに家族に会ってくれるの、感謝しないとな)
うん。
私は一つ頷いたあと、目を開けて言った。
「今日はお付き合いありがとうございます。お礼に孝兄か恭兄を好きにしていいですよ」
「いや、そこ、商品は恵ちゃんじゃないの?」
「安く切り売りすると、いざという時に価値がなくなるので……」
私は涼さんに掌を突きつけ、首を横に振る。
「切り売りなんて、豚肉じゃないんだから」
「涼さんはサシの入った牛肉でしょうね……」
「そこ、対抗しなくていいから。俺は鶏も豚も好き」
「はー……」
私は浮き輪の上で脱力し、しばしプカプカと浮いてから言う。
「……涼さんの事、一筋縄でいかない人だと思ってますが、ご両親から許可をいただけたら、責任もって幸せにしますからね」
「やだ……、男前……。トゥンク……」
「そこ、バカ兄の真似しなくていい」
突っ込みを入れると、涼さんは朗らかに笑った。
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