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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第83話:小春ちゃんの傾聴スキルと主の回答〜論理と共感の完璧なコンビネーション〜
雪解けが進み、新緑が眩しい北海道の限界集落。
俺の買い上げた古民家では、今日も穏やかな春の風が吹き抜け、縁側で昼寝をするキツネたちの平和な寝息が響いていた。
「……はい、お電話ありがとうございます。お悩み相談窓口の、アキヤと申します」
俺はローデスクの前に正座し、ヘッドセット越しにプロのオペレーターとしての声を響かせていた。
フルリモートの『お悩み相談室』の業務も、すっかり板についてきた頃だ。
ジンバルに固定されたスマホの画面では、三百万人のリスナーたちが「限界社畜のプロフェッショナルな仕事ぶり」を固唾を飲んで見守っている。
『主のイケボ対応、何度聞いても惚れる』
『もはや神聖なお告げを聞く窓口になってるよなww』
『シロ様は今日もお膝の上で液状化してます』
『玄米と大豆パティの資金を稼ぐ男の背中、カッコいいぜ!』
そんなコメントが流れる中、ヘッドセットの向こうから、今にも泣き出しそうな若い女性の声が聞こえてきた。
『あ、あの……。今年の春から新しい部署に異動になったんですが、周りの期待に応えようと頑張れば頑張るほど、空回りしてしまって……。今日も大きなミスをして、先輩に呆れられてしまいました。私、この仕事に向いてないんじゃないかって……』
春は環境が大きく変わる季節だ。
新しい人間関係、不慣れな業務。適応しようと過剰にエネルギーを消費し、心がすり減ってしまう人間は後を絶たない。
俺は需品科で培ったロジスティクスの観点と、ブラック企業を生き抜いたサバイバル術をフル回転させ、極めて冷静に分析結果を伝えた。
「……なるほど。状況は理解しました。まず大前提として、あなたは現在『リソースの配分ミス』を起こしています」
『リ、リソース……ですか?』
「はい。他人の期待に応えることと、自分の業務を完璧にこなすことは、全く別のミッションです。今のあなたは全方位に防衛線を張ろうとして、補給線(精神力)が完全に伸び切って崩壊している状態です。まずは他人の評価という『不確定要素』を切り捨て、己のコア・ミッション(絶対やらなければならない最低限の仕事)のみに戦力を集中させてください。人間関係の摩擦は、ただの『悪天候』と同じです。傘をさしてやり過ごせばいいのです」
俺の提示した解決策は、極めて論理的で、かつ実践的だった。
だが。
『……はい。頭では、わかっているんです……。でも、どうしても周りの目が気になって、嫌われたくなくて……。ごめんなさい、私、やっぱりダメな人間で……』
女性の声は、さらに小さく震え始めてしまった。
正論は時に鋭い刃となる。心が完全にエネルギー切れを起こしている相手には、俺の『戦術指導』は少し刺激が強すぎたようだ。
「……マズいな。精神のバッテリーが完全に枯渇している」
俺が次の言葉を探して口ごもった、その時だった。
「お兄さん、ちょっとマイク貸してください」
横で俺のお茶を淹れてくれていた小春ちゃんが、スッと顔を近づけ、ヘッドセットのマイクに向かって優しく、そして明るい声を投げかけた。
「もしもし! 私、アキヤの助手をしている小春と言います! ……あのですね、今のお話を聞いていて思ったんですが、あなた、本当にすっごく、すっごく頑張り屋さんなんですね!」
『えっ……?』
突然の若い女の子の声に、電話の向こうの女性が戸惑う。
だが小春ちゃんは、太陽のような温かいトーンで言葉を紡ぎ続けた。
「新しい環境で、みんなに迷惑をかけないように、必死に気を配ってこられたんですよね。ミスをして落ち込むのも、それだけ仕事に真剣に向き合っている証拠じゃないですか! 誰も褒めてくれないなら、私が全力で褒めます! 今日まで逃げずに職場に行けただけで、花丸百個、満点大正解ですよ!!」
『あ……ぁ……』
「お兄さん……アキヤの言う難しい戦術も大事ですけど、まずは、頑張ってる自分を『えらい!』って、ギュッと抱きしめてあげてください。あなたは絶対に、ダメな人間なんかじゃありません!」
電話の向こうで、張り詰めていた糸がプツンと切れる音がした。
『うっ……ひぐっ……わぁぁぁぁぁん!!』
女性は、せき止めていたダムが決壊したように、声を上げて泣き始めた。
それは、誰も認めてくれなかった自分の努力を、見ず知らずの女の子が全肯定してくれたことによる、安堵と救済の涙だった。
『……ありがとう、ございます……! 私、本当は……誰かに、頑張ってるねって、言われたかっただけなのかも……っ』
「はい! うんうん、いっぱい泣いていいんですよ! 泣いた後は、美味しい玄米とお肉を食べて、ゆっくり寝てくださいね!」
小春ちゃんの温かい共感(エンパシー)に包まれ、女性はひとしきり泣いた後、「明日から、少しだけ肩の力を抜いてみます」と、見違えるように明るい声で電話を切った。
俺は圧倒されながら、小春ちゃんを見つめた。
俺が『論理(ロジック)』で戦局を分析し、解決への道筋を作る。
小春ちゃんが『感情(エモーション)』で相手の心に寄り添い、傷を癒やす。
元・限界社畜の冷徹な戦術と、純真無垢な少女の無償の愛。
この二つの要素が奇跡的な噛み合いを見せ、完璧な『お悩み解決コンボ』が成立してしまったのだ。
ジンバルの画面を見ると、三百万人のリスナーが完全にスタンディングオベーション状態になっていた。
『うおおおおお!! 最高のコンビネーション!!』
『主の正論で道を作り、小春ちゃんが心を救う!!』
『アメとムチどころの騒ぎじゃない、完璧な包囲網だww』
『聞いてるこっちまで泣いてしまった……小春ちゃんマジ天使……』
『この相談室、世界平和に貢献してるだろ』
チャット欄の熱狂に応えるように、世界中のVIPたちも黙ってはいなかった。
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”Perfect synergy! Logic and Emotion! You two are the ultimate team!“(完璧なシナジーだ! 論理と感情! 君たちは究極のチームだ!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”This is the best psychological complementary system I have ever seen! My portfolio needs this balance!“(私が今まで見た中で最高の心理的補完システムだ! 私のポートフォリオにもこのバランスが必要だ!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$500MeTubeギフト×10連発)=”Koharu! You are a goddess of empathy! Master, you need to pay her a bonus!“(小春! あなたは共感の女神よ! 主、彼女にボーナスを払いなさい!)』
極彩色のMeTubeギフトの嵐が、春の桜吹雪のように画面を埋め尽くす。
「えへへ、お兄さん。私、少しはお役に立てましたか?」
小春ちゃんが、少し照れたように笑いながら俺に尋ねる。
世界中のリスナーが、画面越しに俺の称賛の言葉を待ち構えている。
だが。
俺はヘッドセットを外し、元・社畜としての『一切の感情を排したフラットボイス』でカメラに向き直った。
「……世界中の皆さま。感動しているところ申し訳ありませんが、冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『またしても主の限界言い訳タイムwww』
『さあ、この完璧な連携プレイをどう論破する気だww』
『素直に小春ちゃんを褒めろww』
俺は、キリッとした真顔で、淀みない口調で言い放った。
「これは奇跡のコンビネーションなどではなく、ただの『認知行動療法』と『役割分担(ロールプレイ)』の基礎を応用したに過ぎません。俺が『悪徳警官(バッド・コップ)』として現実の厳しさを突きつけ、小春ちゃんが『善き警官(グッド・コップ)』として安心感を与える。いわゆる古典的な尋問テクニックを、顧客対応に転用しただけの、極めてマニュアル通りなオペレーションです」
「あるわけないじゃないですかぁぁぁ!!!」
小春ちゃんが、顔を真っ赤にして俺の背中に渾身のツッコミ・ドロップキックを見舞った。
「誰が悪徳警官ですか!! 私はただ、頑張ってる人を応援したかっただけでしょうが!! なんで心温まるお悩み相談を、ゴリゴリの犯罪尋問テクニックにすり替えるんですか!! 素直に『ありがとう』って言いなさいよ!!」
『小春ちゃんのドロップキック炸裂www』
『尋問テクニック(お悩み相談)』
『適応力バグおじさん、ついに心理学と犯罪捜査学まで歪めるww』
『悪徳警官(玄米と大豆パティ好き)』
『言い訳がひどすぎて涙引っ込んだわww』
俺の理不尽極まりない戦術的言い訳と、小春ちゃんの鋭すぎるツッコミに、三百万人の視聴者たちは感動の涙を爆笑の涙へと変えていった。
『ミャウ(良いコンビだったわよ)』
俺の膝の上で丸くなっていたシロが、呆れたように小さく欠伸をして、再び目を閉じた。
「……まぁ、理由はどうあれ。結果オーライだな。小春ちゃん、助かったよ。ありがとう」
俺が苦笑いしながら素直に礼を言うと、小春ちゃんは「もうっ!」と口を尖らせながらも、嬉しそうに微笑んだ。
莫大な富を抱えながらも限界集落に留まり、社会の片隅で誰かの悩みに耳を傾ける日々。
最強の論理と、天使の共感、そして神獣のマイナスイオンを備えたこの『お悩み相談室』は、今日も世界一優しく、そしてバグった回答で、疲れ切った大人たちの魂を救済し続けるのだった。
コメント
1件
第83話、めちゃくちゃ良かったです! 主人公の冷徹な論理と小春ちゃんの温かい共感のコンビネーションが完璧で、読んでいてじんわりしました。「頑張ってる自分を『えらい!』ってギュッと抱きしめて」って台詞、すごく響きました。かけ算になるんですね、正論だけじゃなくて寄り添うことの大切さを改めて。 最後の言い訳タイムからのドロップキックもお決まりで笑っちゃいました。この作品の絶妙な温度感、大好きです。