テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
――――江戸周辺集落――――
「やっーーやめてくれぇぇぇ!!」
両手を縄で背後に縛られた男が、悲痛な叫び声を上げた。
辺りは血の匂いが鼻腔の奥まで刺激する程、充満している。
「なっ、何故!? 何故こんな事っ!!」
男の眼前には、無造作に掘られた一つの穴。血の匂いは其処から漂ってくる。
“――嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!”
男は今まさに自分に降りかからんとしている状況に、パニック障害を起こしていた。
何故ならその穴には、ついさっき落ちましたと言わんばかりの、真新しい人間の頭部が積み重なる様に転がっているからだ。
その数、少なくとも三十を越えている。
叫び続ける男の背後に、黒装束を纏った者が刀を振り掲げていた。
その表情には薄ら、笑みが浮かんでいる。
「やっーーやめっ!!」
その声を楽しんでいるかの様に、掲げた刀を首筋目掛けて無慈悲に振り降ろした。
「あぶぇっ!?」
抵抗無く通る刃。
声にならない断末魔の声と鮮血と共に、身体から離れた男の頭部は何の抵抗も無く、穴へと落ちていくのであった。
辺りに悲鳴と怒号が交差する地獄絵図。
「フフフ」
その光景を玉座に居座りながら眺め、手に持ったワイングラスを煽りながら饗宴の美酒に酔いしれる人物。
「次だ……」
両肩に銀色の甲冑、身体に纏うは黒装束と、洋と和を組合わせた様な風貌の、漆黒長髪の男はそう笑う。
その移動式玉座の膝下には、禍々しいまでに漆黒の日本刀が立て掛けられていた。
「いやあぁぁぁぁ!!」
両手を後ろに縛られた、この集落の者と思わしき若年の女性が、先程の首塚に引き連られる様に連れて行かれる。
連れ行くは同じく黒装束の人物。
この集落には同じ黒装束を纏う者達が、多数この場に鎮座していた。
その数、およそ二十余名。
辺りには集落の者と思わしき、無数の躯が無造作に転がっている。
恐らくこの黒装束の集団に集落は襲われ、生き残り囚われた者達の、今まさに理不尽な処刑の真っ最中であった。
「やっーーやめてぇっ! 命だけは助けーー」
女の命乞いも虚しく、その言葉が最後まで放たれる事無く、無慈悲に振り下ろされた刃が女の首を跳ねた。
先程の男と同じく、鮮血と共に頭部は穴へと落ちていき、首塚として積み重なっていく。
「おがぁぁぢゃあぁっ!!」
その光景を一部始終見ていた幼き少年の、言葉にならない慟哭が響き渡る。無慈悲にも処刑された少年の母親なのだろう。
「何故っ! 何故こんな事を!?」
生き残り捕らえられた者達から、当然の如く批難の声が上がる。
玉座に居座る漆黒長髪の人物は、そのグラスに注がれた紅い液体を飲み干しながら、切れの長い冷酷そうな瞳で眼下を見据えて、そっと呟く。
「……暇潰し」
それは余りにも淡々と。
「そんな無茶苦茶な!!」
生き残り、捕らえられた住民五十名余りから批難の声が上がるが、それも当然の事。
突然村に押し掛けられて、抵抗した者は惨殺され、生き残った者達は暇潰しで処刑されたのではたまったものでは無い。
「喚くな屑共。これは江戸を落とす前の戯れ事。ほんの余興に過ぎん」
漆黒長髪の男はそう言い放ち、空になったグラスを横に手向ける。
まるで虫けらをいたぶるかの様なこの所業。この集落を襲った黒装束の集団は、江戸を落とす為に向かった狂座の先鋒隊。
“狂座第三軍団”
「シン様、如何なさいましょうか?」
部下と思わしき黒装束の男が、空になったグラスに紅い葡萄酒を注ぎながら次の指示を仰ぐ。
「勿論続ける。一人残らず……な」
玉座に居座るシンと呼ばれた男はグラスに代わりを注がれた葡萄酒を煽りながら、そう恍惚の笑みを浮かべていた。それはまるでこの惨事を、本当に楽しんでいるかの様に。
この悪魔の如き所業を涼しげな表情で促すこの漆黒長髪の男は、狂座の軍団長の中でも“第三”と高位の番号を与えられし者。
“狂座第三軍団長及び、江戸攻略先鋒隊隊長ーーシン”
一と二が欠番の現在にあって、軍団長の中では実質トップの位置付けに在る。
その推定侍レベルーー “臨界突破第一マックスオーバーレベル『115%』”
軍団長の中でも数少ない臨界突破者の一人で在り、その実力と実績を以て江戸攻略の先鋒を任されていた。
「どうか御願いじゃ!」
一人の御老体が後ろ手を縛られたまま、覚束ない足取りでシンの下へと駆け寄る。
「何だお前は?」
シンは玉座に居座ったまま、見下す様に眼下の老人を見据えている。
「儂は此処の村長ですじゃ……。せめて、せめて儂一人の命で、他の者達は解放してやってくれぇぇ!!」
自ら村長を名乗り出たこの老人は、シンへ自分の命と引き換えに生き残った村人五十余名の安全の保証を懇願していた。
後ろ手を縛られたまま、額を地面に擦りつけ懇願する姿が、哀れなまでに痛々しい。
「フフフ……。中々泣かせる提案じゃないか」
シンは眼下の老人の姿を酒の肴にするかの様に、葡萄酒を煽りながら考える仕草をしている。
「フム……さて、どうするかな?」
だが、その口許は笑っていた。
「……却下。お前如きの命では釣り合いが取れんな」
嘲笑うかの様に、理不尽にそう言い放つシン。
「そっ……そんな!」
そして更に、絶望の淵に突き落とすかの様に続ける。
「どっちにしろ我々狂座は此処のみならず日本いや、この世の全てを蹂躙する予定だ」
それは僅かな生存の希望さえ否定する、驚愕の事実であった。
その言葉の意味に、長老の表情は蒼白に青ざめていく。
シンはそんな絶望顔の長老に、とどめを刺すかの様に一言。
「遅いか早いか、ただそれだけの事。だから……安心して此処で死ね」
「お……鬼じゃ! お主らは鬼じゃ!!」
シンの理不尽なまでの言い分に、長老は半狂乱になってそう叫ぶ。
「やれやれ、随分な言われようだ。地上を這いずり回る屑の分際で」
しかし鬼ーー悪魔は叫びを解さない。
シンは左足下に立て掛けてある日本刀を手にし、玉座に居座ったまま柄に右手を添える。
“カチン”ーーと音がした刹那の瞬間。
“ーーっ!!”
「長老ぉぉぉ!!」
事の顛末を黙視していた住民達から、悲痛な叫び声が上がった。
シンが刀の柄に右手を添えた瞬間、長老の五体は一瞬で細切れにされ吹き飛び、血煙と共に無惨な肉塊と化していた。
一体何時鞘から刀身を抜き放ったのか? それを目視確認出来る者は、住民のみならず部下の者にも居ない。
シンはあの瞬間、玉座に居座ったまま実に十六回もの抜き打ちを放っていた。
常人には柄に手を添えただけにしか見えない程の、超高速の居合い抜きーー“抜の抜”一瞬即連斬。
第三軍団長シンは、狂座が誇る最速の居合い抜きの遣い手であった。
「フン……屑が。私が直々に手を下した事に感謝して死ね」
シンは居合いの為に、玉座の右脇に置いたグラスを再度手に取る。
「さあ、処刑を続けようか」
シンは非情なまでの裁定を下しながらグラスを煽り、恍惚の笑みを浮かべる。
「精々良い声で泣き喚き、私を愉しませる事だけが、お前達に残された最後の使命だ。ククク」
手にしたグラスに注がれた紅い葡萄酒が、まるでこの惨劇を象徴する血の色であるかの様に、妖しく波揺れていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!