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「おかえりなさい」
鍵の開く音が聞こえたので、玄関に出迎えに行けば
そこには死んだ顔した颯太が立っていた。
「どうしました?」
「…何でもない」
少し間を開けて、そう微笑む。
きっと彼自身、怖い顔をしていることに気付いていないのだろう。
キッチンへ戻ろうとすれば、背後から何かが落ちる音が聞こえた。
どうやら彼が荷物を落としてしまったようだ。
が、当の本人はそれに気付く様子もなくこちらを凝視している。
「授業で疲れてしまいましたか」
仕方が無いのでモノを拾い上げて彼に渡す。
「あ、ありがとう。その格好の先生、久しぶりに見たからびっくりしちゃっ…しちゃいまして」
謎に敬語に言い換えたのは、昔の記憶が蘇ったからなのか。
そんな彼の目には白衣が映っている。
「今でもよく着たりしてますよ。料理する時とか、割と便利です」
「ほへー」
間抜けな返事を聞く限り、こちら側の話を聞いていないことは明らかであった。
「わ!おいしそ」
チキンライスを炒めていたら、後ろから抱きつくような形で彼がフライパンの中身を覗き込んできた。
「危ないですよ」
顔がギリギリだったので、注意をすれば意外なことに彼はパッと離れた。
「先生、マンション探してるの?」
先程よりも少し離れたところから声が聞こえる。
「はい。ずっとここに住まわせて貰う訳にも__」
瞬間、キッチンに物凄い音が響いた。
顔を上げると、へこんだフライパンを手にする彼と目が合った。
しゃがんでいなければ、今頃頭を打たれていた。
「なんで避けたんですか!?」
叫び声と同時に両腕を振りかぶる。
それを制するために肘を叩き込み、フライパンを取り上げた。
「返してください!かえせ!」
叫びに似た声をあげながら、必死に手を伸ばしてくる。
腹に力いっぱい拳を叩きつければ、床に倒れ込んだ。
苦しそうな呼吸音が聞こえる。
少し離れて、フライパンを拾い上げる。
金属特有の冷たさを両手に感じた。
背中を汗が伝う。
鼓動が大きくなる。
やられる前にやらなければ。
1歩、1歩、近付く。
彼の髪に足が触れた。
腕に力を込める。
横から小さな風が吹いてくる。
コツン…と情けない音が重い空気に飲み込まれて行った。
彼が、「ごめんなさい、ごめんなさい…」と短い息と共に、そう繰り返し続けている。
温かくなった取ってから手を離す。
キッチンから出て、小さな少ない荷物を持つ。
背後から聞こえる泣き叫ぶ声を無視して玄関へと向かう。
手に鋭い痛みが走った。
彼の指が深く、くい込んでいる。
「側にいてくれるだけで、良いから」
すごく小さな声で、
靴と砂利の音でかき消されてしまった。
嗚咽が響く。
必死に手を伸ばす彼。
見ていられない。
額を汗が伝う。
この化け物をつくったのは誰か。
息が苦しい。
違う、違う。自分じゃない。
最後は目を合わすこともできなかった。
だけど、彼はこちらを見ている。
奥の奥まで見ている。
そう感じた。
やがてドアが閉まって視線もなくなった。
はずなのに冷や汗が止まらなかった。
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