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rm view___________
rm「……え?」
目の前に散らばった紙切れに釘付けになった。
それは「写真だったもの」で、いんくの幸せな時間を切り取った、いわゆる、りもこんの宝物
学校の机からボロボロと溢れたそれは、無惨にも刃物か何かで細切れにされ、けれど元が何であったのかわかる程度に原型を保っていた。
ずっと我慢していた。
陰口から始まった自身への悪戯を、それでも大切な彼らに悟られないよう、一生懸命隠してきた。
他者に助けを求める気のないりもこんをみて、これ幸いだと判断したらしい主犯の彼らは、ついにりもこんに対して暴力を振るうところまで来ていた。
それでも、じっと絶えていたんだ。
幸いなことに彼らとはクラスが違ったし、一緒になるのは昼食時か登下校、あとは遊ぶ時くらいだ。
服装だっていつもぶかぶかでオーバーなものを着るから、暴力でできた傷なんて簡単に隠せた。
主犯だってバレたくないから、服で隠せないようなところに傷をつけることは避けてくれていた。
一人暮らしだったから、家族にバレるわけもなかった。
弁当を捨てられるなんてこともあったけれど、財布を盗まれることはなかった。
なかったというより、りもこんが普段数百円程度の最低限のお金を裸で持ち歩くような人間だったから、元々財布自体は家にあるのだ。
だから弁当がなくたって、「今日は購買の気分だ」なんて言っていれば簡単にいんくの彼らを騙すことはできたし、食べれなくて苦痛だなんてこともなかった。
だから大丈夫だったんだ、今日、この時までは。
rm「……な、ん、…ッッぃた、!、」
机から零れ落ちるそれを信じたくなくて、掻き出そうと手を突っ込めば、何かが手に突き刺さる。
反射的に机から手を引いて手のひらを確認すれば、ぷくっと赤い液体がドーム状に膨れ上がった。
スマホのライトをつけて中を確認する。
………あぁ、中に刃物が入っている。
慎重に、机の中に仕込まれた刃物を取り出せば、工作用の大きめなカッターがそこから出てきた。
…刃が出たまま。
自分が肌身離さず持っていた写真。
彼らとの、旅行の一枚。いんく結成1年の一枚。誕生日の一枚。なんてことない平凡な日の一枚。
それが、他でもない自分が要因の一つとなって、バラバラに砕かれた。
いくら我慢強いりもこんでも、これはダメだった。
rm「……………」
どうすれば良いのかなんてわからなかった。
泣き叫べば良いのか、そんなことして、これが直ってくれるのか。
ただ胸の内側がずくずくと沸騰するように揺れてどうしようもなく不快だった。
泣きたくて泣けるほどの涙も用意できない。
かと言って反撃できる相手も今ここにはいない。
カッターを握りしめる。強く。
さっき切れた指先がじくりと痛んで、意識が引き戻された。
そういえば、自傷行為って気持ちがスッキリするみたいな話だったっけ。
そんな話、SNSでやってた気がする。
単純に思っただけだった。
やってみたいわけじゃなかった、本当に願望なんて持ってなかった。
………でも、思いついた瞬間、なぜか体は「そう」動いていた。
rm「ゔッッぃ、だぁッ〜〜〜ッッ、!!!!」
一瞬だけ大きく声が漏れてしまって、周囲への反応を気にする。
焦るな、大丈夫、今は放課後だ、人がそううろちょろしている時間帯じゃないし。
時期に似つかない汗が滲む。片腕の痛みは脈拍と同調してここぞとばかりにその存在を主張していた。
rm(最悪ッッ全然すっきりしないじゃん!最悪、もぅ、さいあく、!!!)
ただ痛いだけ。痛みが倍増されてさらに不快感が増長されるだけ。
自分に自傷なんて向いてなかった、やるんじゃなかった、あぁもう、全部全部全部嫌だ。
でも、そうやって不快感を増やすたびに、それに反して体は次へ次へとナイフを振り翳していく。
どうして、わからない、もう自分が何をやっているのかもわからない。
rm「ひっ、ぅ”っ、ッッぅぇ、っひっくッ、」
まともに涙も流れないくせに、喉は変な嗚咽を生産していく。
体は止まらない、心の不快も、何も止まらない。
もう何回切り刻んだかわからない。奴らによって切り刻まれた上に、己のせいで赤く染まっていく思い出の切れ端も、今のりもこんを追い詰めるには十分な素材だった。
きっと今、ここに主犯たちがいたのなら、手を叩いて喜んだろうに。
ぐちゃぐちゃな現実と心情に、もう一度カッターを振りかざす。
………けど、それが自身の体に届くことはなかった。
手が動かなかった。「止められた」ことは、自分の目で確認して初めて理解した。
rm「…………ふ、………はゃ、」
空気に近いくらいの声量だったと思う。彼に届いたかはわからない。
けれど目の前の彼はひどく傷付いた顔をしていて、りもこんの右腕を掴んでいる手も震えていた。
fu「…………なにしてんだっ、!」
押し潰されるような声が、静かな教室の空気に溶けた。
何故、どうして彼がここにいる。
何故………ぃや、見られた。
………ここで問おう、今この状況、彼にはどう映っているのか。
切り刻まれ、赤く染まった思い出たち。それを見て、彼は何を思うか?
…答えは簡単、傷付くに決まっている。だって、ふうはやは優しいから。
いや、彼でなくても、かざねでも、しゅうとでも、傷付くのはわかりきっている、だって自分もそうだった。
問題は、これを切り刻んだのは誰だと思うか、だ。
rm「………ちがぅ、」
fu「…りもこ、」
rm「っぉれじゃない!!」
fu「ちょっ、!!!!」
掴まれた手を振り解こうと体を動かす。
離してくれ。見ないでくれ。赤く染まったお前らを。赤く汚したこの俺を。
見ないでくれ、何も見ないでくれ、知らないでくれ。
知らないふりでもいいから、理解しないで。
彼と視線を合わせるのが怖くて、怒られることが怖くて、失望されることが怖くて。
言葉を介すのが怖くて、必死になって両腕で顔を隠す。
ボロボロになった左腕をうまく持ち上げられなくて、中途半端に右腕だけが動いた。
rm「っみないで………!」
fu「……見ねぇわけ、ねぇだろ」
彼の手が右腕に触れる。それが酷く怖かった。
ゆっくりと抱きしめられる。触れないで。お前まで汚れてしまうから。今の俺は、隠せないくらいに汚いから。
fu「りもこん、頼む……もう、やめろ……っ」
何を止めればいいのかなんてわからない。
返し方もわからず、たださっきまで出てこなかった涙が彼の服にシミを作っていた。
fu「……もういいんだ、もういいから、……頼む、から」
何もよくないよ、ふうはや。頼むから、離れてくれ。
体が熱い、脈が全身を震わせて意識が朦朧としている。
お願い、お願いだから、
「 」
fu view___________
空気のぬるさが、己の心を静かに侵食していた。
湿って、濁って、血の匂いがした。
目の前で傷つけ合うりもこんの腕。
その光景が、音が、まるで映像を見ているかのようで、普段の俺らしからぬ緩慢な理解を招いた。
fu「…り……も、」
喉の奥が、焼けるみたいに詰まった。
声を出したいのに、出せない。
きっと目の前の彼にも、今の声は届かなかった。
驚きとか恐怖じゃなくて、何か、もっと奥にある”理解してしまった痛み”が、体を固めていた。
目に映るのは、机の下に散らばった赤。
赤に混ざって、写真の断片。
切れた笑顔。
それが全部、「いんく」の思い出で。
……1周年の時の、あの一枚。
それも、あの中に混ざっている。何度も見返したんだ、切れ端だろうと、いつの写真かなんて俺ならわかる。
りもこんが笑って撮ってたのを覚えてる。
あの時、あいつだけ少し後ろに下がって、ピースじゃなくて手を合わせてたんだ。
まるで“願い事”みたいに。
その写真が、今。
fu(なんでだよ……)
言葉にならない。
頭の奥で、何度も同じ言葉が反響する。
なんでこんなことになってんだよ。
なんで誰も気づかなかった。
なんで俺も気づかなかった。
fu「……やめろって、……頼むから……」
息が掠れる。
彼は止まらない。
ダメだと本能が叫んで、体はようやく動き出す。
止めるための力加減がわからない。
強く掴んだら痛いだろうし、
弱くしたらまた刃を取るかもしれない。
どっちも怖い。
彼の腕に手が届いた瞬間、りもこんの目が、ふうはやを見た。
焦点は合ってないのに、それでも何かを探すように、まるで“生きる許可”を求めてるみたいに、見えた。
rm「…………ふ、………はゃ、」
小動物のような声だった。いや、それ以上に掠れて、今にも生き絶えそうな声だった。
泣きそうだった。当事者ですらない俺が、叫びたくて、お前をこんなにした奴に報復したくて仕方がないくらいに、嫌な重圧がのしかかった。
なんでそうなったかが問いたかった。どうして、何がお前をこんなにしたの。
fu「…………なにしてんだっ、!」
手の中で、血と涙と汗が混ざって、区別がつかなくなる。
りもこんは、息を整えようとするたび、喉を詰まらせるように震えた。
それでも何も変わらない。
“止まった”ように見えても、心が止まったわけじゃない。
rm「………ちがぅ、」
彼が声を鳴らす。
fu「…りもこ、」
その以上に気づけないほど、俺は馬鹿じゃない。
rm「っぉれじゃない!!」
fu「ちょっ、!!!!」
彼が暴れ出す。「俺じゃない」?何を言ってる、落ち着いてくれ、頼むから。
何も言えなかった。
ただ掴んだ手を離さずに、崩れていく友の音を聞いていた。
「助ける」とか「大丈夫」とか、そんな言葉を吐いたら、この現実を軽く扱う気がして、怖かった。
刃物が危なくて仕方なく手を放す。
そうすれば、彼は自分を守るかのように……いや、隠すようにして顔を覆った。
rm「っみないで………!」
その声が、心臓を掴んだ。
何言ってんだ、「見るな」なんて言葉、いまの彼に似合わない。
なんで逃げるんだ、なんで助けを求めてくれないんだ、なんで隠してたんだ。
でも、でも、……でも、そんなこと、言えるわけない。
ずっと見てきた、お前のこと、なんで、なのになんで、気づいてやれなかった?
笑ってたじゃないか、なんで笑ってんだ、なんで辛いって言えなかったんだ。
なんで、言わせてやれなかったんだ。
fu「……見ねぇわけ、ねぇだろ」
気づいたら、そう言ってた。
反射的に、声が出た。
怒鳴ったわけじゃない、でも、息が混じって、掠れて、痛いくらいの音。
彼の腕に触れると、皮膚が熱い。
自分の指が血で滑って、掴みきれない。でも離せなかった。
これ以上はいけない。ここで俺がお前を知ることを諦めたら、お前はもっと隠すのが上手くなる。
いや、もしかしたら、ここで完全に壊れるのかもしれない。
そう思ったら、もうダメだった。
fu「りもこん、頼む……もう、やめろ……っ」
止めるって、言葉じゃ足りない。
泣くとか、叫ぶとか、そういうことじゃない。
ただ、生きててほしい。
それだけなのに、それがどうしてこんなに遠いんだ。
彼の体が小さく震えている。
掴むたびに、息が詰まる。
喉の奥が痛い。多分、泣いてる。
でもそんなこと、どうでもよかった。
fu「……もういいんだ、もういいから、……頼む、から」
強く、強く抱きしめる。逃がさないくらいに。必死なくらいに。
rm「………ゅるし、て」
ぞわり、身体中を寒気が走る。
腕の中の彼は力が抜けて、抜け殻のように音を止ませた。
意識が落ちた、そんなこと、誰にでもわかる。
叫びそうだった。髪の毛を引きちぎるくらい、教室中のものを投げてぶっ壊してしまいたいくらい、暴れたい衝動。
なあ、なあ、なあお前、それ、どういう意味で言ったんだ。
脈はある。血は止まってない。けど止めなきゃ。
止めなきゃ。
焦りで手が震えて、シャツの袖を引きちぎるようにして傷口に巻いた。
汗と涙が混ざって、何が何だかわからなかった。
fu「っ……、くそ、」
息を飲み込んで、体を支え直す。
細い。軽い。
こんなに細かったっけ。
その軽さが怖かった。
まるで抱えた瞬間に、指の隙間から消えてしまいそうで。
ふうはやはそのまま、りもこんの体を背負って教室を出た。
夕方の廊下は、すでに空気が青く沈んでいて、どの教室の灯りも消えていた。
足音がやけに響く。
校門を出るまで、誰にも会わなかった。
助けを呼ぶという選択肢は、頭のどこかに浮かんだはずなのに、それを選べなかった。
fu(……このまま、連れて帰る。)
そう決めた瞬間、少しだけ息ができた。
夜の風がひんやりと頬を撫でる。
コンビニの灯りが遠くで滲んでる。
背中の重みは、呼吸をしていた。
確かに、生きていた。
fu「……もう、ひとりにしねぇからな」
誰にも聞こえない声でそう呟いて、りもこんを抱え直し、静かなアパートの階段を上った。