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厳しい残暑も落ち着いた頃、郵便配達のバイトを終えたないこは村で唯一のスーパーマーケットに立ち寄っていた。
ちなみに六色村にはスーパーも駄菓子屋も郵便局も他の諸々も全て一軒づつしかない為、ほぼ「唯一」なのである。
手慣れた様子でカゴに食材を放り込むと、前方に見知った姿を見つけた。
「おーい、いふまろ!お前も買い物?」
転校生いふの姿を見つけて、ないこは駆け寄った。ちなみに「いふまろ」とは女子達がふざけて付けた彼の愛称である。
「うん、夕飯の買い出し。ないこも?」
「そう。今日は特売日だから、まとめて買っとこうと思って。」
「俺も(笑)。こないだないこに特売日教えてもらったから。」
花の男子高校生が、さながら主婦の会話である。
2学期が始まってすぐに打ち解けた2人は、少しずつお互いの家庭の事も話すようになっていた。
ないこの母親はシングルマザーで引っ越してきた当初は農家でパートをしていたが、今は村で唯一のスナックで働いている。
時間が夕方から深夜のため、食事作りは大体がないこの担当だ。
多めに夕飯を作り1人で食べ、帰宅した母親がいつでも食べられるようにラップして冷蔵庫に入れる。
起きたら寝ている母親を確認し1人で朝食をとり、洗い物まで終わらせて登校する。
対していふの家庭は在宅ワークの父親といふが、病床の母親を支えている。
母親の体調はあまり思わしくなく、急変したらいつでも病院に行けるように父親は自宅にいるのだといふは言っていた。
家事は父子で分担しているが、買い物はいふが外出中に済ませる事がほとんどだ。
よって夕方のこの時間帯に、2人の高校生はよくスーパーで鉢合わせるのだった。
「お前んち、今日の晩めし何ー?」
特売のワゴンを物色しながら、ないこがいふに尋ねた。
「えーと、ぶりの照り焼きとポテトサラダ。あとは茄子のみそ汁かな。」
「へぇ、相変わらずちゃんとしてんな。」
「ウチは父さんが料理好きだから…。ないこのトコは?」
「ウチはカレーだな!」
「こないだもカレーじゃなかった?」
「うるせー!いつも微妙に変えてんだよ。今日はないこくん特製夏野菜カレーだよん。」
ないこが得意げに言う。
それを聞いて「そういえば…」といふは思い出した。
「夏野菜って、ちょっと前にアニキのウチからもらった野菜?」
「そうそう、アニキんチの野菜。片っ端からカレーにぶち込んでやろうと思って!…あっ、トマト以外な。アニキのやつ嫌がらせで持ってくるから、マジでムカつく!」
ないこはトマトだけはどうしても食べることが出来ない。
それを知っていて、いつも悠祐は揶揄ってくるのだ。
わざとらしくプンプン怒るないこに、いふは笑みがこぼれる。
「…何笑ってんだよー。」
「いや、仲良いなって思って。」
いふがそう言うと、ないこは心外そうに否定した。
「仲良くない!あいつはライバル?腐れ縁?
…とにかく仲良しさんじゃねーから!!」
その言い方にいふは更に笑ってしまう。
「あはは…羨ましいよ。そう言う親友みたいなの自分にはいないから。」
そんないふをじっと見て突然ないこが宣言した。
「じゃあ俺がなる、親友!」
「えっ?」
「ぐずぐずしてるとアニキに親友枠取られるかもしんないし。」
勢いよく言うないこにいふは苦笑する。
「そんな早い者勝ち、みたいな言い方。」
「早い者勝ちだよ。俺、いふまろのこと気に入った!高校生なのに家のことスゲー頑張ってるし。」
「それは、ないこだって同じだろ?」
「だから似た者同士で気が合うんじゃん!決定!今日から親友な!!」
ないこは嬉しそうに笑うと、側にあった割引の惣菜をカゴに放り込んだ。
そんな屈託の無いないこの姿を見て、いふはこの村に引っ越してきた事を、少しずつ受け入れ始めている自分に気がついた。
「やべっ、もうこんな時間!?」
ないこが時計を見ると、結構時間が経っていた。いふの家でも父親が夕食を作るべく、いふの帰りを待っているだろう。
2人は慌てて残りの買い物を済ませると、足早にスーパーマーケットを後にしたのだった。