大森視点
「あ⋯で、
⋯⋯⋯⋯か?」
声が掠れるほど途切れ途切れにしか聞こえず、
俺は何を言われたのかが全く分からなかった。
何か返答をしなければと思うものの、
言われた内容が分からなくては答えようがなかった。
何と言ったのか聞き返すかどうか迷っている間に、
星崎は自分を呼びにきたスタッフと共に、
俺の返事すら待たずに楽屋を出ていった。
どう見ても不自然だ。
親密な関係になどなれないのだろうか?
ただでさえ星崎の微妙な態度によって、
俺は距離感をはかりかねているのに、
これ以上の距離を取られたら、
もうはや他人も同然だ。
なぜだか分からないがそれだけは嫌だと感じる自分がいた。
だがそうやって焦れば焦るほどにどつぼで、
適当に交わされたり、
逃げられるばかりだった。
「何でかな?」
「次の時に聞こうよ。
元貴、
今は仕事を優先だよ」
藤澤にそう急かされる。
「そうそう。
俺らもそろそろインタビューだから、
移動しないと待たせちゃう」
若井にまで同じことを言われ、
仕事モードに戻る俺。
インタビューは対談形式で行われ、
特に大きなトラブルもなく予定よりも十分近くはやく終えられた。
そんな中でもやはり気になるのはーーー
星崎のことだった。
「ーーーでいいか?」
「へ!?」
「だから飲み物だよ。
聞いてなかったのか?」
若井の話を全く聞いていなかったために、
覗き込むようにぐっと顔を近づけられて、
ようやく我に返った。
とりあえず心配させないように「いいよ」とだけ、
簡単に返した。
俺の返答に若井が部屋から出ていく。
数分で三人分の飲み物を持って帰ってきた。
だが戻ってきた若井はどこか様子がおかしい。
藤澤もどことなく異変を感じたのか、
表情が少し硬くなった。
「あー⋯何ていうかさっきTASUKUさんを見かけて、
その時に顔が真っ青でふらふらしながら、
非常階段に入って行ったんだけどそのままでも大丈夫かな?」
「は?」
「非常階段って立ち入り禁止のところでしょ?
それは確かに変だね」
若井からそんな話を聞かされた俺はますます気になってしまい、
何もなければそれで良いから、
とりあえず様子を見にいくことにした。
キイィッ
嫌な音を立てて軋むドアを開けてすぐ、
何かが引っ掛かり、
それ以上ドアが開かなかった。
中は薄暗くてよくわからないため、
隙間から中を覗き込んでみた。
そして俺は息を呑んだ。
その理由は人が倒れていたからーーー
どうにか隙間に自分の体を捩じ込んで、
中に入ることができた。
そこで初めて状況を理解することが出来た。
ドアが開かなかったのは、
その近くにあった星崎の足が引っかかっていたから。
そして星崎も倒れたのではなく、
ただ寝ているだけだった。
横向きで眠る肩が上下に動いていて、
念の為に星崎の細い手首に触れると、
脈は特に乱れていなかった。
「⋯⋯良かった」
俺は思わず安堵の溜め息を吐く。
「でもやっぱり顔色が悪いな」
確かに若井が言うように先ほどのような青白さは、
寝たことで少しは回復していたが、
まだ肌に白さが残っていた。
とても万全な状態とは思えない。
このまま働き続けたら星崎の体は、
完全にボロボロになってしまうことは目に見えていた。
「心配だよね。
ご飯ちゃんと食べてないのかな?」
何気なく呟いた藤澤の言葉に、
仲良くなりたいと言う気持ちよりも、
助けてあげたいとか、
力になってあげたいという感情が、
じわじわと湧きあがってくるのを感じた。
例えそれを星崎自身が望んでいなかったとしても、
俺は星崎の近くで、
いつでも手を差し伸べられる存在でありたいと強く願った。
〜♪多分私じゃなくていいね〜
星崎のスマホから着うたが流れる。
「んんっ?
あー⋯もうこんな時間か。
しっかり休んだことだし、
次の現場行かなきゃ」
「あのさ⋯⋯ちょっといい?」
星崎がここには自分しかいないと思っていたのか、
俺が声をかけると大袈裟なほど、
ビクリと肩を振るわせて、
萎縮してしまう。
その様子を見かねて、
若井が声のトーンに圧があると言う、
役に立つんだか立たないんだか、
よく分からないアドバイスをされた。
なるべく怖がらせないように気をつけながら、
俺はもう一度声をかけてみることにした。
「こんなのちゃんとした休憩って言わないよ」
『知ってます。
でも僕はここまでしないとダメだから』
声を使うとうまく話せないためか、
スマホのメール機能で文字を打ち込むと、
その内容を俺に見せた時、
合った目はどこか寂しそうな、
消えてしまいそうな儚げに揺れる目をしていて、
まるきり俺を捉えてなんかいなかった。
寧ろ俺よりも遠い、
どこか次元すら超えるほど、
遥か彼方の異空間をみつめているようにさえ感じられた。
ゾクリと悪寒が走るほど冷たくて、
恐ろしいほどに覇気のない目だった。
『ここまでしないと、
才能がないから、
音楽に愛してもらえない』
それが本音?
本当にそれだけなのだろうか?
星崎のTASUKUとしての歌声は、
ビブラートと裏声を巧みに駆使して、
歌うときは一切地声を使わなくても、
十分勝負できるのではないかと思うほどの実力があった。
さらにTikTokでのダンスセンスやリズム感は、
元々のタッパがないと到達し得ないレベルにいた。
それでも本人は才能がないと言い張った。
絶対にそんな筈がないのに。
星崎はまだ俺に本音を晒してはいない。
直感でしかなかったが、
そう思わざるを得なかった。
(いつかちゃんと本音で言い合える関係になりたいな)
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