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11話 「市場と夕食」
昼下がりの市場は、香辛料と焼きたてパンの匂いで満ちていた。
ミリアはきびきびと歩き、値札を見ては店主とやり取りをしている。
俺はというと――まあ、荷物持ちだ。
「ほら、これも」
次々と袋を渡され、両手がふさがる。
「……おい、これ全部今日食うのか?」
「明日もあるでしょ。ちゃんと保存も考えて買ってるんだから」
そのやり取りを横で見ていたルーラは、少し離れた果物屋に足を止めていた。
小ぶりなリンゴをじっと見つめている。
「食べたいのか?」
声をかけると、彼女は少しだけ目を見開き、そして小さく頷いた。
家に戻ると、ミリアは台所に立ち、手際よく食材を刻み始めた。
「せっかく買ったんだから、ちゃんと料理して食べなきゃね」
「俺は食べる係だ」
「じゃあ皿くらい並べなさい!」
ルーラは黙って、俺の横でリンゴの皮をむいていた。
包丁の動きは驚くほど滑らかで、まるで長年の習慣のようだ。
「……うまいな」
そう言うと、彼女はほんの一瞬だけ口元を緩めた。
夕食は野菜たっぷりのシチューと、焼きたてパン。
ルーラが剥いたリンゴはデザートになり、食卓を彩った。
外はもう夕闇が迫り、街のざわめきも遠くなっていく。
こうして一日が静かに終わっていく――
嵐の前だとは、誰もまだ知らなかった。
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