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布施は、韓洋の姿を視界に捉えていた。中2階のスロープを下りながら、背後の陰間ーそれは花魁に近い出立で、白粉を塗った肌と目尻に薄い紅をさした切れ長の目元が印象的な男ー を気にかけながら笑顔を絶やさずにいた。
円形の舞台上を照らす照明が、脇を通り過ぎていく陰間を幻想的なまでに映し出している。
鼻筋を高く白塗りした彫りの深い顔立ち。
横兵庫の髷に飾られた簪と髪飾りが色鮮やかに光を放つ。
客達はそんな花魁の姿になどは目もくれずに、むき出しとなった平山夏生の肢体 ー股間や尻に好機の眼差しを向けていたー。
布施は、裏口から芸者と共に去ろうとしている韓洋の元へと駆け寄った。
陰間は、微笑みを絶やさずにいる。
韓洋の手がドアノブに差し掛かる。
陰間の視線が、近付く布施を捉える。
その冷徹なまでの眼差しに、布施の足は止まった。
人間の感情を棄てた瞳が、布施の感性を掻きむしる。
多くの命を奪い去った人の目が、布施の生い立ちとぶつかる。
裏口から消え去る韓洋と陰間の姿。
厚い扉が閉まる音で、布施は我に返る事が出来た。
足早に狂気じみた人の波を掻き分けて進むと、目の前にひとりの男が立ちはだかった。
前に会ったことのある男だった。
「布施さん。あなたはいつまで中国人に飼われていくおつもりなんですか?」
布施は、その声で思い出した。
目の前の男は倉敷史郎だという事を。
倉敷は、布施の耳元で囁いた。
「あの男は直に死ぬ。後見人は取締役定村満男が引き継ぐでしょう。臨時の役員会で既に内々に取り繕ってあります」
「…」
「布施さん。我々と共に行動しませんか?決して悪いようにはしない」
「…」
「日本人の手で、新たな日本を作り上げませんか!?あなたと私達で!」
布施の心に吹き抜けたそれは、エクスタシーによる興奮と快感だった。