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がたがたと揺れる電車の中、僕は真帆ねぇと向かい合って椅子に座っていた。
真帆ねぇは駅に着く前に寄ったコンビニで買ったおにぎりを二つ食べ終えたところで、ほうじ茶を飲みながら満足そうに一息ついている。
僕も先にお弁当を食べ終えており、ぼんやりと窓の外を流れる景色を眺めていた。
「タクミさん、可愛らしい方でしたね」
不意に真帆ねえに声をかけられて、僕はなんて答えたらいいのか焦ってしまい、
「そ、そう?」
返事があいまいになってしまう。
その返事を、真帆ねぇは僕が動揺したと受け取ったのか、
「翔くん的にはどちらの方が好みなんですか?」
にやにやしながら訪ねてきた。
僕は眉間にしわを寄せながら、
「どちらって?」
真帆ねぇに顔を向ける。
すると真帆ねぇは「ぷぷっ!」と吹き出すように笑ってから、
「だ~か~ら~、沙也加さんとタクミさん、どちらが翔くんの好みなんですか?」
「な、なんの話だよ!」
まったく以て意味が解らない! なんで突然そんな二択を迫ってくるのか、真帆ねぇの問わんとしていることが僕には全く理解不能だった。
どちらが好みか、なんて聞かれたって、そんな、僕は別にそんなつもりじゃ――
「言っておきますけど、二人とも、ってのは無しですからね!」
「えぇっ? いったい何を――!」
言い出すんだよ、なんて言わせてもらえないまま、真帆ねぇは、
「良いですか。二股は絶対に許しませんからね! ちゃんとお二人のどちらかを選んで愛してあげてください! 浮気ももちろんダメです! そんなことしたら、お二人の代わりに私が魔法で翔くんにお仕置きしちゃいますからね!」
「だから、何の話をしてるんだよ! 違うから! 特にタクミとは中学生の時もそんなに付き合いがあったわけじゃないし、だから、その……」
タクミがどんな想いを僕に抱いているのかなんて解らないけれど、少なくとも僕は小野寺先輩と。
「あ~ぁ、タクミさん、カワイソ」
「ちょっと、やめてよ、そういうこと言うの!」
突然何を言い出すんだ、この人は! それじゃ僕が悪いこと言ったみたいじゃないか!
「うん、なら私はタクミさんの肩を持ちますね! タクミさんに頑張ってもらいましょう!」
「なんだよ、それ! どういうこと? 真帆ねぇは何がしたいわけ?」
訳の分からないことをのたまう真帆ねぇに訊ねると、真帆ねぇはにやりと笑んでから、
「だって、その方が楽しいじゃないですか! 私にはそういうことがなかったので、何だか面白そうじゃないですか!」
「知らないよ!」
僕は思わず、叫んでいた。
これ見よがしに大きなため息を吐いてから、僕はムカつきながら窓の外に視線を戻す。
田舎の町並みやだだっ広い田んぼが高速で視界を流れていき、時折入るトンネルの中では自分の顔をじっと見つめた。
真帆ねぇはしばらくの間ひとり言のように僕に話しかけていたけれど、あえてそれを無視しているうちに、気づくとこくりこくりと舟をこぎ始めた。
僕はそんな真帆ねぇをちらりと横目で眺めてから、もう一度、今度は小さくため息を吐いた。
何度目かのトンネルに入ったところで、真っ暗なガラスに映る僕と真帆ねぇの顔を見比べる。
……やっぱり、どんなに見比べても、似過ぎているくらいに似ているような気がする。
いくら血の繋がった親戚とはいえ、ここまで似ることなんて本当にあるんだろうか。
それに。
僕は小さく右手を広げ、そこにコンビニで貰ったお手拭きを乗せて意識を集中させる。
お手拭きは最初小さく波打っていただけだったが、やがてふわりふわりと小さく宙を舞い、僕の意識する通りに風に乗って踊り始めた。僕はしばらくそのお手拭きで遊んでいたが、他の乗客が通路を通る気配がして、すぐにその魔法をやめて、ゴミをまとめたビニール袋にお手拭きを放り込んだ。
それからもう一度、真帆ねぇの方に顔を向ける。
真帆ねぇはすうすうと寝息を立てて口の端からわずかに涎を垂らしながら居眠りしており、僕の使った魔法に気づいた様子は全くなかった。
どうして僕には魔法が使えるのか。
僕の父も、母も、姉も、誰も魔法なんて使えない。
それなのに、どうして僕には。
もしかしたら、僕は真帆ねぇの子供なのではないか。
その考えが脳裏をよぎり、僕は今回実家に帰省した際、昔のアルバムを調べたり、母親がとっていた出生届のコピーをこっそり引っ張り出してみたり、僕が生まれる前の状況や生まれた後の出来事を知り合いの老人たちに聞いて回った。学校の課題で自分の歴史を知る、そんなのが出ているんだと嘘をついて。
結果として、僕は確かに、僕の母親から生まれたことになっていて、事実母親のお腹から僕は産まれてきたようだった。
つまり、間違いなく僕は両親の息子として産まれてきたのだ。
でも、だからと言って、すべての疑念が晴れたわけじゃなかった。
真帆ねえは何か拙いことがあったら、それをとにかく誤魔化してしまう癖がある。
物事を強引に丸く収めようとしたり、何かをこそこそ隠していたり――
思いながら、僕はふと自分の眉毛に触れてみる。
窓の方に顔を向けて、今だトンネルの中を走る電車の中において、ガラスに映る自分の顔をまじまじと見つめる。
どこかで見たことのあるこの眉。
いや。どこかで、なんていう必要はない、どこかはとっくに解っている。
楸古書店。
魔法百貨堂を隠すように表通りに面して建つ、古い家屋。
そこにいつも僕と一緒にいる一人の男、下拂優。
僕の眉毛は、下拂さんの眉毛と同じ形をしているのだ。
そう考えてみれば、僕の顔は真帆ねぇと下拂さん、二人の顔を足して割ったような造りをしていることに気づかされる。
真帆ねぇと下拂さんの関係がどういうものなのか、そんなのはとっくに知っていた。
だからこそ、僕は何度か下拂さんに鎌をかけてみたことがあった。けれど、全然ぼろを出すなんてことはなくて、むしろ下拂さんも本当に何も知らない、そんな印象を受けただけだった。
或いは、下拂さんも真帆ねぇから隠されている何かがあるのか。
真帆ねぇと下拂さんが知り合ったのは、高校一年生の時だったらしい。
もしも本当に僕が二人の子供だと仮定すると、真帆ねぇはその一年後、高校二年生、十七歳の時に僕を産んだということになる。
けれど、そんな記録は一切ない。そんな事実、どんなに調べてもどこからも出てこなかった。
真帆ねぇの古い知り合いである榎さんや鐘撞さん、アリスさんや柊さん、田中さんや山畝さんや井上さん――とにかく、僕の知り得る関係者全員に若い頃の真帆ねぇの話を聞いてみたけれど、不審なところなんてどこにもなかった。
つまり、どんなに調べても僕は間違いなく父や母の子供であり、真帆ねぇとはただの親戚だということしか証明するものは出てこなかったのだ。
けれど。
もし、真帆ねぇが何らかの魔法を使って誤魔化しているとしたら?
強引に事実を捻じ曲げて、関係者全員がその『ウソ』に騙されているのだとしたら?
そんなふうに考えると、もはや何が真実で何が虚構なのか、まるで解らなくて混乱してくるばかりで。
僕は再び大きなため息を吐き、瞼を閉じて――いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「翔くん、翔くん」
真帆ねぇに肩を揺すられて瞼を開くと、窓の外に広がっているのはよく見知った街並みで。
「もうすぐ着きますよ、降りる準備をしてください」
「あ、うん。わかった」
僕は頭上の荷物置きから真帆ねぇの旅行鞄と自分のリュックサックを下し、二人並んで通路をドアに向かった。
電車が駅に入り、ドアが開く。
人の流れに沿って構内を歩き、改札口を抜けてタクシー乗り場の前を経由して向かった先には、
「おかえり、二人とも」
黒いワンボックスカーを前にして僕たちに右手を挙げる、下拂さんの姿がそこにはあった。
「お迎えごくろうさまです、優くん」
「とんでもない、愛しい人のためならば」
「お土産もありますから、あとで四人で食べましょうね。コンビニで買ったお菓子ですけど」
「それ、お土産なのか?」
「あっちで買ってきたんですから、お土産で良いんじゃないですか?」
「なんだそりゃ」
言って下拂さんは僕に顔を向け、
「……どうした翔。眉間に皴なんて寄せて。何かあったか?」
「えっ?」
どうやら無意識のうちに、僕は二人の顔をじっと見つめていたらしい。
「翔くんは悩んでいるんですよ。二人の女の子のどちらを選ぶかってことで」
代わりに答えた真帆ねぇに、僕は思わず目を見張る。
「だ、だから違うって!」
「なに? どういうことだ、翔。詳しく教えろ」
興味津々といった様子の下拂さんに、僕は必至に首を横に振って、
「だから違うってば! ほら! 早く帰ろう!」
誤魔化すように下拂さんの車、後部座席に勝手に乗り込む。
「なんだよ、気になるじゃないか」
言いながら、運転席に乗り込む下拂さん。
「じゃぁ、翔くんの代わりに私が教えてあげますね!」
助手席に乗り込みながら、真帆ねぇが口にする。
「その話はもういいから! 本当にやめて!」
僕は真帆ねぇが話すのを、ただ必死に止めるのだった。
……よにんめ 了
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