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「婚約指輪だと、俺のがないだろーが!」
大葉がムスッとした表情をして、ボソリと「お前の指輪は俺のと揃いだって知らしめてぇーんだよ」とか付け加えてくるものだから、思わずぽかんと口を開けてそんな大葉を見詰めてしまった羽理である。
「あ、あの……大葉? 私たちの婚約は……」
「ああ、社内では秘密だよ!」
忌々し気にチッと舌打ちしてそっぽを向く大葉に、羽理はいけないと思っていても吹き出さずにはいられない。
「……何だよ」
ばつが悪いんだろう。ますます不機嫌になる大葉に、羽理は「だって……」と笑いをこらえる余り目尻に滲んだ涙をぬぐった。
「大葉、駄々っ子みたいで可愛いんですもん」
そこで我慢出来ずにクスクスと声に出して笑ったら、大葉にギュウッと鼻をつままれた。
「痛いれす」
ペシペシと大葉の腕を叩いて手を離してと訴える羽理に、「お前は……」と大葉が吐息を落とすから。
「ん?」
羽理は自分の鼻先に伸ばされたままの大葉の手をキュッと握って先を促した。
「俺がそばにいられなくなっても不安じゃないのか」
大葉の言葉に、先日社長から呼び出された時のことを思い出した羽理は小さく息を呑んだ。
***
土恵商事の社長である土井恵介の自宅へ、羽理が大葉とともに呼び出されたのは、屋久蓑家・荒木家双方への挨拶を済ませて程なくしてのことだった。
「何で会社じゃなくて社長のご自宅なんでしょう?」
呼び出し先が社長室でも一介の平社員に過ぎない自分には十分プレッシャーなのに……と瞳を揺らせながら、羽理が普通なら縁なんてない社長宅に呼び出されたことを不審に思って落ち着かないのだと眉根を寄せた。
疑問符満載ではあるものの、待ち合わせの時刻もある。納得のいかない様子で恵介伯父の家へ向かう支度をしながら、羽理がソワソワと大葉を見つめてくるから。
大葉はそんな彼女の頭をポンポンとやわらかく撫でると、「親族としてなんか話したいことがあるからじゃねぇかな?」と小さく吐息を落とした。
「親族として……」
大葉の言葉を吟味するみたいに舌の上で転がした羽理が、
「だったら……大葉のご両親がいらっしゃる屋久蓑家で、の方が良かったんじゃないですかね?」
そりゃそうだよな? という至極真っ当な質問を投げかけてくる。
親族、と言っても恵介は所詮伯父なのだ。両親が健在で……なおかつ彼らとの関係も良好な甥っ子の結婚に関して、伯父が単独で何か言ってくるのはちょっぴりおかしい。会社絡みの話というならばまだしも……と羽理が思ったのも無理はないだろう。
そんな羽理に、大葉は観念したように「恵介伯父さん、今、うちの実家、出禁くらってるから」と白状した。
「えっ?」
美住杏子に、『アンちゃんはたいちゃんの好みのタイプだと思う』だのなんだのと要らないことを言って、変に杏子を期待させて傷付けた恵介伯父は、妹である大葉の母・果恵からこっぴどく叱られたのだ。
自分が連絡するまで顔を見せるなと妹から言われて、この世の終わりかと思うくらい意気消沈していた恵介伯父を知っている大葉は、我知らず苦笑する。
「杏……、じゃなくてえっと……、俺の見合い相手だった美住さん……の件で伯父さん、色々やらかしててさ」
羽理の前で、幼少期にそう呼んでいたからといって、そのまま下の名で呼び続けるのはよくないかな? と思った大葉が、〝杏子〟と呼びそうになったのを寸でのところで言い換えたら、羽理が「杏子さんで構いませんよ?」と吐息を落とした。
「……変に気遣われる方が何か嫌ですし」
羽理の言い分ももっともだと思った大葉だったけれど、杏子に懸想している岳斗のことを思うと、やはり線引きは必要だと思って。
「ほら、俺たちはよくても岳斗がイヤかも知んねぇだろ?」
倍相課長の名を出したら、羽理が「ああ、それもそうですね」と受けてから、思案顔をする。
「杏子さんは……大葉のこと、ちゃんと諦められたんでしょうか?」
ややして不安気に落とされた羽理の言葉に、大葉は心の中、(頼むから頑張ってくれ、倍相岳斗!)と念を送らずにはいられなかった。
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