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専業プウタ
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2,027
回帰前の世界にて──
White Noiseのデビューから一年が過ぎた。
まだ国民的アイドルと呼べるほどメジャーにはなっていない。それでも、テレビの歌番組に呼ばれ、雑誌の撮影があり、イベントにも出演する。グループは少しずつ仕事を増やしており、センターの舞白には単独の仕事が入るようになった。美夏にとっては、夢の途中。そんなある日の歌番組の収録後のことだった。
「……ねぇ、美夏」
楽屋で衣装を片づけていた美夏に、舞白が声をかけてきた。
「寿志(ずし)監督が来てるよ」
「寿志監督?」
「うん。今日の収録を見に来てるみたい。美夏に興味があるんだって」
「私に……?」
美夏は戸惑った。
寿志清純(ずしきよすみ)。映画監督としても知られる大物芸能人。会ったことのない美夏でも、顔と名前は知っている。しかしそのような著名人が自分に興味を持っているなど、にわかには信じられない。
怪訝に思う美夏に、舞白は柔らかな笑みで答えた。
「美夏って、子役の頃に演技やってたんだよね?」
「うん。ちょっとだけ」
「監督、演技のできる若い子を探してるって言ってたから」
「そうなの?」
「だから、紹介してあげる」
舞白に連れられて楽屋を出る。
廊下の先に、数人のスタッフと話している太った男の姿がある。男が笑うと、アンバランスなまでに大きな歯が見えた。
「寿志監督」
舞白が声をかけると、寿志は振り向いた。
「……ああ、朝霧さん」
「この子が美夏ちゃんです」
舞白が美夏の背中を軽く押す。
美夏は寿志に頭を下げた。
「星凪美夏(ほしなぎみか)です。よろしくお願いします」
「君が星凪さんかぁ」
寿志は、美夏の顔をじっと見た。
その視線に、美夏は少しだけ背筋を伸ばした。
「舞白ちゃんから聞いてるよ。子役をやってたんだって?」
「はい」
「へえ。今度、演技を見せてもらいたいね」
「ありがとうございます」
美夏の胸が高鳴った。もしかしたら、何か大きな仕事に繋がるかも知れない。そんな期待が、ほんの少しだけ芽生えた。
そのとき、舞白が言った。
「監督、美夏ちゃんと少しお話ししたいんですよね?」
「ああ」
「じゃあ、私は先に戻りますね」
「え?」
美夏が舞白を見る。舞白はにこりと笑った。
「私、スタッフさんに呼ばれてるから。美夏、頑張ってね」
「う、うん……」
舞白が廊下の向こうに歩いていく。
残された美夏は、少し戸惑いながら寿志を見る。
寿志がニタリと笑った。
「まあ、そんなに緊張しなくていい。楽屋でゆっくりと話そう」
美夏は、その笑顔に言葉にならない違和感を覚えた。
しかし──友達が自分にチャンスをくれた、失礼のないようにしなければ──そう思って楽屋についていった。
◇
寿志清純から性的暴行を受けそうになって逃げ出した美夏を、ゴシップ誌はあたかも加害者であるかのように報じた。仕事欲しさに大物監督に媚びを売り、天才の繊細な心を踏みにじった新人アイドル──その記事は、Studio Aster所属ライターが上からの指示で書いたものだったが、当時の美夏にそれを察するすべはない。美夏は捏造記事に傷つき、和解のために動かなかったことを後悔した。性的暴行を容認することはできないが、もう少しスマートに事後処理をしなければならなかったと反省した。
それからしばらくの月日が流れた。
White Noiseを取り巻く空気は、以前とは比べものにならないほど悪くなっていた。テレビの仕事はなくなり、雑誌の出演依頼は目に見えて少なくなり、グループはイベントや小さなライブを中心に活動するようになった。
華やかな世界から、少しずつ遠ざけられていく。そのような状況でも、舞白だけは違った。ブロードバンドTV、Void Channel。広告を入れず、スポンサーに左右されない配信サービスで、舞白はレギュラー番組を持っていた。
美夏は、そのことを素直に喜んでいた。
自分たちの中に一人でも仕事のあるメンバーがいる。
それだけで、救われる気がした。
だから、その日も、美夏は何も疑わなかった。
「……次のMVなんだけど。今回もセンターは舞白で考えてる」
天導が資料を手にしながらそう言った。
当然だと美夏は思った。今のWhite Noiseで、一番名前が売れているのは舞白だ。
ところが舞白は天導に異議を唱えた。
「……私、今回は美夏ちゃんがいいと思います」
「え……?」
美夏は顔を上げ、舞白を見た。
天導も、意外そうに舞白を見る。
「美夏をセンターに?」
「はい」
舞白は笑っていた。
「最近、美夏ちゃん頑張ってるじゃないですか」
「でも、舞白のほうが話題になるだろ?」
「そうかもしれません。でも……」
舞白は資料を覗き込む。
「今回の曲、少し寂しい感じですよね」
「ああ」
「だったら、美夏ちゃんのほうが合うと思います」
美夏は言葉を失った。
センター? 自分が? White Noiseの転落の原因を作ったのに? 一番人気の舞白がセンターを譲ってくれる?
「……いいの?」
「うん」
舞白は笑った。
「美夏、やってみて」
その笑顔に美夏の胸が熱くなる。
落ち目になったグループの中で、それでも自分を認めてくれる人がいる。嬉しかった。美夏は舞白に感謝した。
舞白は、撮影についても天導に意見した。
「美夏ちゃんのソロカット、たくさん撮った方がいいと思います」
「ソロを?」
「はい。今回のMVなら、廃遊園地の雰囲気が合うと思うんです」
「美夏一人で撮るのか?」
「そのほうがいいと思います」
舞白は満面の笑みで、迷いなく答えた。
「せっかくセンターなんですから。美夏ちゃん一人のシーンがあったほうが、ちゃんと印象に残ると思うんです」
天導はしばらく考えてから、ゆっくりと頷いた。
「……まあ、いいだろう。その方向で組むか」
「ありがとうございます」
舞白が頭を下げる。美夏は舞白を見た。
「ありがとう、舞白」
「ううん」
舞白は笑った。
「頑張ってね、美夏」
その言葉を、美夏は信じた。
あのときは、本当に、何も疑わなかった。
舞白がセンターを譲ってくれたことも、廃遊園地での単独撮影を提案してくれたことも、全て自分のためにしてくれたのだと思っていた。
今、この瞬間まで、美夏は完全に騙されていた。
コメント
1件
うわ、舞白の笑顔が全然違って見えてきた……最後の「完全に騙されていた」でゾッとした。寿志の件も、センター譲ってソロ撮影提案したのも、全部計算だったんだな。美夏が信じてた分、裏切りの重さが半端ない。この回収の仕方、巧すぎるわ。しらなみさんの心理描写、解像度エグいっす。次が気になりすぎる🔥