テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第44話 〚歪んだ笑顔の裏側〛
――奪われた。
最初に浮かんだ言葉は、
それだった。
西園寺恒一は、
夜の帰り道を一人で歩いていた。
頭の中に、
何度も同じ光景が浮かぶ。
白雪澪。
橘海翔。
繋がれた手。
(……手、繋いでた)
胸の奥が、
ぎゅっと締めつけられる。
でも、
顔は歪まない。
口角は、
自然に上がっている。
「……別に」
誰に向けるでもなく、
小さく呟く。
「まだ、付き合ってるって決まったわけじゃない」
そう言い聞かせるように。
恒一は、
昔から自分を知っていた。
頭は悪くない。
成績もいい。
人当たりも、悪くない。
――“普通に見える”。
だからこそ、
誰も疑わない。
(みんな、分かってないだけ)
(澪が、誰のものか)
自室。
机の上には、
きちんと整理されたノート。
授業のメモ。
提出物の控え。
その隣。
誰にも見せない、
もう一冊。
開くと、
ページには細かい文字。
澪の行動。
下校時間。
よくいる場所。
今日の日付の欄に、
新しく書き足す。
「放課後
橘と一緒
手を繋ぐ」
ペン先が、
少しだけ強く紙を押す。
「……でも」
恒一は、
静かに笑った。
「まだ、俺の方が澪を知ってる」
澪が不安になる時。
人に頼れない時。
一人になりたくないのに、
声を上げられない瞬間。
全部、
見てきた。
(あいつは、気づいてない)
(澪の“裏側”に)
橘海翔は、
ただの“今”を見ているだけ。
恒一は、
“ずっと”を見ている。
それが、
違いだと思っていた。
ベッドに腰を下ろし、
スマホを手に取る。
澪とのメッセージ画面。
最近は、
既読がつくまで時間がかかる。
(……邪魔が入った)
でも、
消すつもりはない。
焦らない。
追い詰めない。
「……大丈夫」
優しい声で、
誰もいない部屋に囁く。
「俺は、ちゃんと待てる」
その目は、
全く笑っていなかった。
窓の外で、
夜風がカーテンを揺らす。
恒一の中で、
一つの考えが
静かに形を持ち始めていた。
――奪われたなら、
――取り戻すだけ。
歪んだ笑顔の裏で、
危険な決意が、
音もなく完成していた。