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第45話 〚噂が走る前に〛
朝の校門前。
澪が足を止めたのは、
“偶然”にしては近すぎる距離だった。
「おはよう、白雪」
恒一が、そこにいる。
声は低く、穏やか。
表情はいつもの“優等生”。
「……おはよう」
澪は短く返して、
一歩、距離を取る。
それを、
恒一は見逃さなかった。
(避けた)
胸の奥が、
ひくりと動く。
「昨日さ」
恒一は歩幅を合わせる。
「屋上、楽しそうだったね」
澪の肩が、
一瞬だけ強張る。
「……見てたの?」
「たまたま」
すぐに、柔らかく笑う。
「偶然だよ」
その“偶然”が、
今日で三回目だと
澪はまだ知らない。
廊下。
恒一は自然に、
澪の前に立つ。
「最近、橘と一緒が多いよね」
言い方は、
ただの確認。
でも、
目は逃がさない。
「……クラスメイトだし」
「そっか」
頷いて、少し間を置く。
「なら、変な噂出る前にさ」
澪の胸が、
嫌な予感で詰まる。
「俺が一緒にいる方が、安心じゃない?」
――それは、
“気遣い”の形をした
支配だった。
「……大丈夫」
澪は、
はっきり言った。
恒一の笑顔が、
ほんの一瞬、固まる。
でも次の瞬間には、
何事もなかったように戻る。
「そっか。無理言ってごめん」
そう言って、
あっさり引く。
周囲から見れば、
“良い男子”。
だからこそ。
昼休み。
教室の端で、
小さな声が立つ。
「ねえ、恒一ってさ」
「白雪のこと、気にかけてるよね」
「優しくない?」
噂は、
“恋”ではなく
“善意”として芽を出す。
それが、
一番厄介だった。
放課後。
澪が廊下を曲がると、
そこに海翔がいた。
「澪」
その声に、
澪の表情が少し緩む。
――それを、
少し離れた場所で
恒一は見ていた。
拳を、
ポケットの中で握る。
(……噂が走る前に)
(俺が、正しい位置に戻す)
誰にも聞こえない場所で、
恒一は静かに決める。
“表”の顔は、
まだ崩さない。
でも、
動きは始まった。
校舎の影で、
夏の風が吹く。
知らないうちに、
均衡は少しずつ
傾いていっていた。