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〇〇 side
― 打ち合わせ・読み合わせの日 ―
会議室の前で立ち止まる。
ガラス越しに見える長机と、積み上げられた台本。スタッフの控えめなざわめき。
深呼吸をひとつ。
“余命1年の大学生”
その言葉の重さを、何度も心の中で反芻してから、ドアを押した。
「本日メガホンを取ります――」
初対面の監督が、穏やかな口調で挨拶を始める。柔らかいのに、奥に強い芯がある目。
この作品に本気で向き合っているのが伝わってくる。
私は立ち上がり、背筋を伸ばす。
「主演を務めさせていただきます、姫野〇〇です。よろしくお願いします」
頭を下げながら、胸の奥が静かに熱くなる。
“国民的女優”なんて言われることもある。でも、現場に入ればただの一人の役者だ。
期待も、評価も、全部受け止める覚悟でここに立っている。
椅子が引かれる音。
隣に、永瀬廉が座る。
「永瀬廉です。よろしくお願いします」
いつも通りの落ち着いた声。
けれど、ほんの少しだけ緊張が混ざっているのを、私は知っている。
関西ジュニアの頃から、ずっと隣で見てきたから。
目が合う。
一瞬だけ、廉が小さく笑う。
私も、自然と笑い返していた。
“やろうな”
声に出さなくても伝わる、その空気。
読み合わせが始まる。
廉「……消えてしまう前に、もう一度だけ抱きしめたい」
その一言で、部屋の温度が変わった。
さっきまで紙だった台本が、急に命を持つ。
廉の声は、まっすぐで、迷いがなくて、どこか優しい。
胸の奥がきゅっと締め付けられる。
私の番が来る。
〇〇「……ずっと、忘れないで」
声を出した瞬間、自分でもわかるほど震えていた。
まだ完全に役に入り込んだわけじゃない。それでも、言葉が心を突き刺す。
“消えていく役”。
わかっている。
でも、消えるからこそ、誰よりも強く生きなければならない。
監督がゆっくりと頷いた。
「いいですね。二人の距離感が自然だ。切なさの中に、ちゃんと光がある」
光。
その言葉が胸に残る。
私はそっと廉を見る。
この物語の光は、きっと彼が持っている。
私が演じる彼女は、限られた時間の中でその光を受け取り、そして静かに消えていく。
休憩中。
静かになった会議室で、廉が小さく声を落とす。
「いけそう?」
私は台本を閉じて、彼を見る。
「いける。ていうか、やるしかないでしょ」
廉がふっと笑う。
「だな。ちゃんと支えるから」
その一言に、少しだけ肩の力が抜けた。
支える、なんて簡単に言える言葉じゃない。
でも廉なら、きっとやる。
昔からそうだった。
舞台で隣に立てば、安心できた。
転びそうなときも、迷いそうなときも、ちゃんと隣にいてくれた。
だからこそ、今回も信じられる。
余命1年。
ただ泣くだけの役にはしたくない。
笑って、恋して、友達とくだらない話をして、
“ちゃんと生きた人”にしたい。
観る人が、「消えないで」と願ってしまうくらいに。
監督が作品の方向性を語る。
「この物語は悲劇ではありません。限られた時間の中で、どう輝くかを描きたい」
私は強く頷いた。
消える物語じゃない。
生きる物語だ。
窓の外は、淡い夕焼けに染まっている。
その色が、どこか雨のオレンジ色と重なって見えた。
この先、雨のキスも、夜の抱擁も、別れのシーンもある。
きっと簡単じゃない。
でも。
私は台本を握りしめる。
「よろしくね、廉」
小さく言うと、
「こちらこそ。最高の作品にしよな」
真っ直ぐな目だった。
その瞬間、覚悟が完全に決まった。
この物語を、生き切る。
消える瞬間まで、強く、美しく。
そしてきっと、誰かの心に残る作品にする。
姫野〇〇としてじゃなく、
この役の“彼女”として。
静かに息を吸い、ページをめくった。
物語が、いま始まる。
ーーーーーーーー
それから月日が経ち
― 予告解禁、その余波 ―
予告が解禁された翌朝。
マネージャーからの連絡が、いつもより明らかに多かった。
「ニュース番組、何本かで取り上げられています」
半信半疑でテレビをつける。
画面いっぱいに映ったのは、雨の中で向き合う私と廉。
スローで流れる、キス寸前のカット。
“国民的女優・姫野〇〇と永瀬廉、待望の初本格共演”
大きなテロップ。
スタジオでは司会者が少し前のめりになって言う。
「この二人、ジュニア時代からの縁があるそうですね」
「だからこその、この自然な距離感なんでしょう」
「リアルすぎるとネットでも話題です」
リアル。
その言葉に、胸がわずかにざわつく。
確かに、呼吸は合わせやすい。
目を見れば、次に何をするか分かる瞬間もある。
長い時間を共有してきたからこその安心感。
でもそれは、積み重ねてきた年月の結果であって、
“恋”ではない。
ワイドショーではさらに踏み込む。
「大胆なシーンも多いですね」
「これは今年一番の切ないラブストーリーになるかもしれません」
画面には、ソファでの抱擁。
病室で手を握るカット。
夜のベランダで見つめ合うシーン。
顔が少し熱くなる。
演技だと分かっているのに、
それが全国に流れていると思うと、どこか現実味がない。
スマホを開けば通知が止まらない。
『姫野〇〇、儚すぎるヒロインに絶賛の声』
『永瀬廉、代表作更新か』
『奇跡の化学反応』
『付き合ってないの?本当に?』
化学反応。
その言葉に指が止まる。
確かに、空気は自然だった。
触れなくても分かる距離。
余計な説明のいらない関係。
それを“リアル”だと受け取ってもらえるのは、役者として誇らしい。
でも同時に、怖い。
再生回数は1日で500万回を超え、トレンド入り。
海外ファンの投稿も増えている。
「韓国ドラマみたい」
「絶対泣くやつ」
「今年の名作確定」
期待は、どんどん膨らんでいく。
マネージャーが静かに言う。
「海外配信も本格的に進んでいます」
世界。
急にスケールが広がる。
嬉しい。
でも、足元が少し揺れる。
私は主演。
余命1年の彼女を生きる。
この物語の重さは、話題性とは別物だ。
その夜、台本を開く。
“ずっと、忘れないで”
自分で書いたメモが目に入る。
“ここは笑う”
泣きながらじゃない。
笑って言う。
その方がきっと、観ている人の心に残る。
テレビではまた私たちの名前が流れる。
「今年最大級の純愛ストーリーになる予感です」
予感。
私は深く息を吸う。
予感で終わらせない。
ちゃんと、本物にする。
そのとき、スマホが震えた。
廉から。
『ニュース見た?』
少し迷ってから返信する。
『見た。ちょっと恥ずかしい』
すぐ既読がつく。
『でも、いい感じじゃない?』
たったそれだけ。
その言葉で、肩の力が少し抜ける。
話題になっているのは、キスシーンでも距離感でもない。
きっと本当に届くのは、その奥にある感情。
私は台本を胸に抱きしめる。
ニュースも、ネットも、期待も、全部受け止める。
でも最後に残るのは、
この役をちゃんと生ききれたかどうかだけ。
窓の外の夜景が、予告のワンシーンみたいに滲んで見える。
私は小さく呟く。
「大丈夫。いける」
話題になっている“今”だからこそ、
浮かれない。
ぶれない。
逃げない。
消えていく彼女として、
最後の瞬間まで、美しく在る。
物語はもう、動き出している。
そして私も、前に進む。
ーーーーー
廉side
朝、マネージャーからの通知で目が覚めた。
「ニュース、かなり取り上げられてます」
半分寝ぼけたままテレビをつける。
画面に映ったのは、雨の中で向き合う俺と〇〇。
スローで流れるキス寸前のシーン。
“永瀬廉×姫野〇〇 奇跡の初共演”
テロップが大きく出る。
スタジオのコメンテーターが言う。
「この二人、ジュニア時代からの縁があるんですよね」
「だからこその自然な距離感」
「リアルすぎるとネットでも話題です」
リアル。
その言葉に、少しだけ息が止まる。
確かに、演じやすい。
目を合わせれば分かる。
変に作らなくていい。
でもそれは、積み重ねてきた時間のせいだ。
恋とか、そういう単純な話じゃない。
画面には、ソファで抱きしめるカット。
病室で手を握るシーン。
夜のベランダで額を寄せる瞬間。
自分で見ても、距離が近い。
「大胆なシーンも多いですね」
「今年一番の純愛になるかもしれません」
純愛。
その響きがやけに重い。
スマホを開けば通知が止まらない。
『廉くんの目が本気すぎる』
『〇〇ちゃんとの相性やばい』
『付き合ってないよね?』
『れん〇〇最高』
思わず笑ってしまう。
付き合ってないよ。
でも、そう思われるくらい自然に見えてるなら、それは成功だ。
再生回数はもう何百万。
トレンド入り。
海外ファンの投稿も流れてくる。
“chemistry”
“perfect couple”
スケールが一気に大きくなる感覚。
正直、プレッシャーはある。
〇〇は国民的女優。
背負ってるものの重さも知ってる。
俺は、その隣に立つ。
軽い気持ちでできる仕事じゃない。
そのとき、スマホが震えた。
〇〇から。
『見た。ちょっと恥ずかしい』
思わず口元が緩む。
いつも通りやな。
俺は短く返す。
『でも、いい感じじゃない?』
強がり半分、本音半分。
本当に、いい感じだと思った。
あの雨のシーン。
何度もリハしたのに、本番は少しだけ空気が違った。
カメラの向こうに観てくれる人がいると分かっていても、
あの瞬間は、役としてちゃんと好きだった。
それが画面越しに伝わっているなら、悪くない。
ニュースでは最後にこう締めくくられた。
「今年最大級の切ないラブストーリーになる予感です」
予感、か。
俺はテレビを消す。
予感で終わらせへん。
〇〇が背負ってるなら、俺も同じだけ背負う。
並んで立つって、そういうことやろ。
話題がどれだけ大きくなっても、
大事なのは、現場でどれだけ本気で向き合えるか。
雨のシーンは明日もある。
濡れて、震えて、笑って。
彼女が消えていく物語を、ちゃんと支えられる男でいたい。
スマホにもう一度通知が入る。
“れん〇〇、尊い”
小さく笑って、ポケットにしまう。
画面の向こうで何を言われてもいい。
俺はただ、
隣にいる彼女を、最後まで守る役をやりきるだけや。
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