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「もちろん航平のことは協力するし、だからどう?」
「森……さん、にとっての、その、何ですかメリットは」
ああ、それね。なんて思い出したように頷くんだけど。
いやそれ聞かれる前に言っといてほしいこと。
「週刊誌対策かな。 なんか最近追い回されててさ。マネージャーの目が厳しいのなんの。だからいざというときは、君とのことをリークしてヤバい方と差し替えてさ。誤魔化せればなぁと」
またもや、あっけらかんと答えられた、その内容を瞬時に理解できない。
「……え?」
「デビュー前からの本命だとかなんとかで。 一途な感じでイメージいいでしょ、俺アイドルじゃないし。女がいるのはオッケーなわけでさ」
「何の話……」
「女性関係を、今、ちょっと、色々あって怒られてて」
ズルッと肩の力が抜けて、身体が沈む。
大丈夫? と、項垂れる柚腕を掴み、引き上げてくる目の前の男の、その微笑む顔面がさすがにもう胡散臭い。全身全霊で胡散臭い。
「……揃いも揃ってなんというか、女性関係が大変ですねぇ」
掴まれてた腕が解放され、しっかりと車のシートに座り直した柚は、足元に落ちてしまったカバンを拾い太ももの上に乗せながら言った。
「え? でも航平のこと別に軽蔑してないんだよね。 惚れた弱み?」
いつのまにやら、柚の中にあった緊張は消え去り。そのおかげか会話に何の戸惑いもなくなった。
こんなことは珍しいのだけれど、きっと、それほどに。
(この人にどう思われようといいんだな、私)
「はい、そんなもんでしょうかね」
惚れた弱み……とは違うのかもしれないけれど、彼の質問にそう答えた。
柚の知る航平の顔、それとは別のものがあったとしても。
見せてくれる笑顔や、言葉が。柚にとってある意味激動だった半年を、その心を暖かくしてくれたのは確かだから。
随分と昔から癖になっていた、唇が引き攣るようなぎこちない笑顔も、最近は自然になったものだ。
誰のおかげかなんて、そんなのもうわかりきってる。
「へえ、熱心だね。 ま、いいや。 じゃあ天野さん……じゃなくて柚でいい?」
「え?」
「交換条件、契約成立ってことで。あ、俺のことは優陽でいいよ」
「ちょっと、」
「大丈夫、約束は守るよ。 君は航平の気を引きながら俺の彼女のフリをする。 俺は君の存在をカモフラージュにこれまで通り生活をさせてもらう。 そして君の応援をしてあげよう」
って感じで異論はない? と少しだけ首を傾げて微笑んでみせた、その笑顔。
「胡散臭いです、目が笑ってませんが」
「……バラす?」
「交換条件確かに受け入れました」
間髪入れずそう返すと、目の前の笑顔は更に綻んで。
「欲しいもんは、ちゃんと欲しがらなきゃ」
穏やかな声が柚を諭すようにそう告げた。
なぜだか、今度こそ少しだけだけど、
ほんの少しだけど。
彼が本当に笑った気がした。
(なんなの、これ、頭が追いつかない)
まるでジェットコースターだ。
猛スピードで駆け巡り、たった今コースを走り終えて停止したかのような。
(脱力感……)
柚は、隠すこともなく頭を抱えたのだった。
――春の終わり。訪れようとする夏。
しかし季節の移ろいよりも先に降ってきた非日常。
それは私をどこへ導き、そして私は何を選び、見ることだろう。
考えてみたところでわからないから窓の外、見上げた星空。
最近、夢に見るせいだろうか。いやに思い出すいつかの、不確かな言葉たち。
誰かと見たかった、はずの、星空なんだけど。
それはもう、遠い昔の想い出。