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木島が逃げ去った後、僕は乱れた呼吸を整えるのも忘れ、彼女の肩を支えて覗き込んだ。
「……白石さん。……怪我、ありませんか」
彼女は、俯いたまま小さく首を横に振った。その拍子に、乱れた髪の隙間から、街灯の光に照らされた彼女の泣きそうな顔が見えた。
僕は、息を呑んだ。
必死に唇を噛み締め、嗚咽を堪えているけれど、大きな瞳からは溢れんばかりの涙がこぼれ落ちそうに揺れている。
恐怖と、安堵と、そして深い絶望。それらがないまぜになった彼女の表情は、触れれば崩れてしまいそうなほど脆く、危うかった。
なのに。いや、だからこそなのか。
汗ばんで頬に張り付いた髪も、涙で濡れた長い睫毛も、血が滲むほど噛み締めた唇も。 その全てが、残酷なほどに美しかった。
どうして彼女がこんな目に遭わなければいけないのか。僕は、彼女の細い肩に触れようとした。
「……間に合って、本当によかった。……本当に……っ」
けれど。
「……っ!」
彼女は、拒絶するように僕の手を強く振り払った。
「……白石、さん?」
彼女が顔を上げる。
「……もう、いいんです。……これ以上、私に優しくしないでください」
声が、震えている。強がっているのが痛いほど伝わってくる。
「……助けてもらったのに、こんな態度、最低だって分かってるけど。……でも、もう、いいんです」
「僕、何か白石さんに……?」
「そうじゃないんです!!」
彼女は、喉から絞り出すような声で叫んだ。一筋の涙が、白い頬を伝って落ちた。
「……陽一さん。……妊娠中の彼女のところに、早く帰ってあげて。お幸せに。……私のことなんて、もう、放っておいてよ……!」
彼女は、僕を押し退けて、よろめきながら逃げ出そうとした。その背中が、あまりにも小さく、頼りなく見えた。
「待って!!」
僕は、考えるよりも先に動いていた。逃がしてはいけない。このまま彼女を一人にしたら、本当に壊れてしまう。背後から伸ばした腕は、勝手に彼女を後ろから抱きしめていた。