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—この時代で、最初にできた友達かもしれない。
そう思った瞬間、不思議と胸の奥が少しだけ軽くなった。ついさっきまで、ここがどこなのかも分からず、怖くて仕方なかったはずなのに。
「あの」
俺が声をかけると、千代は顔を上げた。
「はい、何でしょう」
「ここって…今、何年なんですか」
一瞬、きょとんとした表情を浮かべてから、
彼女は当たり前のことを聞かれた、というように答える。
「大正十三年ですけれど」
頭の中で、何かが音を立てて崩れた。
やっぱり、夢じゃない。
「……そう、ですよね」
俺の様子を見て、千代は少し困ったように眉を下げる。
「ご気分、優れませんか?」
「いえ、少し混乱しちゃって」
そう言うと、彼女は少し考えてから、やわらかく微笑んだ。
「でしたら、まずはお茶でもいかがですか。
落ち着いてから、ゆっくりお話ししましょう」
その言葉に、思わずうなずいていた。
「うん、」
「ふふ、よかった」
千代はそう言って、扉の方へ一歩下がる。
「こちらです。迷わないよう、私が案内しますね」
俺はその背中を見ながら、思った。
知らない時代、知らない場所。
それでも——
この人がいるなら、少しだけ前を向ける気がした。
外に出ると、思ったよりも空気が冷たかった。
反射的に肩がすくむ。
「あ、寒いですか?」
千代がそう言って、少しだけ歩く速度を落とす。
「いや、大丈夫。」
そう答えたけど、本当は全部に驚いていた。
空気も、音も、匂いも、全部が知らない。
少し歩いても、会話が続かない。
沈黙が気まずくて、俺は無意識に足元ばかり見ていた。
「あの」
先に声を出したのは千代だった。
「さっき、大きな声を出していましたよね」
「うん、なんで?」
「怖い夢でも、見たのかなって」
夢。
その言葉に、胸の奥がちくりとする。
「夢なら、よかったな」
俺がそう言うと、千代は何も言わなかった。
でも、黙って横を歩き続けてくれた。
しばらくして、ぽつりと。
「分からないことだらけだと、不安になりますよね」
「うん、」
その言葉が、思った以上に刺さった。