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「うん、」
うまく言葉が出てこなくて、そう返すのが精一杯だった。
千代は一瞬、何か言いかけて、でもやめたようだった。
代わりに、少しだけ小さな声で続ける。
「無理に話さなくても、大丈夫ですよ」
その言い方が、慰めというより、
“選ばせてくれている”感じがして、ありがたかった。
「ありがと」
「いえ」 それだけ言って、また歩き出す。
でもさっきより、沈黙は重くなかった。
少しして、俺は意を決して口を開く。
「あのさ」
「はい」
「変なこと言うかもしんないけど」
千代は立ち止まらず、ただ耳を傾けてくれている。
「俺、本当は、この時代の人間じゃないんだ」
言い終えた瞬間、喉がひどく乾いた気がした。
風が吹いて、彼女の髪がわずかに揺れた。
千代は、驚いた顔をして——
それでも、否定はしなかった。
千代はしばらく黙っていた。
驚いたまま固まっている、というより、何かを考えているようだった。
やっぱり、言うんじゃなかったか。
そう思って、口を開こうとした、そのとき。
「……不思議ですね」
千代が、ぽつりと言った。
「普通なら、信じられない話なのに」
責めるような口調じゃなかった。
むしろ、自分自身に言い聞かせているみたいな声だった。
「でも……翔さんが言っているなら」
俺は思わず足を止める。
「え?」
千代も足を止めて、こちらを見た。
真っ直ぐで、でも少しだけ不安そうな目。
「理由は、うまく説明できません」
「……はい」
「勘、みたいなものです」
そう言って、困ったように小さく笑う。
「嘘をついている人の目じゃ、ないと思ったんです」
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
「……信じてくれるの?」
「はい」
迷いのない返事だった。
「だって、わざわざそんなことを言う必要、ありませんもの」
「あぁ 」
「怖いのに、混乱しているのに、それでも正直に話してくれた」
千代は少し視線を落として、続ける。
「それだけで、十分です」
しばらく、言葉が出なかった。
「ありがと」
それしか言えなかったけど、千代はそれで分かったようにうなずいた。
「一人で抱えるには、大きすぎる話ですから」
「うん」
「だから、しばらくは」
彼女は、ほんの少しだけ照れたように言う。
「私と一緒に、考えましょう」
その言葉を聞いた瞬間、
この時代に来てからずっと張りつめていたものが、少しだけほどけた。
理由は分からない。
どうしてここに来たのかも、どうすれば戻れるのかも。
それでも。
―—信じてくれる人が、一人いる。
それだけで、世界は少し優しく見えた。