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「とりあえず睦月君が助けてくれたのね。ありがとう。そんな大金を惜しみもなく貸してくれるなんて……」
「礼には及ばないよ。先生を助けるためなら、僕はどんなことでもするよ」
爽やかな笑顔を向けられてドキっとする。
「ありがとう。でも、そんな大金を借りたんだから、ちゃんと返さなきゃ。借用書はあるの?」
項垂れていた父がぴくりと肩を震わせた。
なにか言いたそうに口をもごもごさせていたが、やがて借用書らしきものを私に見せてきた。そこには――
借用書
高梨治 殿
金 弐千萬円 也
私は、天川睦月 より上記金額を下記の約定(やくじょう)の上、借用いたしました
通常の借用書のテンプレートみたいな書類にお父さんの名前や睦月君の名前が書いてあった。
それ以降、記述として、借用日や返済期日、利息、保証人などが記載されている。
返済方法などは連帯保証人と契約を終結すると記載があり、さらに連帯保証人の欄には私の名前が記されていた。
…………?
なにこの書類。私は書いた覚えがない。
なぜか私が父の連帯保証人になっているのかが問題。借りたのは父だが…借金を返せなければ、私が睦月君に2千万円の返済義務が発生することになっている。
お父さん……勝手に私の名前を書いたのね…。
「睦月君、ごめんね。父がすごく迷惑をかけちゃって……」
「気にしないで、大丈夫」
にこっと笑ってくれる睦月君は、私の肩にそっと触れた。
「先生、安心して。これは、言うなれば先行投資だよ。僕の会社はベンチャーキャピタルで、未来の企業に投資するのが仕事の会社だから」
「投資って……せっかくだけれども、うちじゃ回収できないよ」
先行どころか、ずっと後退しているお店なのに。
睦月君はうちの経営状況を分かっていないからそんなことが言えるんだ。
「どうして? 折り紙はいいお店じゃないか」
「今、お店の経営状況がピンチなの。駅前開発で綺麗なお店がたくさんできてライバル店も増えた上に、コロナになって売り上げが激減したの。最近、この土地や店を売れって、怖い人からの立ち退き要請もひどくて……」
「そっか。大変だったんだね。でも、僕は折り紙がなくなってしまうのは嫌だな」
睦月君は美麗な顔をしかめた。
「私だって嫌だよ。お母さんが残してくれたお店だし…でも、最近売り上げが落ち込んでいるから痛んだ外壁も直せないし、怖いやくざみたいな人が来て、長い間居座って営業妨害みたいなことをするの。だから、うちじゃこの大金はすぐに返せない。せっかく貸してくれたのに、当てが外れてしまってごめんなさい」
正直に現状を打ち明けた。
「うーん、だったらこうしよう」
睦月君は、ぽん、と手を叩いて言った。
「先生、僕と結婚して」
……は?
七歳も年下の、かつての教え子というか幼馴染というか…ひょんなことから弟のように面倒見ていた彼の告白は突然だった。胸ポケットからおもむろに取り出した指輪ケースを開け、ピンクゴールドに大粒のダイヤモンドをひとつ乗せた豪華な指輪を差し出しながら、いとも簡単に言い放った。『先生、僕と結婚して』、と。
「先生が僕と結婚してくれるなら、2千万は返さなくてもいいよ。夫婦共有財産ってことで」
今、私は指輪を突きつけられながら、8年ぶりに再会した年下の幼馴染に結婚を迫られている。
ううう……なぜなぜ、いったい、どうしてこうなった?
「ちょっと待って。意味が分からない。結婚ってどうして? 睦月君、あなた、再会してすぐ私といきなり結婚なんて――」
「いきなりじゃない。僕はこの8年、先生のことは1日たりとも忘れたことはなかったのに」
睦月君はにっこり笑って言った。いや、笑顔はいいんだけどね……。 今の状況を考えると頭が痛い。
「僕も先生を助けるから、先生も僕のことを助けて欲しいな」
「助けるってどういうこと? だからってどうして結婚なんか……」
「実は僕、女性からのアプローチがすごくて。断っても断っても、次々にお相手が僕を離してくれなくて、とても困っているんだ。だからいっそ先生と結婚しているってことにすれば、仕事にも差しさわりがなくて困らないから、ウィンウィンでいいかなって思ったんだけど」
上目遣いでうるっとした目。随分イケメンになったのに、出会った頃と変わっていない、幼さを残すしぐさにドキっとさせられる。左目の下の泣き黒子は彼のトレードマークだ。
でも、結婚なんてそんな……急すぎる!!
「そ……そんなこと……ほかに頼める人はいないの?」
「いないから先生に頼んでいるんだよ」
くい、と顎を持ち上げられた。もう少しでキスできそうなドキドキする距離……!
ちょっと距離感おかしいよ?