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「僕さぁ、勉強ができなくて困っているんだ」
「そんなわけないでしょう! ぜったいウソ!」
「ウソじゃないよ、先生。また、僕の家庭教師になってよ。あの時みたいに」
「わ、私に教えられることなんてもうないよ……」
「ううん」彼はにっこり笑った。驚くほど爽やかな顔で言ったのは――「今度先生が教える科目は恋愛。結婚するから夫婦愛についてかな?」
「あ、あのね…私、今までお店が忙しくてそんな暇なかったから、恋愛なんて教えられない!」
誰とも付き合ったことない、仕事一徹女ですけど。恋愛なんて私が教えて欲しいくらいだよっ。
「僕、先生だったら安心して勉強できると思うんだ」
「な、なにを……」
「キスとハグと」内緒話を楽しむようなしぐさを見せながら、彼は私の耳元で囁いた。「――セックス」
「――は!?」
思わず大声が出た。
「ふふ。そんなに驚かないで。夫婦としての契約なんだから、そういうことがあるのは当然じゃない?」
そんな……。
目の前が真っ暗になった。
結婚とか、夫婦になるとか、そういったことは今まで考えたことがなかった。
「そんな顔されるとショックだなぁ。そんなに僕との結婚がイヤ?」
私が彼との結婚についてあまりに酷い顔をしていたのか、睦月君はちょっと拗ねたような幼い顔になった。
「イヤとかそういう問題じゃなくて……っ。だって、結婚だよ? もう少しちゃんと考えて。睦月君、あなたの将来を私が台無しにしたくない」
「そっか。だったら先生、僕の身の回りのお世話をしてくれる? ある程度頑張ってくれたら、借金チャラにするっていう条件で僕の家に来てくれないかな?」
身の回りのお世話か……。
「先生、僕、仕事が忙しくてすごく困っているから、助けてくれると嬉しい」
うーん……借金したのは私たちだから、断れないよね…。しかもすぐに返せる当てもないし。
「わかった。貸してくれた2千万円分、パート契約してくれる? 私がしっかり働いて返すわ」
「オーケー。契約成立だね」
睦月君は笑った。「じゃあ先生、ここにサインして」
なんと彼が出してきたのは婚姻届だった。
「えっ、でも、契約なんでしょ? 結婚なんてしたら……」
「僕、色々あってお金持ちになっちゃったから、いろんなヤツ等から資産を狙われていて、変な女性と結婚とかさせられそうになっているし、ほんとうに困っているんだ。これも契約のうちに含めておきたい。僕と結婚してくれない?」
そんな急に結婚なんて……!
結婚って、好き合う同士がするものじゃないの?
「ま、待ってよ睦月君。私、男性とお付き合いしたこともないんだよ? それをいきなり結婚だなんて……」
「大丈夫だよ、先生」睦月君は極上スマイルを私に向けた。「これはあくまでも偽装結婚だから。先生がちゃんと借金を返してくれたら、離婚してあげる」
「でも、離婚したらバツが付いちゃうよ? 睦月君、それは困るでしょう?」
「ううん。ぜんぜん平気!」
なにがどう平気なの……!
睦月君は私のことを愛おしむ目で見つめた。「いちばんに僕の心配をしてくれるなんて、やっぱり先生は優しいね」
「そんなこと……」
私と結婚しても、離婚したらバツがついちゃうじゃない。
そうしたら睦月君の将来が台無しにならないかって、心配するでしょっ。
「ありがとう、先生」
睦月君が笑ってくれた。
「さて。じゃあ早速婚姻届け出しに行こうか。まさか嫌とか言わないよね?」
「言い……ません」
言いたいけど言えないよっ!
「良かった。じゃあ、今すぐ行こう!」
こうして私は8年ぶりに再会したかつての幼馴染教え子と、借金の肩代わりをしてもらった見返りに交際0日婚をする羽目となった。
もう……こんなことになったのは、お父さんのせいだっ!!