夜。
リリアンナは寝台の上で、薄いシーツの端を握りしめていた。
日中のやり取りが頭から離れない。
(どうしてあんな言い方をしてしまったんだろう……)
何度思い返しても胸の奥がきゅうっと痛む。
扉の向こう――ランディリックの寝室側から、足音がひとつ。
止まった――と思った次の瞬間、静かにノックの音が響いた。
「……リリー、起きているか?」
彼の寝室からの声だから当然なのだが、それはリリアンナが聞き慣れたランディリックの心地よいバリトンボイスだった。
リリアンナの寝室とランディリックの部屋は、内扉で繋がっている。リリアンナが寝起きさせてもらっているライオール邸のこの部屋が、ゆくゆくはライオール夫人になる女性のための部屋だからだ。
もちろん、リリアンナはランディリックの許嫁などではない。けれど侍女頭のブリジットの言葉によると、客間をリリアンナの部屋としてしつらえるより、この部屋をそうした方が手っ取り早かったらしい。
加えてここへきて間もない頃のリリアンナが、面識のあまりない人間に対してオドオドしていたことも、彼のそばにいる方が良いと判断された理由だ。
リリアンナは覚えている。ライオール邸へ来たばかりの頃、環境変化に戸惑ってなかなか寝付けなかったリリアンナの元へ、ランディリックが内扉を通ってはよく顔を出してくれていた。ランディリックはリリアンナが安心して寝付けるようにホットミルクを運んで来てくれたり、リリアンナが眠りに落ちるまで手を握っていてくれたりしたのだ。
屋敷に馴染み、ナディエルや他の従者たちとも打ち解けられてからはその扉が使われることはなくなった。
リリアンナ側から施錠が出来るようになっている内扉の鍵は、もう長いこと開けられていない。
だからこそ、こんな風に夜更けにランディリックがリリアンナの部屋を訪うのは本当に久々だった。
昼間クラリーチェやランディリックに酷い態度を取ったことを反省している真っ最中だったリリアンナは、予期せぬノックの音に小さく身体を跳ねさせた。
途端、ベッドサイドへ置いていた小瓶を薙ぎ払う形になって、夜のしん……と静まり返った室内に、思いのほか大きな音がする。
これはもう、狸寝入りは無理だろう。
それに、寝室の燭台の火を落とさずにいたのだ。きっと扉の隙間から明かりが漏れていて、リリアンナが起きていることは承知の上でランディリックはノックをしたに違いない。ランディリックの『起きているか?』の声が社交辞令に過ぎないことを、リリアンナは過去の経験から知っている。
(ランディ、全然変わらない……)
それはリリアンナがこの屋敷に来てすぐの頃、ランディリックが眠れないリリアンナを気遣ってくれるとき必ず告げていた言葉だ。
リリアンナは一度だけギュッとこぶしを握り締めて自分を鼓舞すると、実に数カ月ぶりに内扉の鍵を開錠した。
そっと扉を開けると、ランディリックが立っていた。
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