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朝。太陽は出ていたが、光にあたっても何もあたたかくなかった。
遥は昨夜の暴力のあと、ソファの上で眠るふりをしたまま、動けなかった。
身体の節々が痛む。呼吸ひとつに、ひっかかりがある。
キッチンの奥で、冷蔵庫が唸るような音を立てている。
誰も起きてこなければ、それでよかった。
でも──それはいつも叶わない。
「……まだ寝てんの?」
ゆるく扉が開き、足音がした。
玲央菜だった。
髪は乱れておらず、制服も完璧だった。
まるで「朝」が彼女に味方しているようだった。
遥が身じろぎもせずにいると、玲央菜はスリッパを履いたままソファに歩み寄った。
「颯馬さ、またやってたでしょ」
投げるような声。
「“昨夜のごはん、どうだった?”って訊いたら、笑ってんの。“ちょっと潰した”とか言ってさ」
玲央菜は遥の前にしゃがみこみ、顔を覗き込んだ。
その表情には、怒りも心配もない。ただ──退屈そうな興味があった。
「ねぇ、飽きないの? そういうの」
誰に言っているのか、はっきりしなかった。
でも、次の言葉でそれがわかる。
「……ま、あんたが“壊れない”から、でしょ」
笑っていた。
けれどそれは、微笑みではなかった。
「“泣かない”ってさ、正直ずっとムカついてたの。子どものときから」
ぽつり、ぽつりと落とすような言葉。
「こっちがどんだけ本気で叩いても、怒鳴っても、黙って、ただ目ぇ見開いて、さ。──馬鹿みたいだった。私のほうが」
遥は、視線を合わせなかった。
でも、玲央菜は構わず続ける。
「けどさ、最近ようやく“ひび割れてる”の見えてきた」
そこで、玲央菜は口角をゆるく吊り上げる。
「……楽しいよ、今のあんた」
喉が焼けた。
何も言えなかった。
なぜなら──彼女の言葉が、図星だったから。
「“何もされないのが不安”なんでしょ?」
玲央菜が囁いた。
「──ねぇ、バカじゃないの?」
その声はあまりにもやさしくて、あまりにも冷たかった。
「でも、いいよ。そういう“中途半端に壊れたやつ”が、一番おもしろい」
玲央菜は立ち上がる。
そして、遥の髪をくしゃ、と軽く撫でて言った。
「……壊すの、私の役目だから。忘れないでね」
まるで恋人に向けるような、甘く抑えた声だった。
足音が遠ざかっていく。
扉が閉まる。
その音だけが、やけに現実だった。
遥は──吐きそうだった。
(なんで──俺は……)
涙は出なかった。
出ないことが、地獄だった。