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中央広場から、オーナーだという男に付いて西の区画へと移った。


彼は胡散臭い雰囲気の割に、ミルフィーの歩幅を気にしながら歩く。まるで、本当に大切にしている我が子か孫を連れ歩いているかのように。

ミルフィーを見る眼差しは柔らかく、繋いでいる手も、引き過ぎないようにそっと添える程度だ。というか、太い指を掴んでもらって、それがさも嬉しい事のように満足気に。


――俺の勘ぐり過ぎか?


どこからどう見ても、汚い商売を続けてきた男の顔つきだというのに。彼の振舞いだけは、どう見ても好々爺だ。

それも、おそらくは商品であるミルフィーに対して。

あの風貌なら、商品の身なりは整えさせていようとも、奴隷には高圧的に乱暴に、無下に扱いそうなものなのに。


「ところでミルフィー。その御使い様は、我々について来てくれているのかい?」

「うん。うしろにいるよ」

「そうか。では、もう少しで着くと、お伝えしなさい」

「はぁい。でも、きこえてるみたい」


「ああ……なるほど。そうですかそうですか。私には見えないものだから、どうにも勝手が分からなくて。御使い様、もう少しでございます。その角を曲がった突き当りです」


そう言って案内された家は、屋敷と呼んだ方がいいくらいの、大きな家だった。

そうしてオーナーは、勝手に門扉を開いて敷地に入り、そこそこに広い庭を我が家のように進んでいく。


初めて他人の家として振舞ったのは、玄関のドアノッカーを叩いた時だった。それでも、遠慮のないノック具合だったが。

「はい、ただいま。あっ、これはベイル様――」


中から使用人の女性が扉を開けてくれると、「お邪魔するよ」と軽過ぎる挨拶だけを告げて、エントランスも勝手に進んでいく。

そして二階への階段を上り、二部屋ほど廊下を抜けて行くと、突き当りの扉をノックした。


「入るぞ、バルザーグ」

「ごほっ、ごほっ! 入れ……という前に、入っとるじゃないか。ごほっ」


そのバルザーグという男は、彼と旧来の仲らしかった。

勝手な振舞いを咎めるでもなく、またか、という程度の反応だったからだ。


オーナーの名も初めて耳にした。

ベイルと、目の前のベッドに横たわっているのがバルザーグ。


ベイルよりも老けて見えるのは、病のせいかもしれない。白髪の多い髪はボサボサで、無精ひげも顎ひげも、随分と剃っていないらしく汚らしく見える。

咳き込む様子は、長く患っているのがありありと伝わる痩せこけた土気色の顔と共に、肺と気管の全てに絡んでいるのが分かる悪い咳だった。

こんなお屋敷に使用人も雇えるような金持ちが、この状態だということは長くないのだろう。


「今日来たのはな、もしかしたらお前を治せるかもしれんからだ。だが、私も半信半疑ではある」

「ごほっ! ほぉう? 良い薬でも、手に入ったか。ごほほっ!」


「しゃべるな。聞いているだけでいい。だが薬ではないぞ。どうやら、女神セラ様の御使い様に出会ったらしいのだ。このミルフィーがな」

「ごほっ! お前の暇つぶしも、たいがいになったな。ごっほごほ!」


「しゃべるなと言うに! さて、ミルフィー。いや、御使い様。彼の病を、どうか癒してください。私に出来るお礼は、必ず致しますので。どうか……」

そう言って深々と下げた頭は、スティアの方には向いていなかったが……。

その気持ちは本物らしかった。


「旦那さま……治せますか? なんだか、とても病気だけには見えないですけど……」

たしかに、俺の力で治せるのか、まさかここまでの老病人とは思っていなかったからな。

「あぁ……。だが、やってみるしかない……。ホーリーヒール」


……これで治らなければ、ホーリーリザレクションを使ってみるしかないが。考えてみれば人に使ったことがないのに、俺もどうかしている。

これまで順調だったものだから、深く考えることも試してみることもしなかった。

この姿と力を手にしたことに、気付くのが今更ながら、浮かれていたのかもしれないな。


「わ、すごいですよ旦那さま。顔色が……めちゃ良くなっていってます!」

「うおぉ……ホーリーヒールすごいな」


「おお……? こ、これは。こんなことが……。小さな聖女様! ありがとうございます! ありがとうございます! 苦しくない! 息をしても苦しくありません! 体も……軽い! もう、ミルフィーと気安く呼べませんな。ありがとうございますミルフィー様!」


――なんでそうなった?

と、見ればバルザーグのすぐ側で、ミルフィーは心配そうに彼の手を握っていたらしい。

なるほど、確かに構図的にはそう見える。


「バルザーク……本当に治ったのか……」

「ああ。おれはもうダメだろうと思って、使用人も最低限以外は部屋に入る事を禁じていたくらいだ。うつしてしまうといかんからな」


「良かった……良かったなぁ。また二人で商売をしようじゃないか」

「ああ。こんどは……人に喜ばれる商売をしよう。そう言っていたな」


どうやら、本当に治ったらしい。

声も張りがあるし、ぜろぜろとした気管の絡みが消えている。顔色も、何ならミルフィーの頬みたいに赤らんでいるじゃないか。その地黒な肌に、伸びっぱなしの無精ひげと顎ひげにさえツヤが出たように見える。


――しからば、こちらの頼みも聞いてもらおうじゃないか。

「スティア。今から俺の言うことを伝えてくれ」

そう言って、スティアを通しての交渉を始めた。




「あのー。喜んでるところ申し訳ないんですけど……。ミルフィーちゃん。私たちが居るのを信じてもらえたかなーって、聞いてみてもらえる?」

「あっ。はい。おーなーさん、これでおねーちゃんのこと、しんじてくれますか、って」


「おお! そうだったなぁ! 信じる。信じますとも! それで、その御使い様にどんなお礼をすればよいだろうか」

――話が早い。

さすがはやはり、商売人なだけはある。


「えっと、そしたらね。あなたを、ミルフィーを私たちの代理にしたいんだけど……」

「おねーちゃん、だいりにん? ってなぁに?」

少し難しかったか。だが、そのまま伝えてくれればベイルが理解してくれるはずだ。


「どうしたミルフィー。御使い様が何と仰っているのか、そのまま言ってごらん」

「うんと……。わたしを、おねーちゃんたちのだいりにんにしたい。って」


「うん? 代理人とは、一体何をさせるおつもりで……? ミルフィーはまだ小さいですから、御使い様のお役に立てるとは思えませんが――」

スティアの器にしたいというのは、悪いが伏せさせてもらう。別の狙いもあるしな。


「旦那さまのお力を示すために、今みたいに病気の人を治したり、街のためにいろいろと活動させてもらいたいなーと。そんな感じ。です」

「びょうきをなおしたり、まちのためにいろんなことを、したいんだって」


「ほう……。それは、むしろ願ってもないことかもしれませんな」

この子を、この町で有名にさせる。


ミルフィーが治癒で名を馳せれば馳せるほど、きっとかなりの影響力を持つ存在になるだろう。

そうなれば俺が魔王になった時に、ミルフィーを通じて魔王復活を一気に広められる。治癒の聖女とでも呼ばれるほどになっていれば、その言葉の信頼性も高くて誰もが信じるだろう。


ならば、スティアの器になれてもなれなくても、「魔王が復活した」と宣伝してくれれば、とりあえずは役に立つからな。

「ラースウェイト。その考え……。本当の魔王みたいですね。あくどい……」

「うるせぇ。お前も考えろよリグレザ。んで、考えれば考えるほど、今の作戦以外に無いってのが分かるだろうぜ」

「はいはい。さすがは魔王ですね」


――ちっ。リグレザに付き合っていたら話が進まん。


「賛同してもらえるなら、ベイルさんにはミルフィーが悪用されないように、サポートをお願いします」

「えぇっと……。さんどうしてもらえるなら、オーナーさんは、わたしが……?」


「悪用されないように。側でお手伝いをしてほしいの」

「あくようされないように、そばでおてつだいしてほしい。って」


「それは……もちろん構いません。むしろ、今のお話を聞いて悪用されるのを危惧いたしましたから。しかし、その代わりと言っては、おこがましいのですが……」

――うん? 何を要求するつもりだ?


「ミルフィーちゃん。何ですかって、聞いてちょうだい」

「なんですか。っていってるよ」


「では……このミルフィーが成人するまでで構いません。御使い様の加護をお与えくださいませんか。この子は奴隷なのですが……あまりに人が好すぎて、心配なのです。私も、新しい良い主人に買われるまではと思っておりましたが……あなた様に、この子の仮の主人になって頂きたいのです。御使い様なら何も言う事がありません」


やっぱり奴隷だったか。その割には、自分の娘か孫みたいな接し方だったが……。


「えと、あなたのお子さんかお孫さんではないのかと。そう思ったんだけども」

「えへへ。オーナーさんの、こどもかまごじゃないのって。いってるよ」


「ああ……。これはその、お恥ずかしい話なのですが。この子の人の好《よ》さに、ほだされてしまいまして。私は自分で言うのもなんですが、悪徳な奴隷商人だったのです。が、この子を買い付けてからは……奴隷商人は廃業しまして。今では最後のこの子に、より良い主人を見つけてやる事が、最後の仕事だったのです」


自分で言うほどの悪徳奴隷商人が、改心するくらいのお人好しか……。

ほんとに、そんな子も居るものなんだな。

しかし……加護か。治癒する話も含めて、言うは易しなんだよなぁ。

しばらくは忙しくなるな。この町から当分動けなくなるが……そうだな、動くべきではないか。


「ミルフィーちゃん。しばらくは、見守ると約束します。って、伝えてね」

「しばらく、みまもってくれるって。おねーちゃんといっしょにいられるの、うれしい」


「おぉぉ……ありがとうございます。この子が女神セラ様の、御使い様の加護があると知れ渡れば……貴族並みか、それ以上の生活が約束されるでしょう。そうなるまでは、私も側でサポートいたします。近寄ってくる人間の判別は特に、お任せください」

頼もしいな。よろしく頼むぜ、ベイルのおっさん。


「ベイル。その仕事、おれも手伝わせてくれよ? このバルザーグ、残りの命と財産の全てを使って、ミルフィー様のお手伝い、何でもさせてもらうぞ」

「あぁ、私とお前の、最後の仕事だ」




――随分と盛り上がってくれたな。素直にありがたい。

それにしても、ミルフィーはかなり賢い子なんじゃないか?


しかも、スティアの姿も声も、はっきりと認識しているということはだ。器の可能性が高いし、霊格も、同じ聖霊クラスのものだってことだろう?

なら……ずっと側に居てやらなくても、もしかしたら色々な魔法を自分で使えるようになるかもしれない、ってことだ。

何年もこの場所に居なければならないかと思ったが、意外と早く動けるかもしれないな。

霊体転生譚 ~天傀戦禍のラースウェイト~

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