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偽りの悲鳴
任務は予定より早く片づいた。
敵の通信基地を破壊し、追っ手もなく、珍しく“平和な帰路”だった。
砂漠の夜風が火照った身体を冷やす。
俺はAK74のセレクターを安全に戻し、長い息を吐いた。
「今日は運がいいな。帰ったら久しぶりに寝られそうだ」
そう思った矢先――耳を裂くような悲鳴が、砂漠の奥から飛び込んできた。
「やめてっ! やめてくださいっ!」
若い女の声。
悲鳴は本物のように聞こえた。
俺は即座に銃を構え、声の方向へ接近。
月明かりが照らした岩陰で――
**一人の男が女性を地面に押さえつけていた。**
頭にアフガンストール、
肩にはシルバーのデザートイーグル。
情報屋だ。
「てめぇ…何してんだ」
俺が飛び出すと、情報屋は動きを止め、肩越しに俺へ目だけを向けた。
「Mrs 陽菜。邪魔をするな」
「ふざけるなよ! 女を痛めつけて楽しいのか!」
情報屋は何も言わない。
ただ、ストールの奥で――小さくため息をついた。
押さえつけられていた女が、涙でぐしゃぐしゃの顔をあげて俺に縋る。
「助けて!!そこの あなた、味あの人、私を!!」
その瞬間だけ、情報屋の表情が――ほんのわずかに険しくなった。
「Mrs 陽菜。最後の忠告だ。離れろ」
「俺はあんたの忠告を聞くほど、恩を感じてはいない」
AK74を構えて一歩踏み出す。
女は救われたとでもいうように俺に飛びついた。
「ありがとう…! 本当に、ありがとう!」
「もう大丈夫だ。隠れろ」
俺が女を庇うように前に出た瞬間――
情報屋が静かに言った。
「陽菜。
その女が“あんたの命を狙う賞金稼ぎ”だ。」
「は? 何言って…」
次の瞬間。
女の腕が蛇のように俺の首へ絡みついた。
「捕まえた♡」
甘い声。
腕力は異常に強い。
背中に冷たい金属の感触――ナイフだ。
「動いたら刺す。あなたの首の値段、知ってる?
私の人生が変わるくらい高いのよ、Mrs 陽菜♡」
「…クソッ!」
俺は肘を女のわき腹へ叩き込み、首へ回された腕を引き剥がそうとした。
だが、女は格闘に慣れすぎている。
脚を絡め、体重を預け、拘束をさらに強めてくる。
情報屋が一歩前へ出る。
「動くな。陽菜ごと撃つぞ、お前」
女は笑った。
「撃てるわけないでしょ。
あんた、さっき私を殺そうとしてたけど…
陽菜は“賞金の鍵”。
生かしておきたいんでしょ?」
「本気で言ってるのか?」
情報屋の声が、砂漠の夜気より冷たくなった。
■格闘が始まる
女のナイフが俺の喉へ迫る。
俺は咄嗟に前へ倒れ込み、砂に身体を押しつけた。
「きゃっ……!?」
体勢が崩れた瞬間、俺は女の腕を極める。
――だが。
女は身体を沈め、砂を蹴り、俺の腹に膝蹴りを叩き込んできた。
「がっ……!」
呼吸が止まる。
視界が白く弾ける。
「死んでよ、陽菜ァッ!」
女のナイフが振り下ろされる――
その瞬間、
銃声が一発。
*ズドンッ!*
女の手首から、ナイフが飛んだ。
情報屋のデザートイーグルだ。
「Mrs 陽菜は渡さない」
その言葉に、女の顔が怒りに歪んだ。
「この、クソ情報屋ァッ!!」
女は拳銃を抜き、情報屋に向けて発砲。
パパンッ!
情報屋は砂煙の中で、すべての弾を『首を5cmずらす』だけで回避した。
化け物かよ。
女が一瞬怯んだ。
その隙を逃す情報屋じゃなかった。
砂を蹴り、女の懐へ滑り込み――
肘、膝、掌底、全てが“急所にのみ”正確に叩き込まれた。
女の身体がくの字に折れ、崩れ落ちる。
戦闘は三秒で終わった。
■戦いの後
情報屋は俺の腕を掴んで立たせた。
「危なかったな、Mrs 陽菜」
「助けたのか。俺を」
「助けたいわけじゃない。
お前にはまだ“利用価値”がある。」
「利用価値?」
情報屋は答えなかった。
代わりに倒れた女を見下ろし、静かに言った。
「賞金はさらに上がるだろう。
ここから先は、もっと狙われる。
俺が警告しても…聞かないだろうがな。」
情報屋はデザートイーグルをホルスターに戻し、踵を返す。
「待てよ。お前…なんで俺を守る?」
振り返らずに呟いた。
「陽菜。
俺は“ある人物”に頼まれてる。
お前を死なせるな、とな。」
「ある人物?」
情報屋は月光の下でストールを揺らした。
「答えはそのうち分かる」
そして、砂の闇へ消えていった。
残された俺は、震える指でAK74を握り直した。
「これから先、どうなるんだよ」
砂漠の夜風だけが答えた。
血と砂の再戦
任務帰還から三日。
俺は夜明け前の砂漠を単独で移動していた。
情報屋に助けられた夜の傷も癒え、ようやく通常任務に戻った矢先――
背後で、砂を踏む微かな音。
「来たか」
俺は反射的に振り返る。
月明かりの向こう。
砂嵐の向こう。
ゆっくり歩いてくるスリムな影――
長い髪を風に靡かせ、片手にナイフを弄ぶ女。
“あの賞金稼ぎ”だった。
腕に巻かれた包帯は、前の戦いで情報屋にやられた
ものだろう。
だが、その目は前よりも鋭く、復讐に塗れていた。
「久しぶりね…Mrs 陽菜♡」
「お前……まだ諦めてなかったのか」
「当たり前でしょ?
あなたの首、前より値段上がってるのよ。
逃すわけないじゃない」
女は笑いながら砂を蹴った。
次の瞬間、ナイフが月光を裂き、俺へ一直線に飛び込んできた。
■再戦の幕開け
俺はAK74を構え、引き金を絞った。
*ダダダダッ!*
女は身体をスライドさせながら“ほぼ地面に貼りつくような姿勢”で弾を回避。
「遅い。読めてるのよ、全部♡」
一気に距離を詰め、俺の銃口を外側に弾き飛ばす。
次の瞬間には、女のナイフが俺の首元を掠めていた。
「ちっ!」
俺は銃を捨て、肉弾戦へと切り替える。
拳と蹴りが砂煙の中で交錯し、互いの呼吸が荒くなる。
女は華奢なのに、動きは異常に強い。
筋力よりも、訓練量と経験で殴り合うタイプだ。
何度殴っても、何度蹴っても決着がつかない。
「あなた、前より強くなってるじゃない…」
「そっちこそ…しぶといんだよ!」
俺の拳が女の頬を捉え、女の膝蹴りが俺の脇腹を抉る。
互いの汗と砂が混ざり、呼吸が焼けるように熱い。
だが、女は突然距離を取ると――
ゆっくりとナイフを構えた。
「次は…決めるわよ」
■ナイフ決闘
俺もベルトからナイフを抜き、逆手に構える。
呼吸が止まる。
女の足が、一度砂を踏みしめて――
次の瞬間、一気に踏み込んだ。
*ガキンッ!*
刃と刃がぶつかり、火花が散る。
腕に衝撃が走り、俺の呼吸が乱れる。
膠着。
力比べ。
女の顔が至近距離で笑う。
「ほらほら…どうしたの、陽菜♡」
「…黙れ!」
押し返すが、均衡は崩れない。
砂の上で、互いの足が滑り、力は互角。
女は刃を押し込みながら耳元で囁いた。
「ねぇ…利き腕。どっち?」
「…ッ!」
刃の角度を変えた瞬間、女の膝が俺の右肘へ打ち込まれた。
*ボゴッ!*
「があああああッ!!」
嫌な音が、骨の奥から響いた。
折れた。
右腕が、ぶらりと下に垂れた。
ナイフが地面に落ち、俺は膝をついた。
「ふふ…折れた音、聞こえた?
これで終わりよ、Mrs 陽菜」
女はナイフを逆手に持ちかえ、ゆっくりと俺へ歩み寄る。
俺は左手だけで抵抗しようとしたが、力が入らない。
「ここまでよ。
楽しませてくれてありがとう」
女の影が、俺の上に覆いかぶさった。
「……父さん、ごめん」
もう、終わる。
――その瞬間。
乾いた風を裂く足音。
そして砂煙。
「離れろ」
聞き慣れた声。
アフガンストール。
銀のデザートイーグル。
**情報屋だった。**
■情報屋のCQB
女賞金稼ぎが振り返る。
「またあんた!? いい加減に――」
彼女が言い終わる前に、
情報屋は、滑るような速度で女の懐へ入り込んだ。
・ナイフを持つ腕を外側に弾き
・脇腹へ肘を叩き込み
・顎へ掌底を撃ち上げる
すべてが急所へ、正確に、致命的に。
女が叫ぶ間もなく、情報屋は首を掴んで引き寄せた。
「Mrs 陽菜に触るな」
その囁きと同時に――
*ゴキッ*
女の首が不自然な角度で折れた。
賞金稼ぎは砂の上に崩れ落ち、もう動かなかった。
■救いの影と、意識の消失
情報屋は倒れかけていた俺の身体を支えた。
「陽菜、腕を見せろ」
「……折れた……くそ……痛ぇ……」
「分かっている。すぐに運ぶ」
情報屋の腕は、予想外に温かくて強かった。
俺はそのまま力が抜けていき、頭がぐらぐらする。
「……なんで……また助けるんだよ」
「理由は一つだ。
お前はまだ、死んではいけない」
ストールの奥から、かすかなため息。
「俺には……“任された義務”があるんだ」
「誰に……?」
「そのうち分かる」
情報屋の声が遠くなる。
視界が暗転していく。
「……陽菜、目を閉じるな」
無理だ。
もう。
俺は安心と痛みの中で、静かに意識を失った。
■意識の底で揺れる声
暗闇の中、誰かが俺の名前を呼んでいる気がした。
遠く、深く、砂の底から響くように。
「陽菜。起きろ」
誰だ。
次に、冷たい布が額に触れた。
その瞬間、俺は微かに目を開けた。
ぼやけた天井。
薬品の匂い。
見慣れないランタン。
そして、包帯で固められた右腕。
俺はベッドに寝かされていた。
「目が覚めたか」
その声で、俺はすぐに気づく。
情報屋だ。
アフガンストールで顔を覆い、銀色のデザートイーグルを腰に差した、あの男が椅子に座っていた。
「……ここは……どこだ……?」
「俺の拠点だ。気にするな、敵には見つからん」
彼の声はいつも通り低く、乾いた砂漠のようだった。
■死の淵からの救出
「お前は腕を折られ、出血も多かった。
気を失ったまま放置すれば……二時間で死んでいた」
「……助けてくれたのか」
「いや」
素直じゃないやつだ。
俺は痛む右腕を見下ろした。
厚いギプスで固定され、肩から吊り下げられている。
「骨は折れたが、神経は無事だ。
一ヶ月で撃てるようになる」
「……一ヶ月もかかるのか」
「命があっただけで儲けものだ」
情報屋は立ち上がり、俺の額の布を取り替える。
その動きは無駄がなく、迷いがなく、
そして――驚くほど、優しかった。
俺は思わず聞いてしまった。
「なんで……俺を助ける?」
情報屋は答える代わりに、俺の頭を軽く押さえた。
「聞きたければ、まずは体を治せ。
それからだ」
はぐらかされたが、その声音には妙な温かさがあった。
■看病と静かな夜
数日が過ぎた。
情報屋は無口のまま、
しかし毎日、食事を運び、
体温を測り、
傷の消毒をし、
俺の寝返りさえ手伝った。
敵のように冷たい顔をして、
味方のように丁寧だった。
夜、拠点の外で砂嵐の音が響く。
「なぁ……情報屋」
「なんだ」
「お前、名前は?」
情報屋は手を止め、俺を見る。
「名前は教えられん」
「……俺は自分の名前、教えたのにな」
「知っている。Mrs 陽菜だ」
あいつ、本気で言ってたのか、それ。
俺は何度目かのため息をついた。
■情報屋の正体
ある夜、目が覚めると、情報屋がライフルを整備していた。
L96A1。
暗殺者の武器にしては、妙に古い見た目。
俺は布団から顔だけ出して言った。
「なぁ、ひとつ聞かせろ」
「……」
「お前…ただの情報屋じゃないだろ」
情報屋は一瞬だけ動きを止めた。
月明かりが拠点の窓から差し込み、
彼の瞳を照らす。
沈黙のあと、ゆっくり話し始めた。
「俺は……
“さすらいの武器商人”に教わった」
息が止まった。
「黒崎…健太にか?」
情報屋はわずかに頷く。
「そうだ。
俺はあの男の…教え子だ」
胸が熱くなる。
あいつ―父さんの、弟子。
「国は…?」
「アフガニスタンだ」
「年齢は?」
「三十」
そして、続けて言った。
「俺のコードネームは《ジャッカル》」
それ以上は語らなかった。
本名も、過去も、なぜ父と別れたのかも。
ジャッカルは武器だけを丁寧に拭き、
俺の視線を避けるようにして言った。
「黒崎健太は…すべてを俺に教えた。
戦い方も、生き方も、逃げ方も。
だが…最後に言い残したのは、ただ一つだ」
俺の心臓が高鳴る。
「“陽菜を守れ”。
それだけだ」
息が止まった。
涙が出そうになった。
父さん…
そんなことを…。
ジャッカルは、俺の動揺を見ても表情を変えなかった。
「それが俺の…義務だ」
それだけを言い残し、
ジャッカルはランタンを消した。
拠点は闇に包まれた。
■そして、消える
翌朝。
目覚めると、拠点は静まり返っていた。
机の上には、包帯の替えと水、
それから一枚の紙が置かれていた。
**“Mrs 陽菜
お前はもう動ける。
俺の役目は終わりだ。
拠点の入口には、砂を踏んだ形跡。
ジャッカルはどこにもいなかった。
本名も、過去も、
姿さえ、砂漠に溶けるように消えた。
ただ――
父が託した“守護者”だけが
静かに俺の傍を離れていったのだ。
俺は目を閉じた。
「ありがとな。ジャッカル」
右腕の痛みが、妙にあたたかく感じた。
■砂漠の真ん中でヨガ
――灼熱の砂漠。
普通なら、影に隠れて体力温存…のはずである。
だが私は違う。
「太陽礼拝――!」
叫びながら、私はビキニ姿で両手を空に掲げた。
砂漠の砂はアツアツで、足の裏が少し痛い。
けど、問題ない。
私はこの砂漠のど真ん中で、ヨガをしていた。
筋肉と精神の鍛錬。
呼吸の練習。
狙撃のための集中力向上。
どれも大切だ。
それに、暇だった。
そんなときだ。
砂を踏む音がした。
ザッ……ザッ……
誰かが私の後ろに立つ。
私はポーズのまま、ちらりと後ろを見た。
アフガンストールで顔を覆った、長身の男が立っていた。
砂色の衣服。
腰には銀色のデザートイーグル。
片目だけが、獣のように鋭い。
「…誰?」
私はゆっくりとポーズを解き、男の方へ振り向く。
男は低い声で、ぽつりと言った。
「女。無防備すぎる」
「おんな、女!?
マリアって名前があるんですけど!?
っていうか、誰よアンタ!」
男は無視して足元の砂を見つめた。
「面白い生き物がいる」
「生き物!? 何!? どこ!?」
私は食いついた。
砂漠に生息する新種の生物――
それは魅力的だ。
男は、淡々と答えた。
「情報は金だ」
「情報屋!? あんた、情報屋なの!?」
男は頷き、ポケットから小さな紙を取り出す。
そこには、奇妙な虫の絵が描かれていた。
「“サハラ・ホーン・ランナー”。
砂漠特有の新種の昆虫だ。
甲殻が硬く、角が特徴。
珍しい。高値で取引される」
「虫……!?
高値……!?
角つき……!?
すっごい! 見たい!」
私は興奮で目を輝かせた。
男――情報屋は静かに言った。
「売るか?」
「もちろん! 買う!」
私は即答した。
情報屋は値段を言ったが、なぜか破格の安さだった。
怪しい。
でも構わない。
私は近くのバッグから金を取り出す。
男は礼も言わず、ただひとこと。
「女、気をつけろ」
「マリアって名前があるってば!!」
情報屋は無視して、風のように立ち去った。
残されたのは――
紙に描かれた、不思議な虫のスケッチ
■マリア、虫を探しに砂漠へ全力ダッシュ
「よーし、新種の虫探すぞぉ!!」
私はスケッチを握って砂漠を走り出した。
砂漠の地平線まで、どこまでも走る。
「うおおお!
新種の虫ぃぃぃぃ!!」
ビキニ姿のまま、砂漠を全力疾走するスナイパー。
誰がどう見ても変人だ。
走ること一時間。
砂の中からガサガサッと音がした。
「いたぁぁぁああ!!」
と飛びついた瞬間――
「痛っっ!! これ違う! サソリ!!」
跳ね上がったサソリが、尻尾を振り上げて威嚇する。
私は泣きながら逃げた。
それでも、探す。
さらに二時間後。
小さな影が砂の上を走る。
角のある昆虫。
コロコロ転がって、不思議な動き。
「いたぁぁぁああああ!!
お前かぁぁああ!!」
私は戦場のとき以上の気迫で飛びついた。
両手で包み込むように捕獲。
「やった!!
本っ当に新種の虫だ!!
情報屋すごい!!」
私は虫をケースに入れ、
砂漠を走りながら、ひとり興奮していた。
■マリア、情報屋を探すが見つからず
「おーい、情報屋ー!
どこー!?
マリア助かったよー!」
しかし砂漠は広い。
さっきいた方向を見ても、どこにもいない。
まるで最初から影だったかのように。
私はため息をついた。
「変な奴
けど、悪いやつではなさそう…かな?」
砂漠の風が吹いた。
虫ケースの中で、新種の虫が角をピコピコさせる。
「ふふ……
いい収穫だったわ」
私は満足げに笑い、
ケースを抱えて砂漠の基地へ戻っていった。
このあと、陽菜に虫を自慢してドン引きされることを
私はまだ知らない。
任務帰り、陽菜は砂漠でマリアと再会する
任務を終え、俺は砂漠の簡易ルートを歩いていた。
体力をほとんど消耗して、汗と砂で身体はボロボロだ。
「…今日はもう、のんびり帰るだけにしたい」
そんな静かな帰路に――
「陽菜ぁぁぁぁぁああ!!
ちょっと見てぇぇぇぇ!!」
遠くから、バカみたいに元気な声が砂漠に響いた。
俺は顔を上げる。
ビキニ姿の変人スナイパー、マリアが
砂煙を上げながら全力疾走してくる。
「…嫌な予感しかしない」
マリアは、俺の目の前で急ブレーキをかけた。
「見て!! 新種!! 新! 種!!」
ズイッ、と俺の顔面にプラスチックケースを突き出す。
中には、角の生えた奇妙な昆虫が
ピコピコ動いていた。
「俺…虫ダメなんだけど」
「え、陽菜苦手なの!? かわいい!」
「かわいいって言うな!!
それより顔に近づけるんじゃねぇ!!」
俺は必死に後ずさった。
マリアは虫ケースを抱えて嬉しそうだ。
「この子ねー! 情報屋に教えてもらったの!
“サハラ・ホーン・ランナー”っていう新種!」
「…情報屋?」
俺は眉をひそめた。
その単語だけは聞き逃せない。
「情報屋って…お前も会ったのか?」
「うん! さっき会った!
変な布で顔隠した男でね、何かずっと私のこと“女”呼ばわりしてきてさ!」
「…間違いなくジャッカルだ」
あの得体の知れない情報屋。
陽菜を“Mrs陽菜”と呼ぶ変な男。
デザートイーグルを携え、気配が薄い男。
マリアが無傷で会話できたことが奇跡だ。
「で、マリア。情報屋から何を聞いた?」
俺が真剣に問うと――
マリアは満面の笑みで答えた。
「虫!」
「…虫?」
「虫!! 新種の虫!!」
「…他には?」
「虫!」
「任務に関する情報とか、敵の動きとか…そういうのは?」
「ない! 虫!」
「虫しか聞いてないのかよ!!!」
俺は思わず叫んだ。
マリアは不思議そうに首をかしげる。
「だって私、虫好きだし?
情報屋も新種を教えてくれるって言ってきたし?
実際、ちゃんといたし!!」
「いや…いたからって…」
俺はこめかみを押さえて深くため息をついた。
マリアは本当に悪気はない。
ただ、変人なだけだ。
虫ケースを大事に抱えて、嬉しそうだ。
「陽菜にも見せたかったの。ほら、角かわいくない?」
「かわいくない!! てかそれ近づけるな!!」
「陽菜虫ダメなの珍しい~!
あ、分かった、新種だから怖いんだ?」
「違ぇよ!!!」
マリアは気にせず、情報屋の話を続ける
「にしてもあの情報屋…変な雰囲気してたね。
なんか無表情で、静かで……ああいうの好みかも」
「お前…ジャッカルに惚れるのか?」
「別に惚れてはないけど!」
マリアは照れたように顔を赤くした。
俺は頭を抱える。
「で、ジャッカルが何か言ってなかったか?
俺のこととか…他の事とか」
「うーん……」
マリアは虫ケースを大事に撫でながら言う。
「最後にね。“女、気をつけろ”って言われた」
「女じゃねぇよ
名前で呼べって言えよ…」
「いや言ったよ、けど、その前に虫の話もっとしたかったんだよね。
あの人さ、意外と虫に詳しくて――」
「虫の話はもういい!!!」
俺の叫びが、砂漠に虚しく響く。
陽菜は心底呆れる
俺は深く息を吸い、マリアにやさしく言った。
「なぁマリア。
情報屋ってのは危険な存在なんだ。
敵でも味方でもない。
金と気分で誰も殺すし、救う。
そういう奴だぞ?」
しかしマリアは――
「それより虫!」
「お前ほんとにどうかしてる…」
俺は地面に膝をつきたくなった。
マリアは嬉しそうに虫ケースを見つめている。
「陽菜もさ、虫平気になれば世界広がるよ?」
「広がらない!!」
「ねぇねぇ、この子飼っていい? 名前つけよっか?」
「勝手にしろ…ただ、俺の前に近づけるなよ」
「はぁい!」
マリアは本当に幸せそうだった。
俺は虫から距離を取りつつ、空を見上げた。
「…はぁ。
この女、やっぱり変人だ…」
だがどこか、少しだけ、笑ってしまった。
砂漠の夕暮れ、陽菜とマリアは任務帰りだった
砂漠の風が、夕陽を切り裂くように吹いていた。
俺―は、任務を終え、汗と砂を拭いながら歩いていた。
隣では、例のごとくマリアがテンション高く喋っている。
「陽菜ぁ、今日の私のスナイピング見た!?
ほら、あそこで――」
「お前、歩きながら喋り続けると死ぬぞ…」
「死なない!」
マリアは元気だ。暑さの概念がないらしい。
その時だった。
砂煙がふわりと舞い、
どこかで聞いた気配が近づいてくる。
俺はとっさに銃を構えた。
「気配…薄い。
多分あいつだ」
マリアがきょろきょろ周囲を見渡す。
そして――
アフガンストールを被った男が、
まるで影から滲み出たように現れた。
無造作にデザートイーグルを腰に下げ、
落ち着いた黒い目。
情報屋――
**ジャッカル。**
「…久しいな、Mrs陽菜」
「お前…また突然現れるんだな」
マリアが警戒しつつ言った。
「は? なに? 陽菜の友達?」
「友達じゃない。情報屋だ」
男はマリアを一瞥し、
スッと顎に手を当てた。
「ふむ…お前か。前に虫の情報を買った女」
マリアはにっこりした。
「そう! 新種の虫の情報くれたよね! あれ可愛かった!」
ジャッカルは無表情で言い放つ。
「今日から、
お前の呼び名を変える。」
「え?」
「乳のデカい女。」
「…は?」
砂漠の風が、絶妙に静まった。
マリアの笑顔が、一瞬で消える。
「…ちょっと待て。
なに今の。ねぇ陽菜、今なんて言った?」
俺は肩を震わせた。
止められない。
笑いが込み上げてくる。
「ぷっ…ふっ…
はははははははは!!!!
あはははは!!!!」
マリアが俺の肩を掴む。
「笑うな陽菜!!!」
「いや無理だろ!!!
お前の呼び名“乳のデカい女”って!!
ははははは!!!」
ジャッカルは淡々としている。
「特徴を正確に捉えた呼称だ。
お前を“女”と呼ぶと紛らわしい。」
「紛らわしくねぇよ!!!」
マリアは顔を真っ赤にして叫んだ。
「ふざけんじゃないわよあんた!!
そのデザートイーグルで殴るぞてめぇ!!!」
「暴力的だな、乳のデカい女。」
「やめろって言ってんでしょおおおおお!!」
俺は腹を抱えて転げ回りそうだった。
「おい
陽菜笑いすぎ!!!」
「無理!!
お前の渾身の怒りより呼び名の方が面白すぎる!!」
マリアは本気で怒っていた。
しかし、その時だった。
――パンッ。
乾いた銃声。
ジャッカルの目だけが鋭くなる。
「敵だ。」
砂丘の上から、複数の影が姿を現した。
全員重武装―
しかも明らかに陽菜とマリアを狙っている。
マリアが叫ぶ。
「くそっ、陽菜! やるわよ!」
俺は
笑いを止め、銃を構えた。
「了解――っと!」
ジャッカルは無造作にデザートイーグルを抜き、
一発だけ撃った。
敵狙撃手の頭が砂丘に沈む。
マリアが驚く。
「え、何今の…
あんな距離をハンドガンで?」
ジャッカルは軽く首を傾けた。
「乳のデカい女、下がれ。
邪魔だ。」
「誰が邪魔だってぇぇぇぇ!!」
だが怒りながらも、マリアは俺の横に下がる。
敵が一斉に撃ってきた。
砂が跳ね、空気が鋭く裂ける。
俺は低く走りながら射撃。
マリアは俊敏に狙撃。
ジャッカルは――まるで踊るように近接へ入り、
機関銃兵を瞬時に仕留めていく。
その動きは静かで、狂気じみていた。
マリアが歯噛みする。
「くそっ…ムカつくけど…
強すぎるのよねこいつ…!」
「だな…あいつマジで化け物だ」
最後の敵がジャッカルのナイフで倒れた。
砂漠に静寂が戻る。
マリアは息を荒げながら叫んだ。
「おい情報屋! もう一回言ってみなさいよ!」
ジャッカルは無表情のまま。
「…乳のデカい女。」
「殺す!!」
俺はその場に膝をついて、笑いが止まらなくなった。
「ははははは!!
ごめんマリア!!!
でもこれはマジで笑う!!」
「陽菜! 後で覚えてなさいよ!!」
ジャッカルは陽菜へ視線を移し、小さく言う。
「Mrs陽菜。
次は任務の情報を届ける。
それまでに、この“乳のデカい女”を落ち着かせておけ。」
「殺すって
言ってんでしょうがぁぁぁ!!!」
敵よりうるさいマリアの怒鳴り声が
砂漠に響き渡った。
そして俺は、久しぶりに心から笑っていた。
砂漠の補給ポイント
砂嵐が止んだ午後。
マリアは補給任務のため、古い廃村へ足を運んでいた。
水と弾薬を拾って帰るだけ。
本来なら簡単な任務のはず――
だがマリアはどこかそわそわしていた。
「情報屋……あいつ最近
陽菜の周りに出没してるし。
また会いそうで嫌だわ……」
そう呟いた直後だった。
――砂の向こうから、影が歩いてくる。
黒いストール。
無駄な音の一切ない歩き方。
腰にはシルバーのデザートイーグル。
「…お前か。乳のデカい女」
「言うなって言ってんでしょおおお!!」
マリアは全力で怒鳴った。
だがジャッカルは全く気にしていない。
むしろ――今日はいつもより、妙だ。
ジャッカルが片手で何かを持ち上げていた。
赤いリンゴ。
しかも、じぃっと凝視している。
マリアは眉をひそめた。
「…なにそれ?」
「リンゴだ。」
「いや見れば分かるわよ!
なんでそんな真剣な顔して見てんのよ!」
ジャッカルは少し首を傾げる。
「……これを撃つと爆発する可能性があると聞いた。」
「爆発!? 誰よそんなデタラメ吹き込んだの!?」
「通りすがりの商人が言っていた。」
「絶対ウソよ!!」
ジャッカルはリンゴをつまみ、角度まで変えて観察していた。
「…小型爆弾に見える。」
「見えないわ!!!
ただの果物よ!!! なんでそんな真剣なのよ!!」
マリアは思わず叫ぶ。
(やっぱこいつ…陽菜だけじゃなくて
私の周りにも変人集まるの?)
そこで、ふと気づいた。
ジャッカルの目がリンゴから離れた。
風の流れが一瞬だけ変わった。
マリアも、その意味を理解する。
――気配。
「…敵?」
ジャッカルは短く答えた。
「二十。
こっちへ向かっている。
おそらく、お前を殺しに来ている。」
「は!? 二十!? 一人で!? なんで私なのよ!!」
ジャッカルはリンゴを静かにポケットへしまった。
「乳が――」
「それ言ったら殺すからね!!?」
「……気にするな。
敵はもう近い。」
その言葉と同時に。
――銃声が砂を裂いた。
マリアが咄嗟に転がり、背後に回る。
敵が四方から襲いかかってきた。
砂埃が舞い、弾丸が地面を跳ねる。
マリアは歯ぎしりする。
「くそっ、多すぎる……!」
焦りが胸を掠めた、その瞬間――
ジャッカルが動いた。
無音の踏み込み。
まるで影そのもの。
デザートイーグルが閃き、
一人目の頭が吹き飛ぶ。
二人目が反応する前に、
ジャッカルはすでに懐へ入り、
肘と膝の連撃で顎を粉砕。
「速…っ!」
マリアの目が追いつかない。
敵ガンナーが軽機関銃を構える。
ジャッカルは銃弾を紙一重で避け、
前へ滑るように踏み込み――
ナイフを取り出し、
喉を一閃。
そのまま銃を奪い、
反転しながら五人まとめて掃射。
――二十秒もかからなかった。
砂漠に、再び静けさが戻った。
ジャッカルはポケットからリンゴを取り出し、
またじっと見つめ始める。
マリアが思わず叫ぶ。
「ちょっと!? 戦闘の直後よ!?
なんでまたリンゴ見てんのよ!?」
ジャッカルは真顔で答える。
「爆発するのか、しないのか。
まだ判断できない。」
「だから爆発しないって言ってるでしょ!!!」
ジャッカルは少し考え、言った。
「…乳のデカい女。」
「言うなぁぁぁぁぁ!!!」
マリアの絶叫が砂漠にこだました。
そしてその横で、
ジャッカルは無表情のままリンゴを一口齧る。
「…甘い。
爆発はしないようだ。」
「当たり前でしょ!!!!!」
「砂漠の組手」
■夕暮れの廃基地
砂漠に沈む夕日。
古いコンクリートの壁が、長い影を作っていた。
任務を終えたマリアは、廃基地の広場に立っていた。
息は軽い。身体も温まっている。
――決めた。
今日はあの情報屋に勝つ。
見渡せば、そこに奴がいる。
黒いストール、無駄のない立ち姿、シルバーのデザートイーグル。
情報屋――ジャッカル。
マリアは歩み寄り、真正面に立つ。
「アンタ、ずっと気になってたのよ。
一回……格闘戦で勝負しなさい。」
ジャッカルの目が細く動いた。
「……なぜだ。
お前に勝っても得はない。」
「いいからいくわよ、この変人!」
「勝手に始めるな。」
だがジャッカルは逃げなかった。
■陽菜、偶然通りかかる
任務帰りの陽菜は、静かな風の中で歩いていた。
「……ようやく終わった。
早くテントに帰って寝たい……」
そのとき、前で砂煙が舞い上がる。
陽菜は足を止める。
「ん? ……あれは……マリアと、ジャッカル?」
マリアが飛び蹴り。
ジャッカルが片手でそれを受けて弾く。
「は!? 何やってんだアイツら……!」
止めようと足を進めかけた陽菜だったが、
すぐ気づく。
――撃ち合いではない。殺し合いでもない。
力比べだ。
陽菜は呆れた息を吐いた。
「……勝手にやってろ。俺の手間じゃないな。」
そして遠目からじっと見守ることにした。
■マリア vs ジャッカル 本気の格闘
マリアが蹴りを放つ。
砂が舞い、空気が鳴る。
だがジャッカルは違う。
無駄な動きが一つもない。
静かに歩くように避けるだけ。
「ちょこまかと逃げないでよ!」
「逃げてはいない。
ただ、お前の動きが読めるだけだ。」
「くっ……!」
マリアは拳を繰り出す。
右、左、下段、回し蹴り。
速さはある。
だがジャッカルはさらに速い。
マリアの攻撃が一つも当たらない。
陽菜の目が細くなる。
「…うわ、レベル違うなあれ。」
ジャッカルは突然、懐に踏み込んだ。
マリアが気づいた瞬間――
彼の手刀がマリアの腹を軽く突いた。
「ぐっ……!」
その衝撃は、内臓の奥に響く。
次の瞬間、マリアの視界が反転した。
ジャッカルの投げ技だ。
地面に背中から叩きつけられる。
ドンッ!!
陽菜は思わず眉をひそめた。
(痛そ……)
マリアが歯を食いしばりながら立ち上がる。
「…まだよ!!」
「やめておけ。
ここから先は本気になる。」
マリアは息を切らしながら笑った。
「望むところよ……っ!」
突撃したマリア――
だが。
ジャッカルの肘が一瞬動いただけで、
マリアの顎が跳ね上がる。
次の瞬間、ジャッカルの足払い。
マリアの身体が再び宙を舞い、砂に叩きつけられる。
「…勝負ありだ。」
完全勝利だった。
マリアは砂の上で苦笑する。
「……はぁ……負けた……」
■アドバイス
ジャッカルは倒れたマリアを見下ろす。
「お前、悪くはない。
だが……力に頼りすぎだ。」
マリアは目を丸くした。
「……え?」
「肩に力が入りすぎている。
拳を打つたびに足が止まる。
もっと楽に動け。
筋肉ではなく、重心を使え。」
まさかのアドバイスだった。
マリアは唖然とし、そして…ほんのり赤くなる。
「…え。や…優しいじゃない…」
ジャッカルは完全無視して歩き去ろうとする。
マリアが慌てて叫ぶ。
「ねぇ! 褒めてくれたのよね!?
ちょっと惚れてもいい!?」
ジャッカルは一切振り向かず言った。
「……乳のデカい女は黙れ。」
「言うなって言ってんでしょおおお!!」
■陽菜、呆れ果てる
遠くから見ていた陽菜は頭を抱えた。
「……アホだなほんと。
なんで惚れてんだよ……」
マリアは砂を払いながら嬉しそうに叫ぶ。
「陽菜! 聞いた!?
あいつ、私にアドバイスしてくれたのよ!
絶対私に気があるわ!」
陽菜は溜息しか出ない。
「ねーよ。
本気で言うけど、ねーよ。」
「ええ!? そこまで言う!?」
陽菜は肩をすくめた。
「マリア……
お前の恋愛はいつも方向がおかしいんだよ。」
マリアは砂に突っ伏した。
「うわあああああん!!」
ジャッカルはそのまま夕暮れに消えていった。
――マリアを完全に無視したまま。
マリア・デルガドは、砂漠の岩山に身を伏せていた。
任務は敵基地の偵察。
距離は約2.4km。
使用銃は TAC-338。
環境は熱風、強烈な陽射し。
「……ふぅ、今日もクソ暑いわね」
額の汗を拭いてスコープを覗く。
敵基地の門前では、兵士が何やら老人の肩を掴んで怒鳴り散らしていた。
「何よ… 年寄りいじめとか趣味悪すぎるわね」
老人は背中を曲げ、腰を支え、杖をつき、
見るからに弱々しい。
敵兵は老人を押し倒し、銃を突きつけた。
マリアは呼吸を整え、狙撃姿勢に入る。
「撃つわよ…」
しかし、引き金に触れた瞬間。
マリアの直感が囁いた。
――おかしい。
この老人、**怖がっていない**。
敵兵が罵り、蹴りつけても、老人は動じない。
スコープ越しにマリアの眉が寄る。
「……ちょっと待ちなさいよ。何その余裕……?」
そして次の瞬間。
老人の動きが消えた。
いや、消えたように見えただけだ。
マリアが理解した時には、敵兵の喉が裂け、別の敵の首が折れていた。
老人はまるで道端の石を拾うような軽さで殺した。
マリアは TAC-338 を抱えたまま呆然とした。
「…は? え? は??」
■正体が露になる
老人は倒れた敵兵から武器を奪い取る。
SVD(ドラグノフ・スナイパーライフル)だ。
その動作がまるで熟練の傭兵。
老人は敵兵の血を払うように手を振り、
そして……
ゆっくりと付け髭を外す。
スコープ越しに映った顔。
浅黒い肌、男前の輪郭、冷えた目。
マリアの呼吸が止まった。
「え……ちょ……待って……
イケメンじゃない…? 誰……?」
しかしその直後、
彼が首元に巻いた布に気づく。
アフガンストール。
いつもの色。
いつもの巻き方。
マリアは口を押さえた。
「え……嘘……あれ……ジャッカルじゃないの……!?
ちょ、ちょっと待って……なんで老人のフリなんて……」
ジャッカルは誰もいなくなった門の前でゆっくりと SVD を構えた。
その姿は、
本物のスナイパーだった。
■SVDの銃口が、こちらを向く
マリアはスコープ越しに目を凝らす。
「あいつ……何するつもり……?」
しかし
その答えはすぐに出た。
ジャッカルのポジションは……
完全にマリアの方角。
「うそでしょ……私……狙われてる?」
次の瞬間。
**パンッ!!!**
マリアの横を、砂が爆ぜた。
頬をかすめる熱風。
弾道を理解した瞬間、マリアの顔は真っ青になった。
「……頭……掠った……!?
2キロ以上あるのに……!?
SVDで……!?ありえない……!」
ジャッカルはスコープ越しに何かを言っているように見える。
読唇するとこうだった。
見えているぞ、乳のデカイ女
マリアは震えた。
「アンタ……化け物……!?」
だが、同時に胸が高鳴る。
「……惚れた……」
■ジャッカル、悠然と去る
ジャッカルはSVDを肩にかけ、
敵基地の奥へ消えて行った。
まるで老人の介護でもしていたかのように自然に。
スコープ越しでしか見ていないのに、
存在感が圧倒的だった。
マリアは TAC-338 を抱えたまま、砂の上に倒れ込む。
「……なんなのよアイツ……
イケメンで……強くて……
スナイプまでできて……
老人の演技まで完璧……
意味わかんない!」
高鳴る心臓を押さえながら、
彼の消えた方向を見つめ続けた。
砂嵐の中へ、あの男は再び姿を消した。
-■独り言
「ねぇ……ジャッカル……
アンタ、何者なの……?」
マリアは頬を赤くしながら呟いた。
そして TAC-338 を抱えたまま、笑った。
「……絶対、もう一回会うわ。
次は……私が驚かせてやる。」
砂漠の夕日は、
そんな彼女の決意を照らしていた。
■追跡開始
砂漠の偵察任務を終えた翌日。
マリアは街外れの丘から双眼鏡を覗いていた。
「いた…! あのストールの巻き方、見間違えようがないわね」
ジャッカルが、街の市場へ向かっていた。
老人に化けて敵兵を瞬殺した男──
2km以上先からSVDでマリアの頭をかすめた化け物スナイパー。
そして、なぜか妙にイケメン。
マリアは唇を噛む。
「今日こそ正体を暴く……いや違う、別に惚れたとかじゃない……し……!」
自分へ言い訳しながら、マリアは市場へ滑り込んだ。
■市場での“奇妙な習性”
市場は活気に満ちていた。
香辛料の匂い、呼び声、暑さ。
ジャッカルは露店の前に立っていた。
その手には真っ赤なリンゴがひとつ。
マリアは物陰に隠れながら覗く。
「……またリンゴ……。てか何その顔、何か考え込んでるし……」
ジャッカルはリンゴをじっと凝視していた。
まるで、リンゴの物理法則を一から考え直しているかのように。
露店の親父が苦笑する。
「兄ちゃん、リンゴを見るのはもういいから、早く買ってくれよ……」
ジャッカルは軽く頷き、リンゴを4つ袋に詰めて金を払った。
その表情はひたすら真剣。
マリアは遠目で呆れた。
「何よ……あれ……。
戦場であんなに強いのに、リンゴには弱いの?
どういう趣味?」
だが、彼の横顔を見るたびに胸が高鳴る。
■尾行開始
ジャッカルはゆっくりと市場を離れた。
マリアは距離を取って尾行する。
気配は極力殺した。
「ふふ…女スナイパーを舐めないでよ…
気づかれない距離で追ってあげる」
しかし。
ジャッカルは歩きながら、
**尾行に気づいている者の歩き方**をしていた。
無意識に監視カメラの死角を避け、
路地に入る角度を変え、
逆光を常に背負う。
マリアは眉をひそめた。
「……こいつ、本当に気づいてないの?
いや、気づいてる?
どっちよ……!」
彼は迷わず砂漠の奥へ向かっていった。
■秘密拠点の扉の前で
朽ちた小屋。
窓のないコンテナ。
風に揺れるアフガンストールの端。
遠くで鳴く砂漠の鳥。
ジャッカルが無言で扉を開けた。
そして、入る前に背後へ向かって言う。
「…乳のデカイ女。そこに立ってないで入れ。」
マリアの心臓が止りかけた。
「……バレてた……!
最初から!?」
ジャッカルは振り返らず言う。
「尾行が下手ってわけじゃない。俺が慣れてるだけだ。」
マリアはショックで固まる。
「くっ……悔しい……!
でもかっこいい……」
複雑すぎる感情を抱えながら、彼の拠点に足を踏み入れた。
■ジャッカル、突然の“家庭的行動”
拠点は簡素だが、綺麗に整えられていた。
銃器が丁寧に並べられ、
古いラジオが砂漠のノイズを流している。
ジャッカルはリンゴの袋を台に置き、
黙ってナイフで皮を剥き始めた。
マリアはキョロキョロと室内を見回しながら聞く。
「……ねぇ。なんでリンゴ買ったの?」
ジャッカルは答えない。
ただ淡々とリンゴを刻んでいく。
鍋にバター、砂糖。
シナモンの香り。
マリアの目が丸くなる。
「え……
ちょ、ちょっと待って……
アンタ……何作って……?」
ジャッカルは一言だけ言う。
「アップルパイだ。」
マリアの胸に衝撃が走った。
「はぁぁ!?
戦場の化物スナイパーが……!!?
アップルパイぃ!?!?」
しかし香りが最高すぎて文句が出ない。
■振る舞われるアップルパイ
焼き上がったアップルパイを、
ジャッカルは何も言わずマリアに差し出した。
マリアは恐る恐る一口。
「……っ……おいしい……!
え、何これ……プロ……?」
ジャッカルは椅子に座り、遠くを見ている。
マリアはパイを頬張りながら興奮して叫ぶ。
「すごい! マジですごい!
てかね、見てたんだからね!
あの狙撃!
2キロ離れて頭を掠めるなんて人間じゃないわよ!?」
ジャッカルは完全に無視してコーヒーを淹れている。
マリアの心臓は爆発寸前。
「嘘でしょ……ガン無視……?
私、ここまで近くにいるのに……
こんなにときめいてるのに……
なんで無視するのよ……!!
……でも好き。」
完全に恋に落ちている。
■ジャッカル、静かに一言
マリアはしばらく騒いだ末に黙り込む。
ジャッカルはふとマリアを見た。
**「尾行は悪くなかった。次はもっと距離を取れ。」**
その一言だけ。
マリアは頬を赤くする。
「……アドバイス……くれた……
やっぱ好き……!!」
ジャッカルは再び無視してコーヒーを飲んだ。
マリアはアップルパイを抱えながら心の中で叫ぶ。
「絶対また追うからね……!!
今度は見つからないようにしてやる!」
ジャッカルはコーヒーカップを置き、ぼそりと呟く。
**「…どうせまたバレる。」**
砂漠に沈む夕日。
惚れた女スナイパーと、無関心な情報屋。
妙な距離感のまま、次の波乱が静かに始まる。
■新任務、始動
砂漠の朝は、やけに静かだった。
「また単独任務、ね……」
私の任務は「敵要人の暗殺」。
場所は砂漠にある小規模な前線基地。
標的は巡察を繰り返す指揮官。
* **TAC-338(サプレッサー付き)**
* **M45A1**
* **コンバットナイフ**
* 小さな偵察ドローン
砂丘の影に伏せ、スコープを覗く。
「見える……護衛4、巡回兵多数。
でも、標的はまだ出てこない。」
砂漠の風はゆるい。
射撃には最高の条件だ。
私は呼吸を浅くし、身体を完全に静止させた。
■標的出現
午前9時。
ゲートから出てきた男がいた。
「出たわね。」
護衛二人を引き連れ、基地周囲を歩き始める。
私はTAC-338のボルトを引く。
カチ……
長い息を吐き、トリガーに指をかけた。
**パァンッ!!**
サプレッサー越しでも響く重い音。
標的の頭部が弾け、護衛が反応するより先に倒れ込んだ。
「一撃、っと。」
だがその瞬間、
基地全域が警報を鳴らす。
「こっちに気づいた……早いわね!」
敵装甲車がこちらへ向かってくる。
■撤退戦
砂丘の影で体勢を立て直しながら、
私はM45A1を抜いて走り出す。
ダダダダッ!!
敵のPKM機関銃が砂をえぐる。
私は転がりながらナイフを抜き、
岩陰に飛び込んだ。
「……ちょっと数が多いんじゃない?」
狙撃で距離を空けることはできても、
追跡部隊が速い。
TAC-338を構え、走りながら牽制射撃する。
パシュッ
遠距離の兵士が崩れ落ちる。
パシュッ
もう一人。
だが敵は止まらない。
■近接戦闘
とうとう距離を詰められた。
「やれやれ……」
M45A1で迎撃する。
**バンッ! バンッ! バンッ!**
三名が砂に崩れる。
1人が背後から飛びかかってきた。
私は肘打ちで顎を砕き、
ナイフで喉を断つ。
砂漠の熱気の中、呼吸が乱れる。
「…ふぅ。任務完了、っと。
後は帰るだけだけど、面倒ね」
その頃。
■新任務
陽が傾き始めた砂漠で、
俺は無線を聞いた。
「陽菜、敵破壊工作部隊が砂漠補給線を狙って進行中。
迎撃しろ。」
「また俺一人かよ。」
装備はいつも通り。
* **AK-74(MROサイト+レーザー)**
* **M9**
* **コンバットナイフ**
* **火炎瓶 2本**
* **手榴弾 2つ**
「撃ち合いになりそうだな……」
俺は砂丘を駆け上がり、敵の影を探す。
■敵発見
双眼鏡越しに見えた。
トラック3台。
武装兵10名以上。
先頭にはPKMガンナー。
「何でいつも数が多いんだよ……」
AK-74を構えて深呼吸。
**ダダダダッ!**
最初の三人をヘッドショットで沈める。
敵は慌てて散開、反撃開始。
**ズガガガガッ!!**
PKMの掃射が砂丘を削り取る。
「やれやれ……!」
俺は手榴弾をピンを抜き、山なりに投げた。
**ドォン!!**
ガンナーが吹き飛ぶ。
■白兵戦
だが敵は猛進してきた。
一人が突っ込んでくる。
俺はナイフで迎撃する。
刃と刃がぶつかり、
腕に衝撃が走る。
「邪魔すんな!!」
腹に蹴りを入れ、膝で顎を砕き、
ナイフで心臓を一突き。
別の敵が背後から撃ってくる。
俺は即座に火炎瓶を投げる。
**ボゥッ!!!**
敵兵が炎に包まれ、砂漠に倒れる。
「暑いのに火炎瓶とか…俺も頭おかしいよな…」
しかし、まだ終わらない。
■増援
敵はトラックの荷台から追加で降りてくる。
「クソ……マリアじゃないけど、
これ絶対
仕事量おかしいだろ!!」
俺はAK-74をフルオートに切り替え、
弾を惜しまず撃ちまくる。
**ダダダダダダッ!!**
乾いた銃声が砂漠に響き渡る。
弾倉を替える。
汗が目に入り、視界がにじむ。
「ここで引いたら補給線が破られる…
やるしかねぇ……!!」
俺は最後の手榴弾を握りしめ、
突っ込んだ。
◆交差する影
マリアは撤退中、
遠方で聞き慣れたAKの連射を耳にする。
「……あれ、陽菜ね。撃ち方で分かる。」
陽菜は自分の戦闘区域の遠くに、
TAC-338の重い発砲音を聞いていた。
「この音……マリアか。
なんでまた戦ってんだよ……」
二人は互いの存在を確信しながらも、
遠い砂漠の中で別々に戦っていた。
砂漠の風が吹き抜け、
夜が迫ってくる。
それぞれの任務はまだ続く。
任務は終わった。
砂漠の夜風は少し冷たく、
体の緊張がほどけた途端、やけに心が軽くなった。
「……帰りに、寄っていこうかしら。」
任務帰りに立ち寄る場所がある。
砂漠の村の外れ、小さな秘密の拠点。
そこに“情報屋”がいる。
癖は強い。
性格も変わっている。
そして、なぜか――私は彼に惚れてしまっている。
理由なんて分からない。
彼の言動は失礼の塊だし、
私を見るたびに妙なことを言う。
でも、その不器用さが妙に胸に刺さるのだ。
情報屋の拠点
ドアを軽く叩くと、
中からぼそりと声が聞こえた。
「……入っていいぞ。リンゴ、逃げるな…」
リンゴ?
また?
私は肩を落としつつ中へ入る。
情報屋は机に座り、
なぜかリンゴを両目で凝視していた。
「なにしてるのよ……」
私が呆れて言うと、
「……リンゴの表面に細かい傷がある。
誰かが盗み見た痕跡……のはず。多分。いや、違うか……」
リンゴを疑うな。
「相変わらずね……」
苦笑しながら近づいた瞬間、
彼がこちらを見た。
そして開口一番。
「お、来たのか。
――乳のデカイ女。」
「…………」
前なら怒って机ごと蹴り倒していた。
だが今は違う。
胸がどきりとしただけ。
「もう……その呼び方、ほんとやめてほしいんだけど。」
私はため息をつく。
「事実だ。訂正はしない。」
情報屋は即答した。
でも私は――
**怒るどころか頬が熱くなった。**
惚れているからだと、自覚してしまう。
告白
「ねぇ、情報屋。」
「……何だ。リンゴに用があるなら後でにしろ。」
リンゴに用はない。
どうせまた凝視してるだけだ。
「少し、話したいことがあるの。」
情報屋はリンゴを置いた。
しかし視線はまだリンゴに吸い寄せられそうだ。
私は勇気を振り絞る。
「私……あなたのことが、好き。」
――沈黙。
情報屋はゆっくりと顔を上げた。
「……そうか。」
そして次の瞬間。
**完全に無視してリンゴを凝視し始めた。**
「ちょ、ちょっと!?聞いてるの!?」
返事なし。
「ねぇ!!」
無視。
私は唇を噛む。
「…ひっ…」
涙が頬を伝って落ちた。
「なんで……無視するのよ……
好きって言ってるのに……」
しかし情報屋はリンゴの香りを確かめていた。
「この香り……やはり保存温度が……」
**ガン無視。**
涙が止まらない。
情報屋のバラックに着くと、
マリアが泣いていた。
しかも隣では、情報屋がリンゴに夢中。
「……あー……」
俺はその状況を見て、
笑っていいのか悩んだが――
**苦笑いしかできなかった。**
「マリア、また告白したのか?」
「うぅ……したわよ……!
なのに……あいつ、リンゴ……リンゴしか見てない!!」
「まぁ……あの情報屋だからな……」
慰めるしかない。
「おい、情報屋。泣かせんなよ。」
俺が声をかけても、
奴はリンゴをじっと見つめたままだった。
「……お前ら、今は静かにしてくれ。
リンゴの重心の偏りを調べてる。」
「誰が知りたいんだよそんな情報!!」
思わず俺がツッコむ。
マリアは泣きながら床に座り込む。
「もう嫌……なんでこんなやつに惚れたのよ……」
「知らねぇよ……俺も原因知りたいわ……」
俺は頭をかいた。
そしてまた、マリアは惚れ直す
その時、情報屋がふと言った。
「……マリア。」
「なに……?」
「任務の帰りだろう。
怪我がないかだけは確認しておく。」
その一言で、
マリアはまた胸を撃ち抜かれてしまった。
「……っ……!!
もう……そういうとこが……ズルいのよ……!」
涙を拭き、顔を赤くしながら立ち上がる。
情報屋はリンゴを置いて、
ほんの数秒だけマリアに視線を向けた。
「お前が死んだら情報の価値が下がる。
だから、ちゃんと生きて帰れ。」
「はい」
マリアの頬が真っ赤になる。
俺は横でため息をついた。
「…これでまた惚れ直してんだから、救えねぇよな。
マリアも、あの情報屋も。」
マリアは涙を拭いて笑った。
「いいの。…好きなんだから。」
情報屋はまたリンゴに戻っていった。
**完全に。**
俺は肩をすくめるしかなかった。
砂漠の夜風が情報屋の拠点を通り抜ける。
マリアは涙の跡を残しながらも、
嬉しそうに微笑んでいた。
情報屋はリンゴを調べ終え、
結論をつぶやいた。
「……今日のリンゴはハズレだ。」
「どうでもいいわ!!」
俺のツッコミがバラックに響いた。
――そんな三人の、
奇妙で、騒がしくて、少し切ない夜が終わっていった。