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私たち双子はまるで『鏡』だと、周囲の人たちから言われてきた。
「絵梨(えり)ちゃんと由梨(ゆり)ちゃんは本当にそっくりねえ」
幼い頃は母がよく同じ服を私たちに着せていたため、近所のおばちゃんからそう言われることも多かった。
小学生になると、服の好みが正反対に分かれた。妹の由梨はピンク色やふりふりの服を着るようになり、私はなるべく地味な色を選ぶようになった。
「絵梨ちゃんと由梨ちゃんって似てないよね」
クラスメイトはそんな風に私たちを比べるようになった。
中学生になると性格もはっきり分かれ、由梨は明るく元気なクラスの人気者に、私は地味で根暗ないじめられっ子になった。
「由梨、放課後遊びに行こうよ」
「ごめん! 今日は絵梨と帰るから、また今度ね!」
「由梨は優しいねー、あんなやつほっとけばいいのに」
由梨がどうして私に構うのかわからなかった。私と関わらなければきっと平和だろうに。
「絵梨! 帰ろう!」
元気すぎて逆にこっちが疲れてしまいそうだ。
「あの、さ、なんで私と帰ろうなんて……」
「やりたいことがあるの! 今日は由梨にとことん付き合ってもらうから!」
由梨は自身のことを名前で呼ぶ。まさに可愛い女の子といった感じで私とは絶対に合わない。
「私、勉強しないと」
「もー、そんなのは後でいいの! ほら行くよ!」
連れてこられたのは洋服店、由梨の行きつけのお店だった。
「こんなの私には似合わないよ」
「体型も髪型も顔も一緒、似合わないわけない!」
由梨に無理やりスカートやら、私が普段絶対着ないような服を着せられ、流行りの『お揃いコーデ』とかいうやつをやらされ、ツーショットまで撮られた。
翌日、ちょっとコンビニまで行こうといつもの服に着替えた時、由梨が話しかけてきた。
「絵梨! 何でまた地味な服着てるの?」
「え、何でって……」
「昨日服買ったじゃん、それ着なよ」
あんな服、人前で着れるはずがない。
「私の好みじゃないし……」
「じゃあ、一週間だけ! それだけでいいから!」
由梨の押しに負け、私は一週間だけ由梨と同じような服を着るはめになった。
コンビニに行く途中、クラスメイトと鉢合わせてしまった。
「あれ、由梨じゃん」
「え?」
小学生の時から間違われることなんてほとんどなかったのに、どうしよう。
「どうしたの?」
「い、いや、私、急いでるから」
勢いで逃げてきてしまった。髪型が一緒といっても、私は右に、由梨は左に前髪を流しているし、服が変わっただけでわからなくなるものなのだろうか。
翌日の学校で、由梨とクラスメイトが話しているのを聞いていた。
「そういや由梨さあ、昨日会った時様子変だったよね」
「え? 昨日はずっと家にいたよ?」
「嘘だあ、『急いでるから』って走って行っちゃったじゃん」
完全に私のことだ。どうにかバレないように誤魔化してほしい。
「あ、それ絵梨だよ」
願いは届かなかった。何で言っちゃうの。
「絵梨なわけないじゃん、いつも見かける時は地味な服着てるし」
「じゃあ、本人に聞いてみる?」
もっと最悪な展開になってきた。由梨が手招きをして、私を呼んでいる。
「な、何?」
コミュニケーション皆無な私にとって、由梨以外の人と話すということが地獄でしかない。
「昨日、由梨がコーデしてあげた服で出かけて、この子と会ったよね?」
「え、あ、うん……」
もう誤魔化しても無駄だ。私は仕方なく認めるしかなかった。
「えー! 嘘! わかんなかった!」
絶対何か言われる、そう覚悟していた。
「すごい似合ってた! 可愛かったし、絶対あれのほうがいい!」
似合ってた……? 可愛かった……? 本当に?
「由梨も同感! 可愛い顔してるんだからおしゃれしないともったいないよね」
この日から私は、自分で服を選ばなくなった。
「由梨、今日は何着たらいい?」
「そうだなあ、こっちにしょう!」
毎朝由梨にコーデを聞いて、由梨が選んだ服だけ着るようになった。
「絵梨ちゃんと由梨ちゃんって可愛いよね」
「さすが双子って感じ」
そうだ、私たちは双子。私も由梨のように可愛くなれるんだ。
高校生になっても同じ生活を続けていた。
「由梨、今日は何にしたらいい?」
「今日は、これ!」
私たちはクラスの人気者になり、学年を超えて有名な双子として噂になっていた。私たちはいつも一緒に行動するようになった。
「服って誰が選んでるの?」
「由梨だよ!」
相変わらず元気な由梨。私はその隣でにこにこしているだけだ。
「絵梨ちゃんと由梨ちゃんのメイク可愛いね」
「由梨がしてあげてるの!」
私たちの周りには常に誰かいて、ちやほやされて、もう私がいじめられることはなくなった。
「そういえば二人とも、進路はどうするの?」
母が夕食時に尋ねてきた。正直やりたいことも決まっていないし、そこそこの大学を受けようと思っていた。
「由梨は○○大学の服飾学部受ける!」
その大学ならそこまで偏差値も高くない。
「じゃあ、私も○○大学にしようかな」
こうして私たちは、同じ大学を受験し、見事二人とも合格した。
夢にまでみた憧れのキャンパスライフ。服は変わらず、由梨に決めてもらっていた。
由梨は服飾学部、私は文学部で、常に一緒にいることはなくなった。
「あれ、由梨さん?」
「あ、私、双子の姉の絵梨です」
入学してからこのくだりを何回もやっている。同じ髪型、同じ体型、同じ顔、そして同じ服。私はふと、昔言われたことを思い出した。
「まるで写し鏡のようだね」
私たちは双子だ。全てが同じ。由梨のようにならないと、またいじめられる。
「お前、こんなとこで何してる」
文学部の校舎の前でぼーっと立っていた私に、無愛想な男の人が話しかけてきた。
「あ、えっと、今から授業に……」
「授業? ここは文学部だ、お前は服飾学部のやつだろ」
この人もまた、由梨と勘違いしているようだ。
「違います。その子は妹で、私は双子の姉なんです」
「ああ、どうりで」
男の人は何か納得したようだった。
「わかってもらえたなら……」
「お前、その服似合ってねえな。鏡見て出直してこい」
それだけ言って、男の人は去っていった。
「え、え?」
混乱して言葉の意味を理解できない。服が似合ってない? そんなはずない、由梨と同じだから、そんなのありえない。
「絵梨は今日も可愛いね」
「あの服飾学部の妹さんに選んでもらってるんでしょ? すごく似合ってる」
ほら、私は可愛い。みんなもそう言っている。あんなこと言うのは、あの男の人だけだ。
「ねえ由梨、私、似合ってるよね? 可愛いよね?」
「当たり前じゃん! 由梨が選んだんだから間違いないって!」
一番近くにいる由梨だって、そう言ってくれる。もうあの頃みたいに、私を馬鹿にするやつも、拒絶するやつもいない。みんなみんな、今の私が好きなんだ。
「おい、おい!」
「え?」
「またお前、こんなところで突っ立って何してんだよ」
あの時の男の人だ。私はいつの間にか服飾学部の校舎の前で考え込んでしまっていたようだ。
「あ、えっと、あなたこそ!」
「はあ、俺は大島蓮おおしまれん。お前の妹と同じ、服飾学部の学生だ。なんか文句あるか?」
「え! あ、いや、何でもないです……」
なんか喧嘩を売ってしまったようで恥ずかしい。というか、由梨と同じコーデで服飾学部の校舎の前にいたのに、どうして私だと気づいたのだろう。
「相変わらず似合わねえ格好して、誰が選んでんだか」
「妹の由梨が選んだんです! 似合ってないなんてそんなの嘘ですよ!」
私は必死に反論した。すると、大島さんはため息を吐いてこう言った。
「いくら双子だからって、全部似合うとは限らねえだろ」
何だろうこの感情。私は何か、間違っているような気がする。
「まあ、お前が着たいならそれで……」
「こんな服、着たくなんかありません! でも、地味な私じゃだめなんです」
どんなに可愛い服で着飾っても、私の性格は由梨のように明るくなったわけではない。今考えればむしろ逆かもしれない。
「別に地味なんて言ってねえよ。そんなうるさい服じゃなくて、もっと落ち着いた、お前に合った服があるんじゃねえのかって話」
「そんなの自分じゃわかりません……」
大島さんはまたため息を吐くと、私の手をいきなり掴み、大学の外へと連れ出そうとした。
「ど、どこに連れて行く気ですか!」
「いいから、ついてこい」
連れてこられたのは洋服店。由梨の行きつけのお店とは全く違う、カジュアルで落ち着いた雰囲気のお店だった。
「はい、これとこれ、着替えたら声かけろよ」
渡された服に着替えて鏡の前に立つと、そこにはあの頃の私でも由梨でもなく、大人になった私がいた。
「本当に私……?」
「ほら似合ってる、そのほうが可愛いだろ。今回は買ってやるから、大事にしろよ」
大島さんは私の頭をぽんと叩き、そのまま帰っていった。
家に帰ると、私の姿を見た由梨がものすごい剣幕で駆け寄ってきた。
「何その服! 由梨が選んであげた服はどうしたの!」
「あ、えっと、知り合いに選んでもらって……」
「それ誰? 名前は?」
「由梨と同じ学部の、大島さん」
「ふん、センスなさすぎ。明日直接言ってやるから」
由梨にとっては、似合ってないみたいだった。
「ちょっとあんた、由梨のコーデに文句つけるつもり?」
「いきなり何だよ」
由梨と大島さんが言い合っていると聞き、慌てて駆けつけた。
「絵梨に着せたやつ! あんな服、全然可愛くない!」
「お前、見る目ないな。そもそも本人の気持ちが第一だろ」
「絵梨が由梨のコーデ嫌なわけないじゃん!」
「じゃあ、本人に聞くか」
二人の視線が私に向く。
「どうなんだ?」
「私は……大島さんのコーデのほうがいい、かな」
今度は流されない。私は私のままでいいんだ。
「何で、何でよ!」
「おしゃれは人それぞれだって、私気づいたの」
「ふん! 勝手にすれば!」
由梨は足音をわざと大きく鳴らしながら、校舎へ歩いて行ってしまった。
「悪いことしちゃったな……」
「あいつにはいい薬だろ」
私は大島さんと一緒に服を選ぶようになった。今度は人任せじゃなくて、自分のおしゃれを楽しんでいる。
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