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1.誰がために立ち上がる
契約した悪魔の力で親友を亡くしたこと。仲の良かった同僚も、ずっと行動を共にしてきた相棒も、かけがえのない仲間もみんな死んだこと。 残されたのは自分たった1人だけで、それでも前を向いて生きていかなければならないということ。
洗いざらい全て話した。
塩谷は黙って聞いていた。片時も表情を崩すことはなかった。
「…そうか」
話が終わってから、やっと口を開いた。
「本当にお前は…色んなものを抱えて生きてきたんだな」
塩谷は俯き、絞り出すようにそう言った。膝の上で握りしめられた拳の力が更に強まったのが見えた。
それを見た院瀬見は寄りかかっていたソファの背もたれから背を離した。少し気になることがある。
「…センコーだってあるんじゃねぇのか、そういう話。言わないだけで」
「……」
返事はない。
デビルハンターは常に死と隣り合わせである。仕事をしているうちに周りがどんどん命を落とし、やがてそれに慣れ、人の死に対してなにも感じなくなる。
彼だってきっと、一度くらいはそういう経験をしているはずだ。
「…なんで俺が、元デビルハンターであることを周りに隠してたか分かるか?」
黙り込んでいた塩谷が口を開き、 静かに目を伏せた。長いまつ毛が目を覆う。
「話題に出さないようにしてたんだ。特にお前みたいなデビルハンター志望だった奴には」
「なんで?」
「俺は生徒にデビルハンターになってほしくなかった」
「…?」
「お前の担任になる前にも色んな学校で色んなクラスを受け持ってきたが、どこに行ってもデビルハンターになりたがっていた生徒は大勢いた」
塩谷は一呼吸置いた。
「みんな死んでいくんだよ。デビルハンターになった教え子たちはみんな。復讐目的で入ったやつも、収入目的で入ったやつも、そいつら関係なくみんな死んだ」
「…だからお前…あの時私を」
覚えがある。当時、院瀬見も塩谷にデビルハンターになることを止められた。
「考える時間はまだある、もう一度考え直せ」と。
最終的に口論に発展しても院瀬見は止まらず、無理やり反対を押し切って公安に入ったのだ。
「怖かったんだ。お前の言う通り、俺がデビルハンターだった時も、昔からの付き合いだった親友が死んだ。同じ立場に立っていたことがあるからこそ、俺は大事な生徒を死地に送りたくなかったし、もう失いたくなかった」
「……」
「…毎年、生徒が卒業してしばらく経った頃に電話がかかってくるんだ。卒業した誰々さんが亡くなったらしいですって。息子が、娘が亡くなりました、お世話になりましたって」
塩谷は片手で顔を覆いながら悲しげに笑った。
「もう嫌なんだよ…俺がデビルハンターだったって生徒に知られたら『こんなやつでも生き延びてるならきっと大丈夫』ってみんな思う。俺は生き延びたんじゃなくて、何人もの犠牲の上に立って生き延びさせてもらってるだけだと言うのに」
院瀬見は後悔した。
塩谷に反発したあの日、院瀬見は塩谷に対して「何も失ったことがないくせに」と暴言を吐いた。
失ったことがないどころか次から次へと、これ以上ないほどに大切なものを塩谷はいくつも奪われていた。院瀬見の経験した、自分だけが生き残り、周りがどんどん死んでいく光景を塩谷は数十年も前からずっと、何度も何度も見続けていたのだ。
その辛さは今の院瀬見には痛いほどよく分かる。到底計り知れるものではない。
「…悪かった。何も知らねぇのに酷ぇことを」
過去の失態にようやく気づき謝ると、表情を曇らせた院瀬見を見て塩谷は首を横に振った。
「いや、いいんだ。俺こそ大変な時に踏み込んだ話をしたのが悪かったし」
それに、と塩谷はつけ加える。
「俺はお前が生きてさえいてくれればそれでいいんだ」
「…センコー…」
1人用のソファに前かがみに座っていた塩谷は姿勢を正し、まっすぐ院瀬見の方を向いた。
「院瀬見。お前は生かされたお前の人生を生きろ。たとえどんなに辛いことがあったとしても生き続けろ。死んだ仲間のことを覚えていられるのは、仲間から紡がれたお前の命を生きられるのは、お前1人しかいない」
塩谷の瞳は、まっすぐと院瀬見の目を捉えていた。
優しく純粋で、時に厳しく、力強く、立ち上がって前を向けるような勇気をもらえるような、そんな眼差しだった。
うっすらと涙を溜めているように見えたが、院瀬見はそれを見て見ぬフリをした。
2.生きろ
「─じゃあな、また来るぜ」
「院瀬見」
「お?」
振り返ると、塩谷はこちらに手を差し伸べていた。 院瀬見はその手を取り、固い握手を交わす。
「辛くなったらいつでも来いよ。お前の人生を生きられるのはお前1人でも、生きていくその道のりは孤独じゃない」
「あぁ」
「…次会う時も、生きて会いに来てくれよ」
フンと鼻で笑い、院瀬見は答えた。
「楽勝」
2.明日の命を
地面に咲いた小さな花がぬるく乾いた空気に揺れる。
緑色に染まった野原を踏みしめながら進む。その行先に緑は続いておらず、盛り上がった土と突き刺さった白い十字架が遠くに見えた。
殉職した隊員たちが眠る共同墓地だ。
長い間任務を共にしたバディ・水無月リヅとイサナは同じ墓に入れられ、同じ場所に眠っているらしい。 最期の最期まで隣り合って離れようとしなかったらしい2人にはちょうどいいと院瀬見は思った。
十字架の下の方に刻まれた名前を端から順番ずつ見て周る。岸辺から聞いた限りではちょうど今いる辺りに2人の墓があるはずだ。
「!」
そう考えていた矢先に、院瀬見は墓を見つけ出した。十字架には「水無月リヅ・イサナ」と彫られている。
墓の前でしゃがみ、 その名前をじっと見つめる。
─華の悪魔・リヅと初めて会ったのは悪魔を倒しに廃工場へ任務へ出向いた時だった。
その時はほんの一瞬目が合ったぐらいで会話を交わすことすらなかった。 その後数年経って、マキマに新しいバディだと紹介されたのが二度目の出会いだった。
荒っぽそうな見た目のわりには丁寧な言葉遣い、礼儀正しい所作。常識人でその上周りへの気配りもできるいい奴だった。院瀬見からしたら堅苦しくて面白味の欠ける奴だったとも思うが。
そんなリヅが誰よりも信頼を置いて仲良くしていたのが深海の悪魔・イサナ。
イサナは一度、院瀬見とリヅの前に敵として現れた。
簡潔に言うと、地獄で暮らしていた間にリヅと喧嘩し、和解しないままリヅだけが現世に来てしまったので後を追ってイサナもやって来たといったところだ。結局リヅがイサナのことを倒し、その後たった数週間で再び現世へ、今度は味方として舞い戻ってきた。
口数が少なく寡黙。挙動に色々と幼さがあるが戦闘時の能力や技術はピカイチで、「いざとなったら頼りになる」の代表例みたいな奴だった。
ただそれ以外はとにかく不器用で、ワイシャツのボタンを掛け違えることなんてしょっちゅうあったし、茶葉やお湯をこぼさずにお茶を淹れられるようになったのは直近の命を落とす数週間前だった。
感情の起伏が小さく、常に何を考えているか読み取りづらかったが、関係性はそれなりに築けていただろうと院瀬見は思う。
「─悪い。遅くなった」
そう言い、院瀬見は持っていた真っ白な花束を墓の上にそっと置いた。
死に際に立ち会うことができなかったのは心残りだが、命が尽きるその瞬間まで2人が全力を尽くして戦ったことを院瀬見は知っている。堂々たる最期だったと言えよう。
「…そっちでも仲良くやれよ。あんま喧嘩すんなよ」
十字架を軽く小突き、その場から立ち上がる。 まだやることが残っているのだ。
本部へ戻るため墓地を後にしようとしたところで、院瀬見は足を止めた。
2人の墓の斜め奥。覚えのある名前が目に入った。
『星野 サエ』。
星野サエ。星野─⋯。
#夢小説
#デンジ