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菊池川詠人
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その年の秋も深まった頃、晶子はちょくちょく公立図書館に通っていた。学校の部活、日本史研究会の部室に置いてある資料本は読み尽くしてしまったので、関連する内容の本を借りに行っていた。
晶子が目当ての本を見つけ、貸出カウンターで手続きを終えて、近くの雑誌コーナーで一息ついていると、入れ違いにカウンターにやって来た女の子が職員に大声で話しかけるのが聞こえてきた。
「あの、どうしてこの本が書棚に無いんですか?」
女性の職員はパソコンのキーボードを叩き、彼女に答える。
「ああ、たった今貸し出されたばかりですね。期限は一週間だから、予約しておきますか?」
「そんな! 三日後の試験に必要なんです。同じ本無いんですか!」
その女の子の口調があまりに切実そうだったので、すぐ後ろのソファに座っていた晶子は思わず聞き耳を立てた。
服装を見ると地味なブレザーの制服で、どうやら高校生のようだった。化粧っけもない、地味な身なりだったが、長い髪を首の後ろでまとめたその顔は大人びた感じで、同性の晶子も思わず一瞬見とれるほどの整った美人だった。
職員の女性は、困ったな、という顔をしながらもパソコンで検索した。そして首を横に振り、申し訳なさそうな声で告げる。
「ええと、文化文政期の出版の歴史、ですよね。うちには一冊しか置いてないですね」
晶子はびっくりして自分の手の中にある本のタイトルを確かめた。まさにそのタイトルの本だった。
晶子はソファから立ち上がり、そっとその女子高生の後ろに近づき、おずおずと声をかけた。
「あの、すいません。その本って、もしかしてこれですか?」
女子高生はあわてて振り返り、本の表紙を見て、アッと大声を上げた。
「そうそう、それ。ねえ、あなた、それいつ返却する予定?」
「あの、聞こえちゃったんですけど、急いで必要な物なんですか?」
「三日後に日本史の試験があって、出題範囲なのよ」
晶子はカウンターに近づき、職員に言ってみる。
「あの、これこっちの人に順番お譲りしたいんですけど」
職員は目を丸くして晶子に訊く。
「ええ? たった今借りたばかりでしょう?」
「あたしは別に急がないんで。できればそうしたいなって」
「そうですか。じゃ、今一旦返却した事にして、すぐにそちらの方に改めて貸し出し手続きしますね。でも本当にいいの?」
晶子は笑顔でうなずき、本をカウンターの上に差し出した。
コメント
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読ませていただきました。晶子のさりげない優しさにじんわりきました。自分が借りたばかりの本を、試験前の女の子に譲るって普通できることじゃないですよね。慌てた様子の女の子の切実さに気づいて、すぐに行動に移せる晶子の心のあたたかさが素敵でした。この一瞬の交わりが、この後どう繋がっていくのか気になります。やさしい世界でほっとしました。