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菊池川詠人
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第42話、読み終わりました。晶子さんと沙織さんの自然な距離の縮まり方、いいですね。同じ路線・同じ駅・同じ方向、さらにはカンナちゃんのご近所さんだった、という偶然の重なりが「これも何かの縁」という言葉に説得力を与えていて、読んでいてほっこりしました。特に沙織さんが「東大は無理よ」と初めて笑った瞬間、晶子さんが「どきり」とする描写が印象的です。晶子さんの内面の揺れが、静かに伝わってきました。日常の何気ない出会いが、今後の関係性にどう繋がっていくのか、とても気になります。
晶子が返却手続きをし、今日のところは帰ろうと、駅へ向かい始めたところへ、さっきの女子高生が走って追いついて来た。彼女は晶子の肩をつかんで引き留め、自分は前かがみになってしばらくゼイゼイと息を整えた。相当あわてて走って来たらしい。
「手続きに夢中で、お礼を言うのも忘れててごめんなさい。ありがとう、本当に、順番譲ってもらって」
晶子は照れ隠しで頭の後ろを片手でかきながら応える。
「ああ、気にしないで下さい。大した事じゃないし」
「ううん、助かったわ。うちは参考書なんて買ってもらえないから、あの図書館だけが頼りなのよ。あれ、あなたもあの駅へ?」
「あ、はい」
「あら、あたしと同じ路線ね」
二人並んで歩きながら話すと、二人とも降りる駅が同じである事まで分かった。これも何かの縁だと言う女子高生が、一緒に帰ろうと言うので、晶子もなんとなくうれしくなって同意した。
考えてみれば、カンナ以外の同世代の同性と一緒に家路につく事など、それまでほとんどなかった。
駅のホームで、電車の中でいろんな話をした。
「ああ、そうだ。いつかお礼したいから、名前教えてくれる? あ、あたしは森口(もりぐち)沙織(さおり)」
「あたしは篠崎晶子といいます。あ、でもお礼なんてほんとにいいですから」
さらに話が進むと、沙織は近くの都立高校の3年生である事が分かった。晶子は、沙織が下げているやや煤けた紙の手提げ袋の中の数冊の本を見て訊いた。
「じゃあ、受験勉強のためですか? 大学入試?」
「そう。授業料が安い国立大学一発狙いだから、失敗できないのよ」
「国立って……もしかして東京大学?」
「まさかあ!」
沙織は初めて笑い顔を見せた。その表情と仕草はいかにも女らしく、晶子は少しどきりとした。
「さすがに東大は無理よ、あたしの成績じゃ。お茶の水女子大。商学部ならギリギリなんとか、ワンチャンありそうなの」
「滑り止めの私立とかは受けないんですか?」
「ああ、無理無理、うち貧乏だから。自宅から通える国立大学っていうのが、唯一の選択肢なの。篠崎さんは何年生?」
「晶子でいいですよ。あたしはまだ高1です」
「そっか。どこの高校?」
晶子が自分の学校名を告げると、沙織は全身で驚いてみせた。
「ええ! 名門私立じゃん! 晶子ちゃんてお嬢様だったんだ」
「そんないいもんじゃないですよ」
「でも、それなりの家なんでしょ? 参考書なんていくらでも買ってもらえるんじゃないの?」
「参考書じゃなくて、部活に必要な資料探しに行ってるんです。あたし日本史研究会って部活に入ってて」
最寄りの駅に着き、駅の出口も、そこからの方向も、やっぱり同じである事が分かった。駅前の商店街を抜け、線路沿いの道を並んで歩く。晶子はふと気づいて沙織に尋ねた。
「沙織さんのお家って、もしかして踏切の左の公営団地ですか?」
「そうだけど?」
「あたしの親友もそこの団地なんです。そっか、カンナのご近所さんだったのか」
「カンナって、もしかして山室さんとこのカンナちゃんの事?」
「ええと、多分そうじゃないかと」
「あなたと同じぐらいの背格好で、髪はショートで、小麦色の肌。男の子みたいな。今は確か定時制高校に通ってる子?」
「はい、そうです! わあ、やっぱりカンナの事知ってるんですか」
「それほど親しいってほどじゃないけど、同じ棟の同じ階なの。あたしが中学生の頃まではよく一緒に遊んだよ。おっと、じゃあ、ここでね。あの本、ほんとにありがとうね」
沙織は何度か振り返って手を振りながら踏切の向こうへ歩いて行く。晶子がいつもカンナと別れるあの場所だった。