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誰も知らない、高嶺の花の裏側3
第50話 〚修学旅行当日・朝〛
――澪視点「始まってしまった朝」
目が覚めた瞬間、
澪は思った。
(……来ちゃった)
修学旅行当日。
カーテンの隙間から、
朝の光が差し込んでいる。
目覚ましが鳴る前に起きたのは、
久しぶりだった。
胸に手を当てる。
——心臓は、静か。
昨夜みたいに、
ざわざわしていない。
それが逆に、
少し怖かった。
(何も見せない)
(何も知らせてくれない)
それでも。
澪は、
ゆっくり起き上がった。
制服じゃない服を着るのも、
荷物を背負うのも、
全部が少しだけ現実感がない。
洗面所で顔を洗いながら、
鏡を見る。
(いつも通り)
ちゃんと、
いつもの自分。
……のはずなのに。
胸の奥に、
薄い膜みたいなものが張っている。
不安でもなく、
安心でもなく。
ただ、
「始まる」感じ。
朝ごはんを食べながら、
スマホが震えた。
画面を見る前から、
誰か分かる。
——海翔。
『おはよう』
その二文字だけで、
澪の肩から力が抜けた。
『おはよう』
『起きてる』
『もう準備してる』
やり取りは短い。
でも、
昨夜と同じ空気が、
そこにあった。
『バスで合流だよな』
『うん』
『無理しなくていい』
『何かあったら、言って』
澪は、
少しだけ迷ってから打った。
『今日』
『ちゃんと自分で歩いてみる』
送信したあと、
心臓が一拍、跳ねる。
——守られすぎない。
——でも、離れすぎない。
『分かった』
『俺は、見てる』
その言葉に、
澪は小さく息を吐いた。
家を出る。
空気が、
少し冷たい。
駅までの道、
いつもと同じなのに、
足音だけが違って聞こえる。
集合場所に近づくにつれて、
人が増えていく。
笑い声。
キャリーケースの音。
先生の声。
(あ……)
(本当に、始まる)
澪は、
無意識に周りを見渡した。
えまが手を振っている。
しおりとみさとが何か話している。
りあが眠そうに欠伸している。
湊は、
少し緊張した顔。
そして。
海翔が、
少し離れたところで立っていた。
目が合う。
言葉はない。
でも。
——ちゃんと、いる。
それだけで、
足が前に出た。
澪は思う。
怖さは、
消えてない。
でも。
(逃げたい朝じゃない)
(戻りたい昨日でもない)
心臓は、
相変わらず何も見せないまま。
それでも澪は、
この朝を選んだ。
誰も知らない不安を抱えたまま、
修学旅行は——
静かに、
動き出した。