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せめぎ合った膨大な魔力が競り負けたニーノに全て襲い掛かった。
その瞬間、私はニーノの中から魔女ランの霊体が飛び出るのを垣間見る。
魔女ランは、まるでニーノを守るように魔法障壁を展開し、襲い掛かった魔力の塊を正面から受け止めた。
でも、魔法障壁は押し負け、ガラスのように粉々に砕け散ると魔女ランに襲い掛かった。
私の放った魔力は浄化の光となって魔女ランに襲い掛かる。
周囲に柑子色の輝きが拡がり、爆散するかのようにパッと散った。
魔力の奔流がおさまると周囲の瘴気は浄化され、穏やかで澄んだ空気で満たされた。
ニーノは床に崩れ落ち、魔女ランの霊体だけがそこに佇んでいた。
「私としたことが迂闊だったわ。ミア、お前が妹を殺すような魔法を放つわけがないものね。お前が放ったのは私だけを殺す浄化魔法……とんだお笑い種だわ。聖女が浄化魔法で滅びるだなんて……」
そう言って魔女ランは下唇を噛みしめながら私に鋭い眼光を放って来る。
「ラン……どうして貴女はニーノを守ろうとしたの?」
「私が? アハハ! 悪い冗談ね。誰がこんな愚者を助けるもんですか。いずれこの女の身体を完全に乗っ取り、この国の民も汚らわしい獣人どもを皆殺しにするつもりで利用していただけ! さっきのは守ったんじゃなくって、奪おうとしていた身体を傷つけられると思って咄嗟に出て来てしまっただけよ。忌々しいわ。あのままこの女の身体の中に入っていれば浄化されることもなかったのに……」
魔女ランは忌々し気にそう吐き捨てながらニーノをキッと睨みつける。ニーノがちゃんと呼吸をしている姿を見ると、心なしか穏やかな表情になるのを私は見逃さなかった。
「私は貴女のしてきた数々の悪行を許すことは出来ない。でも、これだけは言わせて。ニーノを愛してくれてありがとう……」
私はそう言って魔女ランに首を垂れた。
それは本心から出た感謝の想い。彼女の罪は決して許されるべきでも許すべきでもない。でも、私の最愛の妹を守ってくれたことだけは確かな真実だった。最初は本当にニーノを苦しめる為に近寄って来たのかもしれない。本当にニーノの身体を乗っ取って世界を滅ぼそうとしていたのかもしれない。だから、世界中の誰もが許さなくても私だけは彼女を、かつて憧れた偉大な聖女ランを許そうと思った。
魔女ランは唇を震わせると何かを言いかけ、ギュッと唇を引き締めた。
「お前といいその娘といい、私に散々酷い目に遭わされ続けてきたってのに超がつくお人好しね」
その時、魔女ランはフッと口元に柔和な笑みを浮かべた。
「馬鹿ね……」
双眸に悲し気な色を浮かべながら魔女ランの霊体は粒子となった。
「最期に一つだけ教えておいてあげる。聖女像の中にこの国の闇が隠されているわ……。それを見ても正気を保てるかどうかあの世から見届けてあげるわよ……!」
そう捨て台詞を吐いた後、魔女ランの霊体は完全に消滅した。
「聖女像にこの国の闇が……?」
それはどういう意味?
私は突然怖気を感じ、咄嗟に近くにある聖女ランの聖女像に目を向ける。
「こ、これはどういうことなの……⁉」
それを見て私はギョッとなる。聖女ランの聖女像の瞳から血の涙が流れ落ちていたのだ。
「ミアよ。あの魔女の言いなりになるのは少々癪に障るが、これは確かめてみる必要があるな。ミアの許しが出ればオレが中を割ってみるが、どうする?」
代々守り続けられてきたこの国の象徴とも呼べる聖女像を破壊する?
私が逡巡すると、近くから怒声が響き渡った。
「ならぬ! 聖女像を破壊することは断じてまかりならぬぞ⁉」
「お父様⁉ 目が覚めたのですか?」
声の方に振り向くと、そこにはお父様が必死の形相で佇むお父様の姿があった。
「ミアよ、この国から去れ! そうすればそこの獣人も見逃してやろう。だから、聖女像には手を触れるな!」
お父様の言葉に私は衝撃を受ける。何故、私のことをミアだと分かったんだろうか? 私はニーノとしてこの国から逃れたはずなのに。
「お父様……もしかしてあの時も私がミアだと承知で処刑しようとなさったのですか?」
「だから、以前も申しておいたであろうが⁉ 王国に利益をもたらすのであればミアでもニーノでもどちらでも構わぬと! 必要なのは魔女を処刑した事実と聖女の存在のみだと分からぬのか⁉」
実の父親から狂気に満ちた真実を告げられた瞬間、私は目の前が真っ暗になった。
どちらでもいい? 私達の存在はその程度のものだったの?
それじゃ、今までのニーノの苦しみはいったい何の意味があったの?
私の葛藤は、何の意味もなかった。
今までの人生を全て否定されたような気がして、頭の中が真っ白になってしまった。
足元がふらつき、倒れそうになった私をすかさずルークが支えてくれた。
あまりの出来事に私は血の気が失せて行くのを感じる。
「ミアには悪いが、お前の父親はクズにも程がある。消し去ってもよいか?」
魂で繋がっていなくても分かる。ルークの激情は地獄の業火よりも激しく燃え盛っていた。今のルークなら、私が頷くだけでライセ王国そのものを消し炭に変えかねないと感じた。
「ルーク、お願い。聖女像の中身を確認させて」
「心得た」
ルークは聖女ランの聖女像に向かって指を鳴らす。炎の矢が放たれ、聖女像に突き刺さる。
「や、止めろおおおおおお!」
お父様の絶叫が木霊するのと同時に聖女像が二つに割れ、中身が露わになる。
中から現れたものを見て私は絶句する。ルークもあまりの衝撃に言葉を失っていた。
「どうしてこんな酷いことが出来るの……? あんまりよ、あんまりだわ⁉」
私は思わず泣き崩れてしまった。
聖女像の中から現れたもの。それは髑髏を抱きしめた一体のミイラだった。
恐らく、このミイラは魔女ラン。そして、抱きかかえた髑髏は処刑された聖女リンのものだと容易に分かった。死後もこんな姿で辱められるだなんて、こんな苦痛なことはない。
「聖女が聖女像に魔力を注いだだけで国全体に加護の結界を張ることが出来るとはにわかには信じがたい話だとは思っていたが、こんなカラクリがあったとはな」
フン、とルークは怒りを通り越して呆れ返ったように鼻で笑って見せた。
「何ということは無い。国を支えていた聖女とは呪いでしかなかったということだ。こんなおぞましいものを見せられた後では、あの魔女に感謝せねばなるまい」
「ルーク、それはどういう意味?」
「分からぬか? 本来、聖女像に魔力を注いだだけで国全体に加護の結界を張るなどと到底不可能な話なのだ。その答えがこれだ。代々の聖女は生きながらに即身仏にされ、聖女像の中に封印されたのだ。永遠に加護の結界を張るだけの呪いの魔道具としてな」
理解が追い付かない。それが真実なら、私の愛した国は人間の業深き呪われた国ということになる。
いえ、もう答えは出ていた。お父様が告げた本心。あれがこの国の真実なのだろう。
その時、私はあることを思い出し愕然となる。この聖女神殿にはまだ多くの歴代聖女様の聖女像が祀られているのだ。
つまりはそういうこと。聖女像の数だけ、ここには呪いが溢れているということ。
「魔女が今回の事件を引き起こさねば、いずれはミアも即身仏にされ永遠に死を弄ばれ続けていただろう。結果論ではあるが、ミアを救ってくれた恩は返さねばなるまい」
ルークはそう呟くと、真紅の双眸を燃やしながら私に振り向く。
「ミア、いいな?」
私は倒れているニーノを抱き上げると、何とは言わずただ頷いた。
「もうこんな悲劇は終わりにして……。聖女は人間の欲望を満たす為の道具なんかじゃない……!」
ルークの全身に蒼い魔力が迸るのが見えた。髪が逆立ち、まるでルークの怒りを表しているかのようだった。
「轟雷」
一瞬の静寂の後、聖女神殿内に蒼い稲妻が駆け巡る。全ての聖女像が砕け散る衝撃の後に雷鳴は轟いた。
これは私が処刑されそうになった時、ルークが使った魔法だ。
「な、なんということをおおおおおおおおおおお⁉」
聖女像が砕け散った後、お父様の絶叫が木霊した。絶叫の後、顔を蒼白させ床に崩れ落ちる。見ると髪の色が灰色になり、相貌が老人のようにしわがれていた。かつて父と呼んだ者は一瞬でミイラのように老け込んでしまっていた。私はそれを見ても何の感情も湧かなかった。
さようなら、お父様。さようなら、かつて愛した祖国。私は二度とこの地を踏むことはないでしょう。
私がそう決意し踵を返すと、予想外の光景が飛び込んで来た。全ての聖女像が破壊されたかと思われたのだが、聖女ランの聖女像だけは静かに佇んでいた。
それを見て、私は瞬時にルークの真意を悟る。
「ミア、この二人を夜の国に連れ帰ってもいいか? せめてもの恩返しに二人一緒に葬ってやりたいのだ」
「もちろんよ」
ルークは聖女像の中から二人の骸を抱き上げると、目の前に転移門を召喚する。
皆で一緒に帰りましょう。まさか三人ではなく五人で帰ることになるとは予想すらしていなかったわ。
私はニーノを抱きかかえながら転移門の前に行く。
「ミア、オレ達の国に帰ろう」
優し気なルークの双眸が私を穏やかな気分にさせる。
後はジークフリートに聖女リンの形見である神獣ヴェルズの魔石ペンダントを返せば夜の国も救われる。
しかし、一瞬の気の緩みが私を絶望の淵に叩き落した。
ドスン! と、私は脇腹に何か衝撃を受けた。
今の衝撃はなに?
私は茫然と横に視線を移す。顔の間近で狂気に表情を歪ませた神官長レオの姿が見えた。彼は手に剣を持っていた。その切っ先が私の脇腹に続いていて何やら真っ赤な液体が床に滴り落ちているのが見えた。
「魔女め、滅びるがいい! ぎゃーっはっはっはっは!」
神官長レオの狂気に塗れた笑い声が木霊する。
お腹が熱い。それに何だか身体に力が入らないわ?
「貴様ああああああああああああ! 砕け散れ!」
ルークは怒号と共に爆炎を神官長レオに放った。
轟音が響き渡る。
このまま床に崩れ落ち、ゆっくりと眠りたい衝動に駆られるも、私は最後の力を振り絞り、ニーノを抱きしめながら転移門に身を躍らせた。
遠くでルークの声が聞こえた。
返事をすることは出来なかった。