「すごい、すごーい! 星埜くん、見てみて。僕達の書いた短冊が飾ってある」
「いや、この位置からじゃ、誰が誰のかなんて分からないだろ」
次の日くらいだったが、俺達が書いた短冊は、大きな笹にくくりつけられ、校門に飾られていた。白瑛高校はイベントごととかしっかりやるんだなあ、なんてぼんやり思いつつ、青々強い笹に、色とりどりの和紙、短冊がくくられていて、それはもう綺麗だった。
そういえば、五月は、鯉のぼりを中庭につるしていたか、なんてことも思い出した。
短冊は、日の光を受けて、うっすら透けており、地面に七色の影を落としている。
楓音は、首が痛くなるんじゃ無いかってくらい見上げて、自分の短冊を探そうとしていた。やはり、同じ色というのはあって、自分の短冊は何処につるしてあるのか分からなかった。笹は二本、校門の両脇に飾られているし、かなり背が高いから、文字まで見えやしない。
「うわ、すっげェ。飾ってあんじゃん」
「ああ、朔蒔おはよう」
「はよ。星埜」
もう、すっかり、此奴に挨拶するのも慣れて、当たり前になり、時間通りに登校してきた朔蒔が俺のとなりた感嘆の声を漏らす。
朔蒔は、日差しが眩しい、と手で影を作りながら、笹を見ている。朔蒔もまた、自分の短冊を探しているようだった。
「見つかったか?」
「ん~いや、みつかんねェ。やっぱ、無理だろこれ」
なんて、朔蒔はケタケタ笑いながら俺の方を見る。
何て書いたんだ、とか聞ければ良かったが、俺も言う気は無いし、聞かない方が良いだろうと、俺は自分のが探せるかと、二人と同じように目を見張る。けれど、矢っ張り見つからなかった。
ちらりと、他の人の願い事が見え「テストでイイ点数が取れますように」とか「恋人が欲しい」とか、ありがちな願いばかりだった。でも、イベントごとの一つとして楽しむなら、これくらいが良いんだろう。にしても、昨日の今日で、よくこんなに大きな笹にあれだけ大量の短冊をつり下げられたなあ、と感心してしまう。図書委員と、司書さんとあとは、数人の先生でやったんだろうが、仕事が早すぎる。
(この調子で、七夕も晴れてくれればな……)
予報では、曇りにまでなっていたが、曇りでは天の川は見えないだろう。久しぶりに、あの綺麗な夜空が見たいとさえ思うようになった。あの、バケツをひっくり返したような、ごちゃごちゃとした夜空。そこに、キラキラ光るビーズも一緒にぶちまけたようなそんな夜空が、俺は綺麗だとすら思っている。
隣の市である、捌剣市はここよりも、もうちょっと田舎で、静かで良い場所だ。昔一度だけキャンプに連れて行って貰った事があって、その時見た夜空が、言葉では表せないほど綺麗だったんだ。もう、家族三人で行く、なんてことは叶わないけれど……それでも、この三人で行きたいと思えるほど、良いところだった。勿論、俺達が住んでいる双馬市は、犯罪件数が日本の中でも少なく、平和な市として知られている。父さんや、警察官達の力あっての街だと、俺は思う。いつかは、そんな守る側の人間になりたいな、とか、今から自分の進路を決めかねている。
(キャリア組って呼ばれるのは、大学卒業してから警察学校に入って、警察になった人達のことだよな……)
階級とかそういう上を目指すのなら、大学を出た方が良い。けれど、いち早く警察になりたいってい思いもあって、高校卒業してすぐに警察学校……とも考えている。まだ、二年後の話だと思うが、もう二年後、と捉えるかで大分変わってくる。
「星埜、何考えてんの?」
「うわっ、びっくりさせるなよ」
いやいや、星埜がぼーとしてたんじゃん。なんてもっともな事を言われて、俺は、そうですね、なんて返し、それで何かようかと朔蒔を見る。朔蒔は、俺がつまらなそうに見たことが、つまらなかったようで、「星埜がいじめた」なんて口に出す。どこが、虐めだ。
「で、用事は」
「ん? 星埜って何書いたかなあ、なんて気になってさ」
「教えないぞ」
「何で?」
「願い事ってそんなもんだろ」
口にすれば、願いが叶うとかは聞いたことあるけれど、俺は別にそう思わない。もし、口にして何でも叶なら、この世の中願い事だらけになっている。
俺がそんな風に冷めた態度でいれば、朔蒔はまたつまらなそうに「あっそ」と、俺に背を向けた。その時、彼のポケットから、真っ白な短冊が落ち、俺は思わず、その短冊に手を伸ばした。
(……あ)
朔蒔の字。そこに書かれていたのは、すっごく汚い字だったけど、幼稚さ、拙さを感じつつも、心から絞り出したような願いだった。
「だーめ。星埜」
「……朔蒔、それ」
「優等生ちゃん、もうすぐで呼び鈴なるんじゃね? 早くいかねェと遅刻扱いだぞ」
「は? もうそんな時間?」
はぐらかされたっていうのは、すぐに分かった。それでも、朔蒔がいつもの調子で言うので、あの文字は、願いは俺の見間違いだったんだろうか、なんても思えてきた。
おーい、なんて遠くで手を振る楓音に向かって走りながら、俺は先ほどの朔蒔が書いたであろう短冊を思い出す。
(『ママンが楽になれますように』って……ほんと、彼奴の家庭環境どうなってんだよ)
聞かないから、分からない。でも、聞いても教えてくれるかなんて分からない。
そんな風に、踏み込まない方が良いかな、と一線を引きながら、俺は、朔蒔と楓音の方に駆け、呼び鈴が鳴り終わる前に教室に滑り込んだ。
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