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アークロイヤル号の出港に合わせて暁に属する人員は続々と帝都からの脱出を開始した。リナ率いる『猟兵』は殿としてまだ市街地に潜伏しているが、大半の人員は帝都を離れるべく行動している。 レイミを無事に保護したラメル率いる情報部は、一部の人員を残して隠していた馬車を用いて帝都から脱出。帝都駅は封鎖されているが、当然ながら路線上には他にも小規模な駅や水や石炭の補給所が存在するためそこから鉄道へ乗り込む手筈となっている。
一方マナミア率いる工作班は、マナミア自身が数人を率いて追撃を遅らせるための工作に従事していた。ただ、フェルーシアが策を労しすぎた結果帝都の主要な道にはバリケードが設置されておりこれが障害となって領邦軍や正規軍による追撃を遅れさせているのは皮肉であった。
アークロイヤル号の出港とレイミの保護を確認したマナミアは、リナ達と共にシャーリィの救出に方針を切り替えた。尤も、シャーリィの救出こそが最難関であることは言うまでもない。
帝都市街地の一部は完全に破壊されて瓦礫の山と化していた。これはシャーリィと四天王二人が激突した余波であり、幸いにして住民達は我先に逃げ出したので民間人への被害は最小限に留められた。だが、シャーリィを捕らえるべく動いた領邦軍の部隊には甚大な被害が生じていた。マリアとの戦闘に続いて自分を遥かに上回る実力者二名を相手としたシャーリィの消耗は激しく、覚醒したばかりで力の制御も覚束ないこともあり周囲への被害を勘定に入れることは最早不可能と言う状態であった。
ロイスの大剣による大振りを避けたシャーリィだが、次の瞬間にはグリフィン形態のダンバートによる体当たりを受けて吹き飛ばされ、反射的に『飛空石』を起動することで辛うじて家屋への衝突による更なるダメージを防いだ。
「はぁ!はぁ!さすがに、キツいですね!」
既にシャーリィは満身創痍と言える状態であり、身に纏っていたドレスは無惨なもので局部を僅かに隠す程度。最早衣服としての機能をほぼ完全に消失。身体中に傷が目立った。
それでも立ち上がれるのは、ダメージを最小限に留めるように動いた結果である。しかし。
「お嬢様と戦い、更に我らに痛め付けられてもまだ立ち上がるか。忌々しい勇者め」
直撃を避け続けるシャーリィに苛立ちを隠せないロイス。ダンバートと連携を密にすることでダメージを与えてはいるが、それでもシャーリィに致命傷を与えることは出来ず戦闘も長引いている。
「それだけ消耗しながらまだ立てる。やっぱり勇者は脅威だね。このまま放置していれば益々強くなって手に負えなくなる。その前に始末しないと」
シャーリィを挟む形で対峙するダンバートは呆れ気味に呟いて得物である槍を構える。彼らにも焦りがあった。このまま長引かせれば、翡翠城から回復したマリアが駆け付けてくるのは目に見えている。そうなれば被害拡大を嫌うマリアが戦闘を中断させてシャーリィを見逃す可能性があるのだ。
マリアとの戦いで勇者としての力に目覚め始めたシャーリィは間違いなく今後重大な脅威となる。出来れば今の段階で確実に始末しておきたいと考えていた。
可能ならば帝都付近に待機しているゼピスも呼び寄せたいが、残念ながら首無し騎士である彼はどうしても悪目立ちしてしまう。
自分達のように人間に擬態出来ない以上、マリアの立場を危ういものとする危険もあるので呼び寄せるわけにはいかなかった。ダンバートは周辺に気配がないことを確認した上でグリフィン形態を利用しているのだ。
「生憎殺されてやる理由はありませんね。私としても復讐すべき相手を見付けたのです。あのお人好しのマリアが関わっているとは思えませんし、正直関わりたくもない。手を引いてくれませんか?勇者様が先程からあなた方を殺せとうるさくて敵いません」
「やはり勇者の力そのものを取り込んでいたか!」
「まあ、勇者に関しては同情できる部分もあるけどねぇ。ここで君を見逃すどうりもない。将来、益々強くなった君を相手にする可能性だってあるんだ」
シャーリィの提案に対してダンバートは将来的な脅威を排除するために拒否を示した。だが、その答えはシャーリィにとって不快以外なにものでもない。
「そうですか……つまり、マリアも私の敵なのですね?」
シャーリィが笑みを浮かべ、ロイスとダンバートが警戒を増した瞬間。
「放てぇ!!」
四方八方から突如として飛来した無数の矢がロイスとダンバートを襲う。
「ちぃ!!」
「増援!?気配を消した……エルフか!」
二人は飛び掛かる矢を払いながら周囲を見渡す。しかし、矢には特殊な薬が付与されていたようで周囲は白煙に包まれた。化学反応を利用した煙幕である。
「おのれ耳長共!勇者に肩入れすると言うのか!!」
ロイスが吠え、そして駆け付けたリナが煙幕の中から答える。
「私達は代表に味方しているだけよ、魔族!勇者だとか関係ない!代表に手を出すなら、私達も相手になるわ!さあ、代表!早く!」
「糞が!!」
「ロイス、喋らない方がいい。この煙、神経毒が混ざってる。残念だけど、今回は取り逃がしたね」
「ふん……奴の根城は突き止めているのだ。何処へ逃げようと必ず仕留めてやる!」
二人は煙を避けてその場を離れた。斯くしてシャーリィは絶体絶命の危機から辛くも脱出することが出来た。
「代表、大丈夫ですか?」
「正直歩くのも辛いです。リナさん、助かりました」
シャーリィはリナに抱えられ、周囲をエルフ達が警戒しながら帝都を走る。傷だらけの身体に冷たい雨が降り注ぎ、シャーリィの体温を容赦なく奪う。これまでは精神的に興奮していたが、落ち着いた今となって強烈な疲労感と眠気が彼女を襲ったのである。
「残念ですが、船はもう間に合いません。マナミアさん達と合流して帝都を離れます。ちょっとした旅になりますが、我慢してくださいね」
「皆が無事なら文句はありませんよ。帰ったら忙しくなりますから」
「はい、それまで休んでいてください」
リナ達はそのまま貧民街へ移動、そこで待機していたマナミア達と合流を果たす。
「あらあら、主様ったら随分とボロボロじゃない」
「派手に喧嘩してきましたから。治癒魔法をお願いします、マナミアさん」
「もちろんよ、主様。さあ、我が家へ帰りましょう?」
待機していた一行度合流を果たし、そのまま用意していた川船へ乗り込み帝都を離れる。下流にてラメル達と合流し、一路黄昏へ向かう。
シャーリィ=アーキハクト十九歳冬の日。長い帝都での日々が終わりを告げ、そして新たな日々の始まりを意味していた。明確となった復讐を果たすために、彼女はより強い力を求める事になる。