「フフフ。申し訳ありません根岸さん」36号が根岸に謝罪をした。
「本来なら、二度とイジメが出来ないように白身君の肉体を徹底的に破壊すべきなのですが、つい欲が出て手加減してしまいました。血の制裁などと言っておきながら、こんな温い結果で申し訳ないです」
「欲……欲って何ですか?」
「彼、弱い者イジメなんて止めて、心を入れ替え、武の道を邁進すればひとかどの柔術家になれるだろうと思うと、芽を潰してしまうのが惜しくて……」
「……」
「無論、イジメを受けていた側の根岸さんにとっては、憎むべき相手の将来など知ったことではないでしょう。信者の利益や意向を最優先しなければならない魔界の掟からも私の行動は逸脱しています」
「悪魔は気まぐれで、自分の欲求に忠実……でしたっけ」
以前、何かの本に書いてあったことを根岸は思い出した。
「よくご存じで」
暫く考えた後、根岸は言った。
「右手が駄目になっちゃって、白井も暫くは僕に手出しは出来ない。判りました36号さんの考えを支持します」
36号が笑みを浮かべる。
「結構。では、この場の仕事を終わりにしましょう」
36号は迷彩ジャケットの内ポケットからスマホを取り出すと、ある番号に電話を掛けた。
数コールで相手が出る。
「119番、消防です。火事ですか、救急ですか?」
ハキハキとした口調で、若い男性の声が呼び掛けてきた。
「あっ、あのっ。あーし、城南駅前公園から掛けています」
36号はモノマネ芸人並みの技術で、南川の声を声帯模写していた。
「続けて下さい」
「10分位前に、通りかかったら、あーしの学校の男の子が、ヨソの学校の子とケンカしてたのね。で、あーし怖くなって、近くのコンビニに避難して、10分たって来てみらケンカは終わってたんだけど男の子が一人倒れてんの」
「救急、要救護者1名。」「田島君、城南公園の位置を救急隊に教えて」「事件性あり、所轄に連絡」
電話の向こうで、隊員たちが指示を出し合う。
「どどど、どうしよう。右手が変な曲がり方してる」
36号が泣きそうな演技をする。
「大丈夫ですよ。今、救急隊が向かってますからね」電話口の隊員が、通報者を落ち着かせるために、優しい口調で話し掛けた。
「患者さんの近くに行くことはできますか?患者さんの意識はありますか?」
「痛そうに、うんうん言ってる。でも、あーしが話し掛けても返事してくんないのっ」
救急車とパトカーのサイレンが、遠くから二重奏を奏で、近づいてくるのが判る。
36号は無造作に通話を打ち切ると、スマホの電源を落とし、迷彩ジャケットのポケットに滑り込ませた。
「これにて終了。後は救急隊にお任せしましょう」
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