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あと一問。あと一問合っていれば、満点だった。そして、隣の席で涼しい顔をしている男を、引きずり下ろせたはずだった。
「……一点。また、一点か……!」
机に突っ伏して呻く私に、隣からカサリと紙の音が届く。
白布君が、自分の「99点」の答案をわざとらしく私の視界に入れてきた。
「……一点の重み、学習してねーのかよ。お前、そこの符号ミス、前もやってただろ」
profile
西村 奈々花
2年生 学力高め
2位の常連ちゃん
白布 賢二郎
2年生 学力高め
1位の常連君
敗北は熱を帯びる_。 Start
白鳥沢学園、二学期最初の実力テスト返却日。
教室内は、安堵の溜息と絶望の悲鳴が入り混じっていた。
「……まーたこれだよ、ふざけんな!」
私、西村奈々花は、数学の答案用紙を机に叩きつけた。
右上に躍る「98」の数字。普通なら喜ぶ点数だけど、私の視線は隣の席に釘付けだ。
そこには、わざとらしく置かれた「99」の答案。
「……おい。机の強度はテストの点数に関係ねーぞ、西村」
隣で頬杖をついているのは、白布賢二郎。
相変わらずの死んだ魚のような……いや、冷徹な目で、手元の単語帳を淡々とめくっている。
「関係あるし! この『1点』の差が、私の血圧に関係してんの! 白布君、あんたわざとでしょ、これ!」
「は? 何がだよ」
「私より一点だけ高く取って、心の中で『ざまぁw』って思ってるでしょ、性格悪いんだから!」
私が身を乗り出して詰め寄ると、白布君はようやく顔を上げた。
切れ長の瞳が、至近距離で私を射抜く。……相変わらず、顔だけは整っててムカつく。
「自意識過剰。俺は常に満点を狙ってる。……お前が勝手に一点下で躓(つまず)いてるだけだろ」
「はあ!? 躓いてないし! 今回の応用問題だって、白布君の解き方、無駄に遠回りだったじゃん!」
「効率が悪かったのは認める。……だが、正解したのは俺だ。それが全てだろ。文句あんのか?」
ぐうの音も出ない正論。この理屈っぽくて隙がないところが、本当に、マ・ジ・で・癪に障る!
「……あー、分かったわよ! そこまで言うなら、次の英語で白布君をボコボコにしてあげる」
「ボコボコ? お前、単語テストの点数、俺の半分だっただろ」
「それはそれ、これはこれ! 私が一点でも高く取ったら、あんた一週間、私のパシリね。購買のパン、全部買ってこさせるから!」
私の鼻息荒い宣言に、白布君は一瞬呆れたように目を細めた。
けれど、すぐに口角をわずかに上げ、不敵な笑みを浮かべる。
「いいぜ。……その代わり、俺が勝ったら、お前は放課後の委員会作業、全部一人でやれよ。……効率よく終わらせろよ、西村」
これが、後に二人の運命を狂わせる恋の、本当の始まりだった。
「……あー、もう! 意味分かんないんだけど、この熟語!」
放課後の図書室。私は英語の参考書を叩きつけるように閉じた。
静かにしなきゃいけないのは分かってるけど、頭が沸騰しそうで無理。
「……うるさい。脳みそ筋肉かよ。少しは静かに考えろ」
向かいの席から、心底うざそうな声が飛んできた。
顔を上げなくても分かる。白布賢二郎だ。
「はあ!? 筋肉じゃないし! 考えても分かんないから叫んでんでしょ!」
「それを世間じゃ『考えが足りない』って言うんだよ。お前、その程度の熟語で躓いてて、私をボコボコにするとか笑わせんな」
白布君は手元の単語帳から視線を外さず、淡々と言い放つ。
その余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な態度が、マジで癪に触る。
「……白布君こそ、そんな余裕ぶっこいてていいの? 私、今回のテストは本気だから。あんたをパシリにする準備、もう出来てんだからね!」
「……ふん。パシリね。お前が俺に何を買いに行かせるつもりか知らねーけど、その前に自分のスペルミス直せよ。……そこ、『e』が抜けてるぞ」
「えっ!?」と思ってノートを見ると、確かに抜けている。
……うわ、最悪。こいつ、人のノート盗み見してやがった。
「盗み見じゃない。視界に入っただけだ。……お前の字、無駄にデカくて非効率なんだよ」
「うるさーい! デカいのは自信の表れなの! 白布君の字こそ、細かすぎてアリの足跡みたいじゃん!」
私が身を乗り出して言い返すと、白布君はようやく顔を上げ、私を真っ直ぐに見据えた。
窓から差し込む夕日が、彼の切れ長の瞳を琥珀色に染めている。
「……西村。お前、そんなに俺に勝ちたいなら、もっと効率よく勉強しろ」
「効率効率って、あんたはロボットか何かなの!?」
「……ロボットじゃねーよ。……お前が必死すぎて見てらんねーから、教えてやるっつってんだよ。貸せ、そのノート」
ぶっきらぼうに奪い取られた私のノート。
そこには、白布君の整った字で、さっきまで私が悩んでいた熟語の解説がサラサラと書き込まれていく。
「……え、教えてくれるの? 白布君が?」
「勘違いすんな。……お前がいつまでも終わらないと、俺が集中できねーんだよ」
そっぽを向いた彼の耳が、ほんの少しだけ赤い。
……なによ、性格悪い癖に、たまにこういうことするから調子狂う。
「……ありがと。でも、テストは手加減しないからね!」
「当たり前だ、バカ。……死ぬ気で来いよ。……一点差で泣かせてやるから」
敗北の予感。でも、なぜか胸の奥が熱くなる。
白布君との「1点」を巡る戦いは、勉強以上の熱を帯び始めていた。