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大野がこの街に引っ越してから一年が経った。


手提げのみをもって登校した大野が正門をくぐると、散った桜の花びらが目立つ教員用の大扉の前にはもう人だかりができていて、その結果を語る賑やかな声が聞こえる。


新年度の始まりによる進級に伴って、新しいクラス分けが貼り出されているのだ。


人が入れ替わるタイミングを見計らって足を進めてようやく目に入ったそれに、大野は左端から順に注意深く名前を確認していく。


「おはよう。今年もよろしくな、大野」


「おはよう、折原。まさか番号順で前後になるなんて思わなかったよ 。」


指定された教室に向かうと、先についていた少年に大野は笑いかけた。


折原 大輝おりはら だいき……勉強も運動もできる一方で努力を怠らない、俺の友達。


新しいクラスは二組だった。


「大野は新しい担任誰だと思う?」


「え?そうだな……」


これはまた唐突な。


少し考えた大野は去年、別の学年の担任をしていた教師の名前をあげたが、それを聞いた折原は意外そうな声をあげた。


「俺はてっきり同じ学年の誰かかなって思ってたからその発想はなかったな……。けど、今年と来年は重要だからなぁ!」


意味深にニヤッと笑う折原に大野が頷く。


五年生といえば林間学校、六年生になれば念願の修学旅行だ。


「どうせなら楽しい先生がいいよな」と話す二人だったが、その後、 相変わらず長い始業式で発表されたこのクラスの担任は去年の四年一組を担当していたらしい相澤あいざわという若い男の先生だった。


後から聞いた折原の情報網によると、これはなかなかの当たりなのだという。


「大野……?なあ、 もしかして去年来た転校生ってーー」


教室にて、突如として二人の会話に入ってきたのは折原の隣の席に座る背の高い男子だった。


「あぁ、俺だよ。大野けんいち。」


「こいつサッカーとかすごいんだぜ。前は静岡の清水に住んでたんだよな。」


折原の声に大野は頷く。


「へぇー、よろしく!俺も話には聞いててさ、本当はもっと早く話してみたかったんだけどクラスが遠いからなかなかタイミングがなくてよーー」


紺野 こんのと名乗った彼を加えた会話は大いに盛り上がった。


ゲラゲラと笑いながら会話の合間にふと教室を見渡した大野は「あ」と声をあげた。


「ん、どうした?」


「いや……今更だけど、このクラスは知らない奴が多いなって思ってさ。」


「え?あぁ……そうか、大野にはそうなるのか……。」


教室を見渡して数えはじめた折原の手が片手で終わるのを見て、紺野も「そういうことか」と小さく呟く。


せっかくこの一年で仲良くなれたと思っていたのに、ただのクラス分けでもこんなにバラバラになってしまうものなのか……。


特によく遊んだかなめ山川やまかわさえもどこか違うクラスに振り分けられているのを見ると、紺野のセリフを嫌でも意識してしまうのがわかる。


“本当はもっと早く話してみたかったんだけどクラスが遠いからなかなかタイミングがなくてよーー”


クラスが違うということは単に教室が違うとか、少し距離が遠くなるとか…… そういう問題ではないということだ。


普段なら会えていたタイミングで会うことができなくなるし、今までは共通認識だった日常の出来事も、同じテンションで盛り上がるのは難しくなるだろう。


あんなに親交を深めた去年でさえ、他のクラスとの交流は無いに等しかったのがその証拠だ。


「ほとんどゼロに近い状態からのスタートってきついよな……そうだ、あそこで話してる二人組が見えるか?大野」


折原の声に、つられて大野は目を向ける。


掃除道具入れの近くで話している二人のことだろうか……大野が聞き返すと折原は頷いた。


「あっちの背の高い方が渡辺で、その隣にいるのが山田だ。山田はああ見えてすごい絵が上手いんだよ。渡辺は……しまった、何部だったかな」


「バスケ部だよ。俺も同じ部活だけど頼りになるんだぜ、あいつ。」


意図を理解した紺野が言葉を続け、次々と名前を挙げては盛り上がる声が交互に重なる。


その気遣いに胸が熱くなった大野が感謝を伝えると、二人はにこやかに笑うばかりだった。


「なんだかんだ何年も過ごしてきたからな。おかげで顔見知りの奴が多いってだけだよ。」


「そうそう。大野もそのうちそうなるって。」


やがて先生が教室に戻ってくると去年もやったような配布物の分配や新学期の説明が始まって、懐かしい流れに大野は去年の今頃の記憶が脳裏をよぎるのがわかった。


皆の前での自己紹介を終えて安堵していた時に声をかけてきた彼は、このクラスで一番最初に話しかけてくれたクラスメイトだった。


小山 要こやま かなめ……多少の鈍臭さが目立つものの、何事にも真面目で一生懸命な俺の友達。


初対面でこそなんともいえない雰囲気に困惑したものの、その後なんだかんだ仲良くなれたのが嬉しかったのをよく覚えている。


折原にはよく「人見知り」と評さていれた彼は、 あの時いったい何を考えてそこにいたのだろうか……。


「じゃあ時間あるし、みんな一人ずつ自己紹介していこうか。せっかくだから好きな食べ物とニックネームに、みんなへの一言とか言ってもらおうかな!」


突然の提案にザワザワする周囲とともに、感傷に浸っていた大野は思いのほか早く現実へと戻されたのだった。


「順番はどうするんですか?」


「そうだな……公平に角の四人でじゃんけんして、負けた人の所から順に始めようか。毎回毎回一番からだと可哀想だからな。 」


これは読めない展開だ。


驚きを隠せないクラスメイトが多い一方で「でたよ」「やっぱりー」と笑う生徒が混じっているのを見るに、彼らがおそらく去年の四年一組の生徒なのだろう。


相澤という名字ゆえにその宿命を背負わされてきた彼の経験のもと、公平を期したこの「四角じゃんけん」は今後の定番になっていくことをまだ大野は知らなかった。


有馬ありま、折原、渡辺、水野みずの……先生に促された角の四人がそれぞれの期待を背に一斉に席を立つ。


「最初はグー、じゃんけん……!」


パー、パー、グー、パー


三度目のあいこの次に、勝負は渡辺の一人負けできまった。


「ナイス折原!」


「ナイス!」


大野を含む生徒たちの称賛の声に折原はニカッと笑う。


「よし、じゃあ自己紹介は渡辺からだな」


勝利を喜ぶ者、慌てて順番を確認し始める者、一人負けた渡辺をひやかす者……彼らを落ち着かせる先生の声に異議はなかった。


その後の順番は渡辺と隣接する席のやつがじゃんけんして前の席へと進むことが決まると、教室はいよいよ自己紹介の緊張感をはらんだ空気が支配していく。


「ーーです。一年間よろしくお願いします。」


頭を下げる彼に大野も例外なく拍手を送った。


しんとした教室はどこか厳かな雰囲気で、椅子を引く音や拍手の音が妙に大きく感じられると、それがさらなる緊張を呼ぶ。


しかしそれも自分の番が終わってしまえばあっけないもので、心に余裕が生まれれば他人の発表にも幾分おおらかになるのが普通というものである。


固唾を飲んで見守っていた生徒たちもいつしか表情が柔らかくなり、思わず笑いが飛び交う機会が出てきても決して不思議ではないのだ。


「ありがとう、遠藤さん。じゃあ次はーー」


しかしこの時は例外だった。


満を辞して大野の発表が回ってくると、未知なる生徒への興味は視線としてダイレクトにその対象に向けられることとなった。


「はい……大野けんいちです。好きな食べ物はラーメンで、みんなからは大野って呼ばれてます。一年間よろしくお願いします。」


そう言って大野が頭を下げると、無意識の緊張をはらんでいた彼らの表情は すっと柔らかなものになっていて、変わり映えのない拍手が教室に響く。


それは去年来たばかりの転校生がこれをもって新たにクラスメイトの一員として認められたことに他ならなかった。


「ありがとう。じゃあ次はーー」


大野の番が終わると、次はいよいよ折原だった。


先生の声に促された立ち上がった彼はいつも通り堂々としていて、最後の拍手が響くと、長かった自己紹介リレーもついに終わりを迎えた。


「あと二分くらいか……それじゃあ、ちょっと早いけど休み時間にしようか」


ただし教室の外にはまだ出ないようにーーそんな忠告もかき消す歓声に「まだ授業中だからな!」と苦笑いを浮かべた先生の声は続く。


そんなこんなで休み時間が始まると、本を読んだり誰かと話したりなど、各々が今できる好きなことを見つけてそれにうつっていく。


大野のところにも去年のように一斉に人が押し寄せてくるなんてことはなくて、外遊びには行けないこちらはただ暖かい春の陽気を享受するばかりだった。


「えっ、光の騎士のカード出たの!?」


「いいなぁ!それ即死の実を無効化できるやつじゃん!」


ぼーっと外を眺めていた大野は遠くから聞こえてきた会話に思わず「え」と視線を向ける。


ここでもトレーディングカードの流行は現在のようだ。


箔押しのカードに一人、また一人と視線が集まる一方で、このカードが後に大きな騒動を引き起こすことなど、誰も知る由がなかった。




時は午前10時24分。


緊張感が残る静かな教室にはまだ懸命に鉛筆を動かす音が残っていて、時計の秒針を眺めていた大野が不意に目線を下すと、俯いて手を動かすクラスメイトたちの後ろ姿が次々と目に入ってくる。


「ーーはい、終わりだ。みんな鉛筆を置いて、後ろの人から回収」


時計の針がカタッと動き、そして今25分になった。


チャイムと同時に響く先生の声で数人が席を立つと、後ろから順に用紙を回収して教卓へと向かい始める。


大野は席を立った折原おりはらに自分のは解答用紙をわたすと、ざわざわとする周囲に例外なく、振られた会話に加わることとなった。


「大問3の(2)、大野は答え何にした?」


「大問3……あぁ、俺はイとオにしたぜ。」


「えぇ?!俺はアとエにした!」


「アとエ!?本当に?え、主人公の正しい心情を選ぶ問題だよな?」


「そうだよ!……あ、折原!」


意見の食い違いに決着をつけるべく、二人はテスト用紙を渡して戻ってきた折原を呼び止めて尋ねると「大問3……?」と少し考えた彼はしばらくして「あぁ、」と口を開いた。


「イとエだ。俺はイとエにしたぜ!」


「「イとエかー……」」


予想外の答えに落胆する二人に「おいおい」と折原が続ける。


「なんだよ、急にそんな静かになって……」


「いやさ、最初は俺たちのどっちの答えが正しいか考えてたんだけど、折原の答え聞いたらなんか俺もそうとしか思えない気がしてきてさ……。」


「あぁ。俺も自信もって答えれたわけじゃないから、言われてみればたしかにそうかもって思ってよ……。」


「なんでだよ!別に俺だって間違ってるかもしれないだろ……。大体、二人はどっちの答えが正しいのか話してたんじゃないのか?」


折原のもっともな問いに「それは……」と大野が口を開いた。


「俺はその問題よくわからなくて迷っていたんだけど、とりあえず絶対にイは正しいって思ったんだ。だけどこいつがアとエを選んだって言うからさ……。」


「俺もエは合ってるって思ったんだ!だけど他はわからなくて適当にアを選んだってだけだから、やっぱり折原の答えが合ってるのかなって……。」


まとめると要するに、互いの答えへの確証の無さと折原への信頼の結果……ということらしい。


「さっきも言ったけど、別に俺が正しいってわけでもないと思うぞ?しかもこれ、実力テストだし。」


そうなのだ。


進級の余韻もそこそこに宣告された実力テストーー今回は国語だけだったが来年には算数や理科社会も加わるらしいーーは普段のテストとは違い、全く読んだことのない文章に臨むことを強いられるというあまりにこちらの分が悪いテストであった。


折原は慣れているようだったが、初めてそれを経験する大野からすれば歩いていた地面が突然ひっくり返ったような衝撃だった。


「いやー、だって折原すごい頭いいじゃん!実力テストだろうがなんだろうが、俺なんかよりずっとできるってのはわかるぜ!」


「あぁ!それにどの教科もすごいから、折原が言うと説得力が違うんだよ。やっぱり折原は違うなってさ……!」


頷く二人をよそに釈然としない顔をした折原は「とにかく!」と話を切り上げるように口を開くと、二人の会話は一時中断することとなった。


「次の授業もあるし、そろそろ音楽室行こうぜ?……もう残ってるの、俺たちだけみたいだし。」


折原の声に、大野は初めてこの異様な教室の静かさに気づいたのだった。


もうそろそろ施錠したいんだけど……と申し訳なさそうに言う施錠係に「ごめん」「すぐ行くから」と返しながら、三人はそれぞれ机から教科書とリコーダーを持って急いで教室を出る。


ーーテストといえば、今やっているリコーダーの演奏もそのうちテストをすることになってはいなかっただろうか。


俺リコーダー苦手なんだよなぁ……。


何度も運指を指摘された苦いトラウマをよそに、鳴り出したチャイムの音が大野たちの足を急かす。


廊下側の開いたドアの前を横切る人影に気がついた少年は、声をかけようと口を開くもそれが叶うことはなかった。


「ん、どうしたんだかなめ?」


「あぁ……うん、なんでもないよ。」


にこやかに笑った要は友人にそう言うと、日直の号令で椅子に手をかけた。


……一時は嘆いたバラバラの環境も、その悲しみは時の経過とともにしだいに薄れていくのは否めなかった。


人間とは所詮、与えられた環境に順応するしかない生き物なのだ……その流れに身を任せる者が多い中、それでもなお抗おうと手を伸ばせるのはそれほどまでに追い詰められた人間か、それ以上に強い意志がある人間のどちらかだろう。


絶え間ない日常を享受することに集中する皆に代わり、今や黒板の端を照らす日の光だけが初夏の訪れが徐々に近づいていることを人知れず告げているのだった。

ちびまる子ちゃん 大野くん悲しみの東京生活(仮)

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