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正体不明の煙の答え合わせだ。それはライゼン大王国の戦士たちの炊事の煙だった。そしてソラマリアたちを囲み、様子を窺っているのは大王国の調査隊の歩哨を任された者たちだ。


ソラマリアは引き絞った弓弦の如く神経を張り詰め、大王国の出方を窺う。この調査隊を派遣した者の大王国における政治的立ち位置次第で緊張した空気が弾け飛ぶか、緩められるか、どうとでも転ぶ。


その場に現れた大王国の戦士たちの装いはまるで鬱蒼と茂る森の風景を溶かし込んだような、木の葉と木の幹を混ぜ合わせたような模様の覆いを纏っている。戦士の武装は所属する軍団とその任務によって決まり、衣は大王国を構成する七大氏族の出身を示す。


「貴様! なぜクヴラフワに!?」と戦士の一人が悲鳴に近い驚愕の声を出すと、他の者たちも次々に三人の女の中にいる銀の髪の戦士に気づき、ソラマリアたちを囲む円が大きくなる。逃げ出しはしないが、交戦は避けたいという思いが漏れ出している。

「戦う意志はない」ソラマリアが空の手をあげる。「しかし事情を説明するには複雑極まる。この部隊を率いる者は誰だ?」

「待っていろ」と戦士の一人が素直に、しかし威厳を示すように命じる。


その場から一人が離れ、すぐに戻ってきて班の長らしき者に耳打ちする。


「ついてこい」と戦士の一人が恐れを隠して命じる。


ソラマリアはジニとエーミに目配せし、指示に素直に従うよう促す。争わずに済むならばそれに越したことはない。

戦士たちの囲いはそのままに、ソラマリアたちは導かれるままに歩を進める。巨人の遺跡とバソル谷の廃墟が混ざり合っているために曲がりくねって捩くれた道を行く。


そうしてソラマリアたちがたどり着いた広場は、つまり巨人の遺跡の広場とバソル谷の街の広場が偶然重なったらしい。周囲の建築物と這い伸びる蔦も、露わになった地面と石畳も奇妙に交じり合っているが、間違いなく広場だ。

大王国以前の伝統的な家屋と同様に持ち運びが簡便でありながら頑丈な天幕が並んでいる。戦士たちの服装と同様に様々な緑と茶色の模様に彩られているが、やはり廃れた街とはいえ緑の少ない広場では目立っている。


広場の中心辺りで数人が集まり、勢い込んで話している。喧嘩腰だが議論をしているらしいことが見て取れる。一方はライゼン大王国の地味な装束の学者やへんてこな意匠の魔法使い、もう一方は派手に宝石や錦で身を包む屍使いたちだ。


「勝手なことをするなと言っているのだ!」と学者たちの方が怒鳴りつけると、

「お前らは大人しく待ってればいいだろうが!」と屍使いたちが怒鳴り返す。

「我々の監督なしに発掘作業など以ての外だ!」

「監督だ? 監視の間違いじゃねえのか!? 俺たちが何かを盗むと思ってるんだろう!?」

「盗むだけならまだましだ!? 壊されてはたまったものではない!」

「だからいつ終わるとも知れない落下物対策が終わるまで待てって!? その塔の落下物で遺跡が壊れちまうじゃねえか!?」

「腐れ人形の雑な仕事よりはよほどましというものだ!」

「言うに事欠いて腐れ人形だと!? ならお前らのやり方を尊重してやるよ!」


そうして乱闘が始まった。戦いで物事を決めることほど逃げも隠れもしないライゼンらしいものはない。それが決闘であれ、乱闘であれ、戦争であれ。


その中に乱闘に積極的に参加し、痣一つ作らず汗一つかかず、屍使いたちを涼しい顔で巧みに転がす男がいた。流れる水のようにしなやかな身のこなしで暴れん坊たちの間をくぐり抜けると王を迎えた臣下の如く道を開けるように人が左右に倒れていく。


「おや。シャリューレさんではありませんか」とその男が息一つ乱さずに優雅に驚いてみせる。「シグニカは大変なことになったようですが、任務はどうでした?」


髭を剃り、髪を切り揃え、ライゼン男子にしては身綺麗にしている男だ。その男もやはり屈強な肉体を誇ってはいるが、比較的細身のなりをしている。焼けた肌は溌溂とし、白い歯を見せる笑みは爽快だ。親しみやすい雰囲気を醸しているが、目の奥を覗いたならば剣と秤を携えた透徹な戦士の魂の輝きが覗き見える。


白帆マナセロ。貴様がここに来ていたのか。私のあれは秘密任務のはずなのだがな」

マナセロはジニとエーミに目を向けて探るように言葉を紡ぐ。「公然の秘密、ですね。まあ、貴女への嫌がらせはこれに始まったことではありませんし。魔導書は見つかりました?」

「ああ、見つけた。手に入れたとも言えるし、失ったとも言えるが」


「なんですか、それ」マナセロはあまり興味を惹かれなかった風に空笑いする。「まあ、良いです。下手に首を突っ込みたくないですし。それで、ここへは何を?」

ここ・・がどこを指すのかソラマリアは暫し考え、しかし思いのままに話す。「私自身は、そうだな、言うなればレモニカ様を取り戻そうとしている」マナセロの表情に緊張が交じり、視線を走らせるのに気づいたがソラマリアは続ける。「が、今は彼女らに協力している。巨人の遺跡に用があってな」


「奇遇ですね。見ての通り、我々も巨人の遺跡に用があってここへ来ました」マナセロの声色が少し硬くなる。「好きに見て行ってください、と言う訳にはいきませんよ」

「別に何か盗ったりしないよ」とジニは軽い口調で言い返す。「あと壊したりもしない。知的好奇心ってやつさ」

マナセロが口を開きかけたがソラマリアが先んずる。「私が保証する」


マナセロは三人の訪問者を観察しながら黙考する。任務の障害になるかどうか検討しているのだろう、とソラマリアは推測する。


「まあ、構いませんよ。我々の目的の邪魔にはならなそうです。ところでシャリューレさんも彼らの仲裁を手伝ってくれませんか?」

「貴様は仲裁していなかっただろう」


ソラマリアもジニもエーミもマナセロが乱闘に参加しているところをしかと見た。


「気持ちは仲裁したいんですよ。私、喧嘩嫌いですし。でも喧嘩があれば参加するのがライゼン男ってものらしいですし」

「仕方なしにやるものじゃない」ソラマリアは今なお殴り合っている男たちを眺める。「それで? 落下物がどうとか言っていたが」

「ええ。ネークの塔、でしたっけ? 毎日毎日建材らしき物が落ちてくるんですよ。で、うちの学者たちはまず安全確保しろと言うんですが、屍使いたちは屍を操作して調査すればいいと主張しているんですね。彼らは屍が大切にしているのか、使い捨てにしているのかよく分からないですね。まあ、私はどっちでも良かったんですけど」


「どっちでも良い奴が乱闘に参加するな」

「それはともかく、さあ、さあ。シャリューレさんから一声かけてください」

「貴様はそれでいいのか。率いている者たちに軽んじられて」

「良かないですよ。でもうちの連中が屍使いに舐められているのを放置するのもまずいですから。上に立つ人間の辛いところですよね」


マナセロに促され、ソラマリアは乱闘の方へと近づく。何も腕っぷしを誇示したわけでもなく、ただ踊りに誘われた淑女のように静々と男たちの元へと歩みを進めた。すると一声かける前に乱闘は鎮まった。シャリューレことソラマリアに気づいた者はただちに拳を下ろし、逃げる直前のように身を竦ませる。ライゼンの戦士だけではなく、屍使いの男たちでさえもが闘争をやめた。


代わりにマナセロが男たちに声をかける。「さあ、喧嘩は終いです。シャリューレさんに首を捻り千切られたくなかったら建設的な議論ってやつをしましょう」

「あんた随分と恐れられてるんだね」とジニは揶揄い交じりに感心する。

「ありがとうございます、シャリューレさん。お陰様で助かりました」とマナセロがソラマリアを確かに揶揄う。


ソラマリアは相手にしない。喧嘩が好きだったこともない。力を振るわずに済むならば脅しで済ませるのが望ましい。


「我々の調査の邪魔をすれば首を捻り千切ると皆に伝えておけ」




大王国の調査隊の陣営と喧騒から離れ、三人で遺跡の奥へ踏み分けていると、ソラマリアはエーミの歩みの澱みに気づいた。枝葉のように広がり、頭上を覆うネークの塔に気を取られているようだった。


「やはり故郷が気になるか?」

エーミはぶんぶんと首を横に振る。「落下物の方が気になるよ。あの高さから落ちてきたものが当たったら一堪りもないよね」

「大丈夫だ」


「大丈夫って何が?」

「風切り音が聞こえてからでも容易く避けられる。礫が飛散しても剣で弾ける」


エーミは疑わしげにソラマリアの顔を窺う。まるで心の内がそこに書いてあるかのように。


「それが本当だとして、落ちてきたのが人間だったら?」


それはソラマリアにもどうにもならない。いくらソラマリアでも直接受け止めたりはできないし、できたとしても落下者は耐えられない。

沈黙でソラマリアの無力が示される。


「落下地点によっては、間に合うならあたしが助けるよ」と既に遺跡を観察し始めているジニが保証する。「見つけたら教えとくれ」


そう言われてソラマリアもエーミも空の変化に注意する。


「エーミの親も落下死したんだって。子供の頃だから覚えてないけど」と子供のエーミが昔を思い返して語る。「それから、孤児で、それは珍しくもないけど。クヴラフワ衝突以後、呪いに塗れたこの土地で子供は減ってるから、皆が大切に守るように育ててくれたよ」

「そういえばエーミも攫われたのだろう? 外の人間がこの土地まで来たのか?」

「ううん。七歳くらいの時に塔を出た。攫われたのは別の土地だよ。当時、クヴラフワを救うために単独で各地を巡ってたハーミュラーに連れられてたからね」


ソラマリアはエーミの説明に困惑する。


「ハーミュラー? シシュミス教団の巫女が? エーミを攫ったのか?」

「じゃなくて、エーミは、その、ちょっと特別な魔法が使えるんだよ。それがクヴラフワを救うのに役立つかもしれないって、ハーミュラーに教わって。皆には、塔のね、反対されたけど。逃げるように飛び出した。それ以来だね」


つい数年前にここで起きた出来事にソラマリアは思いを馳せる。


「そうだったのか。正直、彼女は、ハーミュラーは飾り、教団の神輿なのかと思っていた。なかなか骨のある人物だったのだな。率先して呪いを解くために実働していたとは」

「そうだね。ハーミュラーも孤児みたいなもので、故郷も親族も分からなくて、それを探す旅でもあったみたい。結局、見つかったのかなあ」

「待て」ソラマリアははたと気づく。どこかで聞いた話を聞かされているような違和感の答えらしきものを見つけたのだった。「ハーミュラーとエーミの旅? それは例のあれじゃないのか? ユカリが幻に見たという」

エーミは微かに頷く。「たぶんね。なんでユカリがあの旅路を垣間見れるのか、エーミには分からないけど」


「それよりなんで話さなかったんだ? たしかに理屈も理由も分からなかったが、その光景が何なのか、疑問が一つ氷解するだけでも負担は減るだろう」

「なんでって、話したくない過去だからだよ」とエーミは腹蔵なく話す。「ソラマリアにはないの? 知られたくない過去」

「……ないわけではないが」とソラマリアは渋々認める。


エーミは何事もなかったかのように話を元に戻す。「で、それから三年くらい? クヴラフワを巡って、呪災を何とかする方法を探してたんだけど、どうにもならなかった。で、救済機構の手先に攫われた。シグニカでは二年ぐらい過ごしたから計五年だね。皆どうしてるのかな」


エーミはその年頃には相応しくない積み重ねを思わせる深いため息をつく。


何とかエーミの過去から興味を背けて相槌する。「故郷の皆に会いたいのだな」

「会わせる顔がないよ。皆を救うと意気込んで飛び出して、でも結局皆を救うのはユカリなんだから。ハーミュラーと学んだことも護女として学んだこともちっとも役に立たなかった」


エーミがユカリとレモニカと共にネークの塔に向かわなかった理由の一端を知る。


「話したくないという割に話すじゃないか」

「聞かれても構わない話をね」


ソラマリアはふと心の奥に引っかかっていた違和感にようやく気付いた。自分自身も犯した過ちなのにどうして今まで気づかなかったのだろう。


「そう言えば、エーミ。どうしてまだ護女の実り名を名乗っているんだ?」

「もう! ソラマリアはどんどん核心に迫ってくるね!」

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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