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蓮司が、笑っている。
まただ──
いつもみたいに、軽く冗談を言って、俺の髪に触れて、
「大丈夫そうじゃん」とか、なんでもない風を装って、
でも、手のひらはちゃんと、欲しい場所を知っている。
俺は、笑った。
作った顔で、いつもと同じように。
「なに、それ、変なの」
わざと肩を揺らして、舌を見せる。
そうすれば、蓮司は満足する。
“そういうもの”として、俺を扱ってくれる。
──それが、楽だった。
けど。
今日は、
ちょっとだけ、呼吸の仕方がわからなくなった。
蓮司の指先が、シャツの下に触れたとき、
反射的に、肩がすこし跳ねた。
すぐに抑えたけど──
自分で、自分の身体が“異物”みたいに感じた。
皮膚が“俺”と繋がってないみたいで、
意識だけが、別のところに逃げようとしてた。
笑ってる顔はそのままなのに、
どこかが、びりびりと軋んだ。
「どうしたの、今日はノリ悪い?」
蓮司の声が耳元に落ちる。
舌が触れる音がした。
「……別に」
そう言って、笑う。
言葉に感情はなかった。
ただ“ふさわしい反応”をコピーしただけだった。
──なのに。
背中の奥のほうで、
さっきの日下部の言葉が、ノイズみたいに引っかかっていた。
「おまえ、そうやって笑ってりゃ、誰か気づいてくれると思ってるんだろ」
──ちがう。
そんなわけ、あるか。
誰にも、何も、期待してない。
でも。
「生きてるのが悪いのかよ……」
小さく、誰にも聞こえない声で、吐いた。
蓮司は聞いていなかった。
聞かれたくもなかった。
「……可愛いね、今日」
蓮司は、笑っていた。
俺の頬を撫でる。
その目は、何も見ていなかった。
“ちょうどいい壊れ方”をしている人形を、
慈しむような目だった。
──吐き気がした。
なのに、俺は、演技をやめなかった。
やめなければ、“これは俺が選んだこと”になる。
やめた瞬間、“本当は望んでなかった”ってことになる。
それが、
一番、痛い。
だから俺は、腰を少しだけ動かした。
舌をまた出した。
それが、壊れていくふりをする唯一の方法だったから。
だけど、
どこかで誰かが見ていたら──
そのときだけは、ほんの少しでいい、
「本当は違う」って、気づいてほしかった。
そんな気持ちが、
“いらない心”として、喉に突っかえていた。
──壊れたはずのくせに、
なんで、まだそんなの残ってんだよ。
その夜、
鏡の前で服を脱いだとき、
痣の色と、笑っていた自分の顔が、
どっちも嘘みたいで──
どっちも、本物だった。