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【4年後】
祖母が死んだ。
幼い頃に母を亡くした私を、父と二人で育ててくれた祖母。
私、和久井杏子(わくいあんこ)にとっては祖母であり母親代わりでもあるかけがえのない人だった。
「杏子、そろそろ行くよ」
「お父さん……」
祖母の火葬が終わり、初七日も終えた。遺骨と位牌は父に持って帰ってもらうことにした。
私の手元に残ったのは、祖母の小さな遺影だけ。
先祖代々のお仏壇は父の家にある。20年前に亡くなった祖父の位牌ももちろんそこにあるわけだから、祖母の位牌も横に並べてあげてほしい。
ずっと私の傍にいてくれた祖母が、やっと愛する人の元へ逝くことができたのだから。
「これから一人で大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫」
「杏子ちゃん、何か手伝えることがあったら言って? いつでも飛んでいくから」
「知美(ともみ)さん……ありがとう。いつもすっごく頼りにしてるよ」
心配そうに私の手を握ってくれる父の奥さん。
本当に優しいいい人と結婚してくれたなぁ。父は幸せ者だ。
若くして妻を病気で亡くした父は、亡くなった祖母と二人で私を育ててくれた。
母がいないことなど感じさせないくらい全力で私を育ててくれた。
そんな父が、知美さんと出会ったのは私が高校1年生の時。
父の経営する小さな町の工務店に事務員さんとして入社したのが知美さんだった。
父とは20歳も離れた年の差婚。
知美さんは私の6歳上だから、現在35歳。義母というよりはお姉さんのような存在だ。
「本当に呼んでよ? 悠太(ゆうた)に使いっ走りさせてもいいし」
「何だよー。俺パシリかよー」
「ハハハ……うん、悠太も頼りにしてるから!」
私の腹違いの弟、悠太は今年小学校6年生になる。
小学生にしては大きい方で、つい先日身長を超されたところだ。
「ひなの子守ならしてやってもいいけど」
そう言って、私の足元から3歳になる娘のひなを抱き上げた。
「ひなちゃんなら私だっていつでも歓迎よ? ねーひなちゃん、じいじのお家にまた来てね?」
「ひな、じーじのとこ、いくー」
ひなも悠太や知美さんにとても懐いている。
シングルマザーの私にとっては、とても頼りになる存在だ。
「また遊びに行かせてもらおうね、ひな。知美さん、遅くなるときはお迎えをお願いするかも――」
「もちろんよ! いつでも電話して。こっちで預かっておくから」
「杏子、うちでも預かるわよ。知美ちゃんも兄さんの会社のことで忙しい時があるだろうし、いつでも連絡ちょうだい」
「叔母さん……」
「うちも、大輝っていう足があるからね。遠慮しないで」
「俺の車、悠太のお古のジュニアシートつけてるから。ひなの迎えもいけるぞ」
「杏子ちゃん、おじさんにも電話くれていいからね」
「大輝……叔父さん……。うん、ありがとうね」
父の妹夫妻と従弟の奥田大輝(おくだだいき)もいつも声をかけてくれる。
たぶん、こんなに恵まれたシングルマザーはいないと思う。
有り難いことだ。
名残惜しそうにしている悠太からひなを引き取り、大輝に送ってもらって、私は祖母と住んでいた2LDKのマンションへ帰ることにした。
父が知美さんと結婚した時、私は祖母と二人で暮らすことを決めた。
若くて初婚の知美さんに迷惑をかけたくなかったのだ。
大きなこぶ付きの父と結婚してくれただけでも有り難いのに、変な気苦労をしてほしくなかったから。
それは祖母も同じ意見だったので、私と祖母は気軽な二人暮らしを選んだ。
それから約10年。祖母との二人暮らしに変化があった。ひなが生まれたのだ。
ひなが私のお腹に宿ったのは、あの同窓会の日。
そう。ひなの父親は元カレの森勢鷹也だった。
たった一夜のあの交わりで、まさか赤ちゃんができるなんて想定外だった。
妊娠に気づいたときにはすでに鷹也はロサンゼルスに旅立った後だった。
あのホテルの部屋を出た後、一度も連絡を取らなかったし、妊娠がわかった後も知らせようとは思わなかった。
あれは一夜の過ちだったし、鷹也の隣にはもう大切な人がいるのだから――。